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第94話

「申し訳ないね、わざわざ来てもらって」    マンションの最上階、そこはビリヤード台にダーツ、それらしいバーカウンターが設置されたちょっとした遊戯場になっている。    フェルトマイアーはビリヤードをしていたのかキューを元あった壁に収納し、カウンター席の方へ移動した。スっとノエルの椅子を引き、座るよう促す。    誰もいないその空間、 彼は手際よく酒を二つ作ってノエルの隣に腰掛け「まずは今日の任務お疲れ様。乾杯しようか」とグラスを掲げる。    断る訳にはいかないのでただそれに従い酒を口に含んだ。…美味いが濃い。   「部屋は気に入った?」 「…ええ、まあ。……しかし風呂にまで監視が必要でしょうか」  「一番無防備になるだろう?…彼に護身用のピストルを持たせることも考えたが、如何せん何に使うか分からないからね」    確かにウィルソンに拳銃を持たせるのは不安がある。何せ彼は突如として攻撃的になったり、…自殺に使うかもしれない。   「このマンションで気に入らないところがあったら自由にできるから変えたいところがあったら言ってね。」    彼はニッコリと優しい笑顔を向ける。グラスをテーブルに置いて世間話でもしようというのか。そんなことは無く始められたのは仕事の話だ。   「さっそく不穏な動きがあった」 「不穏な動き?」 「情報局の関係者からのタレコミで、オークション会場の監視プログラムから入場者の情報を開示しようとする権力が複数働いた。恐らくは保守党かなあ…」    男は余裕の面持ちで「安心しなさい、君の情報は予め書き換えてあるから」と目尻にシワを刻む。     『―兄貴!』     ふと頭によぎったのは義弟だ。   「俺を落札したのはウィルソンではなく、俺の義弟です。彼の情報は…」 「ああ、クロウリー捜査官から聞いているよ。でも感心しないなあ、大学生でしょう?自爆装置を持ち歩いているなんて。それにウィルソン君も巻き込まれていたし。」 「…」     ノエルもまさかイアンがあのような行動を取るとは思っていなかった。昔から活発で突発的な所はあったが。   「彼には監視を付けているから大丈夫だよ。監視プログラムの映像も弄るようには言ってある」 「…迷惑をお掛けして申し訳ありません」 「君の大切な家族なんでしょう?その位はね」    何故自分が頭を下げなければならないのか、ギリギリと歯ぎしりをして(あいつは家族じゃない)とノエルは酒をグイッと呷る。   「…話は変わるけどどう?ウィルソン君とは」     フェルトマイアーはチビチビと酒を口に含みながら優しい声色で問いかけた。   「何ですかいきなり」 「したの?セックス」 「……セクハラ発言ですか?」 「おっと失礼。つい気になったものだから」    この男は二人の関係を面白がっているのだろう。実に楽しくて仕方がない、と目を輝かせるのだ。   「…してません」 「わはは!教えてくれるんだ。でもどうして?」 「…どうしてと言われましても…」  「あ、もしかして同じものが付いてて萎えた?」 「いや、そもそも見る機会なんて無いです」   (今日はあの背中の衝撃に持っていかれてそれどころじゃ無かったしな…)   「ふーん…、じゃあもしかしたら"違った"ってなるかもしれないんだ」 「…違った?」 「想像したことある?彼の体。」    確かにノエルがいつも想像で使うのは男の後ろ姿だ。それが何故かと問われても分からない。だからかフェルトマイアーの言葉にギクリとしたのだ。   「…」 「うーん」    ゴホン、とフェルトマイアーは咳払いしてグラスを空にした。気がつけばノエルのグラスも氷を残しただけで空っぽである。気が利く男は部下の空のグラスに酒をなみなみとついだ。   「…それにウィルソンは恋愛嫌いだと聞いています。一度俺も殺されかけた事がありますし…下手な事は出来ないというか…」    ペラペラと口が動くのは彼の作った濃すぎる酒のせいだ。   「恋愛嫌い、ね。でも僕は本当に彼が人を愛せない人間だとは思わないけれど」 「それは根拠あるんですか」   フェルトマイアーは実際ウィルソンがどのようにノエルの恋愛感情を拒絶したか知らないからそう言える。それに一番親しいヒラキが『病的に恋愛に否定的』だと証言していた。   「根拠?君や他の人間の立場では見えないことも、長年の気が合う友人なら分かることもあるってことさ」 「…気が合う友人…ですか」 「まあ僕に見えなくて君に見えることもあるだろうね。でも今の君は自分に言い訳してるように見えるなあ」 「…言い訳?そんな事は…」   (…ダメだ、本格的に酔いが回ってきた)    度数の強い酒は疲れていた体に早くも回り、思考をぼんやり曇らせる。余計な事を話す前にさっさと帰らなければ。     「…すみません。今日はこれで失礼します」 「明日は八時半に迎えが来る。胸元に名前が書いていない空白のネームプレートを付けている人間だ。彼と一緒に準備しておいて。」 「……何をするつもりですか」 「何って話を聞くだけだよ。酷いことはしない約束だ。あと君達には仲間の紹介をしていなかったからそれも含めて。…今日はもう寝なさい。」        ふらついた足でエレベーターに向かう男を見送って、フェルトマイアーは意地汚くノエルの残した酒を自分のグラスに注いだ。   「ワクワクしてきたなあ」  今後の展開を予想して、ああでもないこうでもないと思考を巡らせる。それがどんな結果になろうとワクワクと心踊らせ、男はまた一つ人生に楽しみを見出した。    ほくそ笑む彼の邪魔をするようにポコン、とデータベースにメッセージが届く。   『該当の映像は何者かによって既に削除されていた。…情報を抜き取られた可能性があり、当局は調査を進めている。全く、局から情報を抜くなんて素人とは思えない。下手に動くと私もやばいからしばらく行動は控える』    男は「ううーん、」と小さく唸って、その笑顔の呪縛を解いた。    

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