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第100話
車はやがて聳え立つ白いビル郡を抜ける。見えてきたのはノエルに取って懐かしい風景だ。よく歩いた道、……この車はどこに向かっているのか。
右側に見える反り返った巨大な屋根、その奥には何本もの棟が立ち並んでいる。ノエルもかつては通っていた大学だ。車はそのまま右折して、地下二階の駐車場へ進んで行った。
「大学?…大学に拠点があるのか?」
「はい!地下駐車場の南、そこに隠し通路があるんで、す!さ!おりて!」
(隠し通路?………そんなものがあったのか?)
在学中全く気がついていなかった。それもそうだ、陰気でジメジメした地下には車を停める以外用などない。それにノエルはいつも歩きで通っていた。
「ここ! 」
『危険!立ち入り禁止』と汚い文字で張り紙された扉。バオン・ドーは横のロックに手を翳し、ぎぎぎ、と扉を押し込んだ。
「ささ!救世主様!行きましょう!」
ウィルソンの腕を掴み、そいつは強引に先へ進んだ。ノエルはその後を鬼の形相で追いかけるのである。
青白い光がぼんやり下から照らすのは様々な動物の脳みそだ。ホルマリンだろうか、何かの水溶液に浮かんで実に不気味である。右からノドジロオマキザル、ベルベットモンキーにケナガチンパンジー、ヒガシゴリラ……何故こと詳しくノエルが種類を判別できるかというと丁寧に名札が取り付けられているからだ。
帝国立大学の地下二階、不気味な長い廊下が続いていた。壁一面に脳みそ、脳みそで、時々現れる扉はどれも空白のプレートが下げられていてなんの部屋か検討もつかない。そのうちの一つに二人は招かれた。
中はちょっとした休憩室なのだろう、気持ちの悪いものは排除されている。
「いやぁ、わざわざこんな所まで御足労いただいて申し訳ない。」
その老人は、そう言って二人にコーヒーを出した。禿げあがった頭、白く濁った瞳、清潔なシミひとつない白衣。丸いフォルムは優しいおじいさん、と言ったところだろう。
「私はチュン・ドー、研究員の端くれさ。ちなみに今日運転手をしたのは私の孫でね。…ああ!君たちの事は知っているから紹介は不要だ。仏頂面の方がノエル、人形みたいなのがウィルソンだろう」
ノエルは彼を知っている。神経工学のチュン・ドー、と言えばデータベース開発に携わった研究チームの一人だ。"研究者の端くれ"なんて謙遜もいい所である。
「バオン、砂糖とミルクを取りに行ってくれないか?あとツマミも持ってきてくれ」
「はーーい!」
バオン・ドーはバタバタと足を踏み鳴らし部屋を出ていった。扉が閉まった事を確認して、チュン・ドーは自らも椅子をギギと引いて座る。
「さて、…他の研究員が来るまでの間色々と聞きたいことがある。ではまずウィリアム・ウィルソン、君が不死身の男で間違いないね?」
「ああ。間違いない。」
男は静かに答えた。そこには一切の感情の起伏がない。目の前の研究者に対して警戒心を全開にしているのだ。
「では君はいつ産まれて、いつ自分が不死身だと気がついたのだろう?どうしてその姿で成長が止まった?」
「さあ、覚えちゃいない。でもそうだな…成長が止まった原因には多少の心当たりがある」
チュン・ドーはキラキラと子供のようにその目を輝かせた。恐らく単純に興味があるのだろう。それと対比で冷めたウィルソンが際立っている。
「それはズバリなんだ?何かを投薬した?それとも儀式的な何かか?」
隣の男は冷徹にその老人を睨みつけた。ノエルは彼の激高した姿は見たことがあったが、冷静なまま嫌悪感丸出しにしているのは珍しい。
「私が不死身になった原因についてだが自分でもよく分かっていない。…ひとつ言えることはある日私は死んで、そして蘇ったということだけだ」
胸元に置かれた左手は、自分の心臓を掴むようにシャツにシワを作る。傷みで歪んだ唇、きっとウィルソンは過去の記憶を掘り返すことに苦痛を感じているのだ。
「それまでは人間だった。怪我をしても治らないし、痛みも傷が癒えれば無くなった。だが死んだことによって、どういう訳か私は現世に縛り付けられている」
「…なるほど。話してくれてありがとう」
ノエルはふと男の背中の傷を思い出す。あの傷は彼が人間だった頃に付いたものなのだろう。
(…やはりちゃんと話を聞いてやるべきだったな)と後悔して、帰ったらちゃんと腹を割って話そうと決心した。
コーヒーをゴクリとチュン・ドーは口に含んだ。どうやら苦かったらしく渋い顔をする。
「君が話してくれたから私も一つ話そう。それはまだ私が二十代、…ちょうど戦争真っ只中の頃だ」
チュン・ドーは穏やかな口調で、過去を傷みながら話し始める。
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