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第98話

 エレモアシティー、イアンはその街に足を運ぶことに躊躇いを感じた。スターシールドが破壊され危険、それも理由の一つだが、歩く度にどぎつい香水を身に纏った女にしつこく言い寄られた経験がこの街の印象を最悪にしている。     (……随分入り組んだ所だ)    イアンが確認しているのは、ある人物から指定された場所の地図だ。ピン留めされた目的地まで徒歩約三十分と表示されている。それもただの道ではなく瓦礫が転がる険しい道だ。  すれ違う人間に『西区は危険だ』と忠告を受けても引き返すつもりはない。危険区域を練り歩くのにはもちろんワケがある。   『イアン、ソコ右』 「ここ?うーん、瓦礫が積み上がってるけど…迂回ルートは?」 『時間カカルヨ。約束ノ時間過ギル』    相棒のトミーをこっそり懐に忍ばせ、イアンは建物と建物の間、瓦礫が積み重なったそこを行くことにする。足場は最悪で更に徐々に傾斜が高くなっているが果たして大丈夫なのか?と心配しながら登りきると、目の前にはごちゃごちゃとした違法建築が広がっていた。   「うわあ、すげー!」と目を輝かせ、トミーに写真を撮るよう指示をした。帝都の建物は統一感重視で面白みがないが、そこは形も色もそれぞれが自由に作られている。   足を踏み外さぬよう慎重に瓦礫を下り、イアンは西区に降り立った。独特の湿った匂い、ゴミがどこそこ捨てられた無法地帯はイアンの格好が浮いている。だからかそこの住人からの見えない視線を感じた。 (…そういやアイツらついて来なくなったな)    イアンは背後から消えた気配にほんの少しほっとして時刻を確認した。今朝自宅を出てから誰かに尾行されていたのだ。何者か?と不安になってトミーに情報を抜かせた。いざと言う時情報は強い味方になる。   「さっき読み込んだデータは?」 『アイヨ。』    トミーが読み込んだデータを目的地に向かいながら確認していく。大体は何ともない人間の情報だ。しかしその中に留めておくべき経歴の人物らが存在した。 (…直近は帝国警察の総務部のスミカ・ホースに生活安全部のニイミ・ハシモト??…)    どうやらイアンを付け回しているのはその二人らしい。帝国警察の人間に知り合いはいないので、もしや昨日の爆発の原因を探し当てたとでも言うのか。   (いや、監視プログラムの映像は全て削除した。…とすると何故帝国警察の人間がオレを付け回してるんだ?)    疑問は残るが今は追手はいない、彼は早足で目的地に真っ直ぐ進む。    しばらく行くとゴミなど一切ころがっていない比較的清潔な道に出た。立てられた看板には『開発予定地』と記されている。建物からは人の気配が消え、いるのは地面を駆け回るネズミくらいか。   『イアン!ココ!』    目的地は三階建ての古い建物だ。取り壊し予定だったのか足場が組んであり破れた養生シートが風に煽られはためく。    分かりやすくたくし上げられたシートを潜り、イアンは慎重に入口の扉を開け、恐る恐る一歩踏み出した。    なんて事はない室内はカビ臭い。物は何も無く薄暗いのでトミーのライトをオンにした。二階に伸びる階段、恐らくある人物はそこにいる。      ノックをした後、扉を開けるとそこには冴えない王国系の男がなんとも言えぬ表情で突っ立っていた。…独特の雰囲気は息が詰まりそうな圧がある。    それともう一人、顔を腫らし手足を拘束された男はこちらを見るなり「ノエル先輩!?」と掠れた声を発した。   (…兄貴の知り合いか?)    「時間通りか。待ってましたよ何でも屋さん」 「約束通り来た。市長の娘は無事なのか?それに他にも人がいるなんて聞いてないけど?」    見る限りそこの部屋にサロメ・バーンは居ない。隣にも部屋があるようなのでそちらか?と目が動く。   「ここにはいない。貴方が信用出来る人間かどうか分からないから」    イアンがここへ来たのは紛れもなく市長の娘を救出する為だ。その条件である『不死身の男との交換』を果たすにはあまりに情報が少なすぎる。直接会いに来たら情報を教えると言われノコノコやってきたという訳だ。   「信用出来ない人間に不死身の男の情報を渡す訳にはいかない。」 「…それならこんな所まで呼びつけて何しようって?」    彼は無表情のまま、大人しく拘束されている男に指をさす。その指先が赤く染まっていることに気がついて、(マジでヤバい案件に首を突っ込んでしまったのでは?)と後悔した。   「彼、帝国警察の人間なんです。」 「帝国警察?」 「はい。今ここで彼を処分してください。そうしたら不死身の男の詳細を教えます」   (はあ?んだそりゃ。…流石に人殺す覚悟は出来てねぇぞ…)    イアンは内心打ち震えていたが、冷静な面を保った。人を処分するなどと考えた事もないボンボンに、いきなりそんな課題はハードルが高すぎる。    男は血の着いた果物ナイフを床に置き、つま先で蹴った。   (何かいい方法は……)    モゾっと動いたのは懐の相棒だ。頼れるのはいつだって自分だけである。こいつを活用する他ない。トミーのボディーをこっそり撫で、周辺の情報を開示させることにした。   「さっさとして欲しいものだな。…時間は有限なのだから」    男はゴリゴリ、と音が聞こえるほど自らの唇を噛んでいる。急かされている気がして焦るイアンの目に飛び込んだ情報は、(…利用出来るかもしれない)と希望を持たせるものだった。   「…その人を殺さない方がいいと思う。国家秩序維持課ってことはあんたバッジ付きだろ?えーっと…サコダさん。」   「…ッ!?なんで…」  強ばる肩、裏返った声、情報に間違いは無いようだ。    「今調べたからね。リク・サコダ、二十三歳B型、…あってる?」    イアンの問いかけにサコダは「……合ってるっすよ」とあっさり認めた。秩序維持課(バッジ付き)がここにいるということは、警察はサロメ・バーンの誘拐を認知しているだろう。   (ん?でもこの男は俺の事を兄貴だと間違えたよな…。もしかして兄貴はバッジ付きなのか?)    そうなると同じ車に乗ったあのちゃらんぽらんの男も、運転席の女も皆関係者の可能性がある。   「サコダリク…?あなたは王国民だったんですか?バッジ付き?悪いが俺はそれがなんなのかよく分かっちゃいない」    男は何か考えているのか目玉を上に向けた。…帝国に住んでいてバッジ付きを知らないなんてとんだ世間知らずである。   「バッジ付きは…分かりやすく言うとテロリストを片っ端からぶっ殺す奴らだ。そんな連中を殺せば大変なことになる。何せ連中は活動停止と同時に全ての情報を本部へ送ることになってんだ。もちろんそうなれば場所も特定される」    嘘っぱちがバレぬよう、知ったような口で得意げに話した。躊躇いがあってはいけない。祈るべきはリク・サコダがその嘘っぱちに反応しないことだ。   「そうなんですね。秘密警察みたいなものですかね?確かに居場所がバレると面倒だなあ…。このモニター結構重くて運ぶの大変なんですよね」 「それに殺す前にもっと引き出せる情報があるはずでしょ。」    もう一押し必要だ。イアンは男が端からこちらを信用するつもりが無いことを見抜いていた。    もしイアンが逆の立場ならまずこんな薄気味悪い所に呼びつけて人を殺せなどと言わない。   「あんたは不死身の男、オレは市長の娘、…互いに目標は決まってる。信用出来ないと言うならオレはこのバッジ付きの情報を使ってあんたの元にそいつを連れてくる」    イアンはバッジ付きの手足の粘着テープを落ちていたナイフを拾い切ってやる。赤い汁が手について、気持ち悪さにズボンで拭いた。その行動をじっとりとした目線で眺める男に、背筋に冷たい汗が流れる。   「…分かった、そこまで言うならそうしよう。別にその売国奴に逃げられようが何しようがどうだっていいんだ」   『不死身の男』さえ連れてくれば。    男はそう続けた。イアンはバッジ付きを部屋の外に引き摺り、ここから逃げ出す事にする。    

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