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第108話
青アザのできた顔、折れた犬歯。右腕は三角巾に吊られ、それがサコダだと言われなければ誰か分からない。
「…ッ!一体どうしたんだ」
「あ、先輩〜」
十六階の応接室に来るように、ローレンから連絡がありノエルは言われた通りやってきた。そこには難しい顔をしたローレンと、ボロボロのサコダが椅子に腰掛けている。
「…どうやらヒラキ・ライトにやられたらしい」
昨晩ヘラヘラと連絡していた男がまさかこんな有様だとは思っていない。ローレンは腕をギッチリ組んで「どういう事か自分の口で説明しなさい」と不機嫌だ。
「じ、実は俺ヘマやっちゃって…危うく殺されちゃうとこだったんすけど…」
サコダはヒラキ・ライトが行った事の説明を記憶を掘り返しながら話し始めた。彼を追って捕まえようと乗り込んだ時、返り討ちにあってボコボコにされた事、西区の都市開発予定地のある建物に拘束されていた事、それらを順を追って説明する。
「…捜査員殺しとデリカロッドの事件の自供とも取れる発言を録音しました。それと…人がぶよぶよになるのは"アレルギー"だって言ってたっす。…あいつは俺の目の前で…ゔッ………」
思い出したのか彼は左手で口元を押さえて嘔吐く。ローレンは彼の背中を摩って落ち着かせた。
「…サコダは命からがら逃げ出したというわけ。…ある人物の助けがあって」
「…ある人物?」
「イアン・アーサーよ。」
男の無表情が更に固く強ばる。ローレンは「…そんなはずは無い」と否定するノエルに一つの映像を見せた。
それはエレモアシティーの建物の隙間からサコダを引き摺って出てきたイアンがタクシーを拾い走り去る姿を捉えていた。
「貴方の弟には監視を付けていた。…彼が危険区域に侵入したため尾行は中断、しかし待機していた人間がこの映像を捉えた。」
「…イアン君は俺をエレモアシティー総合病院に連れて行ってくれたんすよ」
「………」
何度もリピート再生される義弟の姿を無言で見つめていた。成長したそいつはやはり大嫌いな父親によく似ている。
「あいつがお前を助ける為にエレモアシティーに向かったと?」
「…俺を助ける為じゃなくて…その、彼は『市長の娘』を探してたんすよ。話を聞いてる限りじゃヒラキ・ライトがその娘を誘拐?してるみたいで…"何でも屋"とか何とか言ってたから誰かに依頼されたのかも」
「…何でも屋?」
ノエルの疑問に答えたのはローレンだ。彼女はイアンの事をこと細かく調べ上げていた。帝都大学に通っていて理工学部である事、今までの女性遍歴などノエルが初めて知るような情報が満載だ。
「彼は五年ほど前からネットで何でも屋として活動している。迷い猫捜索から家事代行、店番など法に触れない真っ当な依頼しか受けていない。」
サコダは辺りをキョロキョロと見回し、テーブルの下、椅子の裏、何かを隠せそうな場所を見て回った。何も無い、そう確認すると声を潜めながらこう言った。
「……そんな真っ当な何でも屋さんは不死身の男と市長の娘を交換するつもりらしいっす」
「何だって!?」
声を荒げたノエルにサコダは肩を引き攣らせ、傷が痛むのか顔を歪める。
「いてて、…怒鳴らんで下さいよ〜!」
「そんな重要な事を何故昨日連絡して来た時に言わなかった!今すぐヒラキ・ライトが居た場所を教えろ!」
「もうあの廃墟にはいないっすよ、今朝他の人が突入したけどもぬけの殻だったって…。連絡だってイアン君がどうしても先輩の声聞きたいって言ったから仕方なく…」
「…クソ!」
ブルブルとその両手が小刻みに震え出す。感情の容量を超えて怒りが爆発しそうである。
「サコダ、余計なことを話していないでしょうね」
「…不死身の男について色々聞かれはしたけど、なんの事か分からないってちゃんと言ったんで!あくまで俺たちはヒラキ・ライトを捕まえることが目的だって強調しといたんで大丈夫す!」
「…そう、ならいいけれど」
ローレンは組んでいた腕を緩め、視線をふと隣に向ける。そうすると物凄い形相をしたノエルが目に付いた。男が顕にした感情的な表情に彼女は喉の奥が引き攣る。
「でも厄介ね。そのまま放置しておく訳にもいかないし…課長と話をしてみる。」
非常に不愉快で嫌な気持ちだった。そしてそれ以上にノエルの中で家に残してきた男の事が気になって仕方がない。
「………………帰ります」
「駄目よ、貴方にはこれから―」
「ちょっと!戻りなさい!」、男は上司の言う事など聞かず席を立ち、鬼の形相のまま来た道を引き返す。
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