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第111話

 気難しい教授の口がはくはくと動いている。同じ言語だが、なんだか違うような…つまり全くその講義に集中出来ていないと言うことだ。    イアンは自分の斜め右前の席に座る女と左後ろの席に座る男に付け回されている。一体何の目的か分からないが、チャリティーオークション参加以降その気配を感じているのだ。   (…なんでオレが…。やっぱり"不死身の男"に関わったせいだよな…多分)  兄との再会、イカれた王国系の男に市長の娘。…そして不死身の男。  今までの日常が一気にひっくり返ってのしかかっている。   「―であるからしてデータベースの今後の発展に…」    帝国警察のバッジ付き、と言えば秘密厳守で血も涙もない人間が働いていると思っていた。しかしリク・サコダのように間抜けな奴がいてくれてイアンは随分助かっている。    同情を誘いノエルに連絡させるよう仕向けさせた事で、様々な情報をサコダから引き出せた。兄の住所まで割り出せたのは大きい。   (ヒラキ・ライト、二十九歳O型、出生地はトウジン地方、三歳の時にエレモアシティーに両親と共に移り住み、高校卒業後職を転々として現在は高級娼館デリカロッドの清掃員として働く………か。)    それはイアンがツテを使って抜き出した情報だ。やり方は簡単、とあるアプリをインストールしている人間のデータベースの権限を操作するのだ。  彼らは探究心からそのアプリを使い、イアンはその欲を満たす代わりにちょこっとデータベースの権限を借りる。   (今のところ順調…)     脳裏を掠めた美しい男、その存在が現れるまでは。   『…違う』    赤い唇の感触を知るつもりは端から無かった。いくらそれが美しくとも。   (…マジでなんだったんだあの人)     喉の奥、じくじくと膿が滲み出しているような嫌な気分だ。強烈に刷り込まれた存在に大きな不安がはあ、と零れる。    ノエル宅に仕掛けた盗聴器は今のところおかしな会話は録音していない。彼らは奇妙な事に挨拶は交わすがそれ以外ほとんど会話をしていないのだ。本当にただの同居人なのだろうか。   (うーん、ますますわかんね。不死身の男の情報が欲しいとこなのに)     「おい、イアン。イーアーン!」 「…!あ、…」   体を揺さぶるのは友人の一人であるマーティンだ。講義が終わった途端イアンの周りにぞろぞろと人が集まる。   「もー、何ぼーっとして!あれだろ、また朝方まで遊んでたんだろ」 「それならあたしも誘ってよー」 「はは、まさかケイト、お前狙ってんの?」 「違うよ〜!ね、イアン、今日どう?あなたに会いたいって言ってる子がいてね」    友人達はいつもイアンの悩みや暗い気持ちを吹き飛ばすほど賑やかだ。しかし今回に限っては静かな場所で一人で過ごしたいと思う。   「あー、ごめんね。オレちょっと先約あるんだ」    いつもなら絶対に誘いに乗っていたが、イアンは軽く断り「その子にまた今度、って伝えておいて」と一人輪を抜ける。そうすると自然とその人集りは散り散りになるのだ。     「あ、イアン!今日どう?家行っていい?」 「ごめん、今日はダメ」   「イアン〜!課題写させて」 「今急いでるから」    キャンパス内を歩けばどこそこから友人達がイアンに声をかける。彼がどんなにキッパリ断りを入れても誰一人悪い顔をしないのはある意味での才能だろう。   「ごめん、待った?」    大学図書館の南に設置されたベンチに座る彼女を見つけた。待ちくたびれたのかタバコが地面に沢山捨てられている。    つり上がった眉毛に不自然なほど黒々しいまつ毛。ちらりと視線を向けた目は荒んでいる。せっかくの美人が台無しだ。   「…座れば?」  言われた通り隣に座ると、噎せそうになるほどキツい香水。イアンは我慢することにした。   「で?あたし指名で買いたいって話じゃないっしょ」 「ソフィア・アンダーソン、あんたはデリカロッドで働いてんだよな。ちょっと聞きたいことあってさ。」    彼女はデリカロッドで働く娼婦だ。大学内でもよく男を引っ掛けてそのまま仕事に繋げるやり手である。イアンも彼女の存在自体は知っていた。   「はーぁ、めんどくさい。金にもなんないのに。さっさと終わらせてよね」 「…声のボリュームは抑えて、オレ尾行されてんの。あんたの職場で清掃員の…ヒラキ・ライトって知ってる?」    ソフィアは「さあ?しらないね。清掃員なんてもんは各フロアにいるし覚えちゃいないよ」とその口から煙を吐き出した。   「えっと、見た目はちょっと冴えない感じで性格はなんというかサイコ?ぽい感じかな。特徴は少し違う目の色とかくらいしかないけど。…あ、あと王国訛りが酷かった」 「王国訛り?……」    何か思い出したのか、彼女はタバコを地面に捨てて足で踏み潰した。   「それなら心当たりあるわ。何せデリカロッドに王国民は四人しか居なかったし。そういえばあいつ…ヒラキって呼ばれてたな…」    ヒラキ・ライトは不死身の男を連れてこいと言った。しかし肝心の男の情報を教えることを渋っている。    イアンはこう考えた。    元々市長宛に送られたビデオメッセージ、それは他の人間の目に触れぬ物だった。しかしそれを秘書らが何でも屋のイアンに転送した。ヒラキ・ライトにとって誤算だったのではないか。    イアンとコンタクトを取り、わざわざエレモアシティーに呼びつけて直接会話したのはイアンを殺そうと思っていたに違いない。   (だけどオレが使えそうな人間だと判断した、……命拾いしたのはオレも同じか)    彼にとって不死身の男は大切な存在で、その姿形を出来るだけ人に知られたくないと考えている。    「彼に親しい人っていた?男限定で」    「…引き明けの美貌(ビューティ)…。」、彼女は悩むこと無く即答するのだ。   「は?何それ」  「そいつの親しい男よ。みんなそう呼んでた。夜明け頃いつも下の階に降りてきて、ぼんやり窓の外眺めてる。誰かが聞いたの、『貴方は何を見てるの?』って」    彼女の荒んだ瞳はキラキラと輝きを増す。   「『人口星の先の夜明けだよ。きっと綺麗だろうな』、…それから誰が付けたか分からないけど引き明けの美貌って呼ばれてた」    乙女思考をイアンはバッサリ切り捨てて、「…その引き明けのなんちゃらって人はヒラキ・ライトとどう親しかったんだよ」と本題に入る。   「彼は娼婦や男娼を買いに来てるんじゃなくて…王国民の清掃員に逢いに来てるって。」    実に順調だ。次から次へと上手くいく。情報の方からイアンに吸い寄せられているようである。   「その男の名前分かる?見た目は?」 「残念ながらあたしはどれも分からない。噂で聞いただけだから。」    彼女は新しい煙草に火をつけた。立ち上った煙が風に攫われる。   「詳しい事知ってる子がいる。…連絡取ってあげようか」    

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