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第102話
笑った。地獄の底で、幸せそうに。
『感想は?』
ぼとり、と額に男の汗がこぼれ落ちる。いや、それは自分自身の涙かもしれない。全身を襲う寒気とは裏腹に、男の体は熱く滾っていた。
『嫌だ!止めてくれ!』と懇願すればするほど男は喜んだ。
何度も何度も繰り返される恐ろしい、…恐ろしい悪夢の一つだ。
狂ったように暴力的に髪を鷲掴みにして、切れ味の悪くなったナイフを向ける。
『なあ、ウィリアム。ここがどんなふうになってるか気にならないか?』
白い腹にナイフをゆっくり突き立てる。恍惚とした顔は、人の腹を切り裂くことに何の抵抗もない。
『うわあ、凄いな』
痛いのか熱いのか。苦しいのか心地よいのか。
触られている、腹の中が男の欲望で。その手は内臓をまさぐって、自分を見つけるとまた幸せそうに笑った。
『ああ、ここに俺が入ってたんだ。ほら、お前もちゃんと目を開けて見ろ。…それとも触ってみる?』
優しく拘束を解く手は、切り裂かれた腹の中身を触らせた。
『ほら、ここ。なあ、感想は?』
血液が臓物と一緒に流れ出ているというのに、その中に注がれた穢れた熱。感想はひとつしかない。
「……気持ち悪い!!!」
彼は自分の叫び声で目を覚ました。
「…………大丈夫か?」
汗ばんだ頬に触れた手は、その下心に気が付かれたと固まっている。
「……」
「勝手に触れて悪かった。魘 されていたから起こそうと思ったんだが…嫌な気持ちにさせてしまったな」
慣れない場所へ行き、慣れない人間との会話で疲れていたのだろう。ウィルソンは無人タクシーに乗るや否や船を漕ぎ始めた。ノエルは話したい事が山ほどあったが、その眠りを邪魔しないことにしたのだ。
『ぅ、……ぅう…ッ……』
しかし苦しそうに呻き、寄せられた眉がやけに官能的でついつい手が出てしまったのだ。その汗が滲んだ首筋を優しく撫で回して唇の感触を確かめる。時々跳ねる体にまたどす黒い欲望が触発された。
魘されていたから起こした、などという言い訳は咄嗟についた嘘である。
(…それに………)
「…起こしてくれてありがとう。…私はどれくらい眠っていた?」
「三十分くらいだ。念の為尾行警戒で適当な道を走らせていたから…だがもうすぐ家に着く。」
汗を拭ったウィルソンは、窓を少し開けて火照った体を冷ます。「…変な寝言言ってなかったか?」、彼はその夢の内容を隠したいのだ。ノエルに慎重に探りを入れてくる。
「いや、ただ魘されていただけだ。」
「…そうか、ならいい」
隣の男はそれを聞いて長い四肢を脱力させた。今朝ノエルに触れて赤くなっていた肌は悪夢によって青ざめている。
(……)
夢の内容と寝言が必ずしも一致する訳では無い。縋るように絞り出した声が呼んだのは。
『――………ヒラキ……』
ノエルは雑音を消すために音楽をかけることにした。
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