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第112話
避難者用のテントは随分片付けられ、家を失ってどうにもならない人間以外は日常に戻ったのだろう。
「おにいさん、…哀れな男にお恵みを」
「ごめん、オレ現金持ってないんだ。栄養カプセルならあるけど…」
「おお神よ、この恵みに感謝致します」
あいつは恵んでくれる、そう味を占めた彼らは身なりの良いイアンに数メートル事に声を掛けて、『お恵みを』と老人から子供まで口を揃えて集るのだ。
「お腹空いた、何かちょうだい」
「俺にも何がくれ!」
「お腹の中の子供が…」
それらの物乞いに「ごめんね、もう何も持ってないんだ」と答えると、彼らは荒んだ目で舌打ちをしてターゲットを別に変える。
(あー、…だからエレモアシティーてあんまり好きじゃないんだよなあ)
エレモアシティーの上部駅と言えば身綺麗な人間ばかりだった。それがスターシールド崩壊で変わったというのか、今や浮浪者の溜まり場だ。
『スターシールドの復興作業が開始、周辺諸国からの支援金…』
(支援金あるならこいつらに恵んでやれ)
『あの時私は見た!美しい星が崩れ去るのを!』
(人工星が崩れて何の感傷に浸るんだ)
『ジョージ・バーンは対応が後手後手だ!』
(そりゃあ娘があんな事になりゃ誰でもそうなるだろ。市長としては失格だけど)
どこそこに浮いたモニターは誰かの見解が流れる。その映像をイアンは煩わしく感じた。上部駅内を素早く歩き去るのは、これ以上物乞いに捕まらないためでもある。
駅から一歩外へ踏み出せば、ぽっかり空いたスターシールドとご対面だ。以前エレモアシティーに来た時より工事が進んでいるようで三分の一は塞がっている。
性の女神はもはや頭が無くなって無惨な姿だ。目的地に迷うこと無く進めるのは首なしの彼女のおかげだろう。
イアンはどんと構えるデリカロッドをスルーして、その影に潜む小さな喫茶店に立ち寄った。
デリカロッドの娼婦はレベルが高い、大学の友人の一人がよくそう言っていた。確かに一番奥の席に座るブロンドの彼女は美人だ。
「レミさん?」
「…そうよ。…あんたがソフィアの言ってた男?」
イアンは適当にコーヒーを頼み、彼女の前に腰掛ける。レミ・ゴール、彼女はデリカロッドの娼婦だ。
「"引き明けの美貌 "について知りたがってるんだった?」
「そうそう、その人がヒラキ・ライトさんと親しいって」
「…話す前にあんたはなんでヒラキや引き明けの美貌について知りたがってるの?」
イアンは自分が"何でも屋"であることを明かした。「内容は詳しくは話せないが、とても大切な依頼で彼らの事を調べている」と言うと彼女はテーブルの上の水をぼんやり眺めて長い爪で汗をかいたグラスを握った。
「なるほどね。わかった。…話せることは話す」
「その男がどんな人物か知ってたら教えて欲しい。」
イアンはウェイトレスからコーヒーを受け取って、一口啜る。豆の苦味が鼻を突き抜けて、喉に熱が流れ込んだ。
「…一度見たら忘れられぬ完璧な作りで、…とにかく人間味のない男ね」
黒い水面が揺れる。空間を漂った埃が湯気の中に消えていった。
「彼は頻繁にデリカロッドであたしを指名した。でもそれはヒラキと話すため、あたしはセックス無しで大金がもらえる。」
「……その二人はデキてたのか?」
レミは静かに首を横に振った。穏やかに頬を緩め、まるで微笑ましい光景を思い出しているようだ。
「ありゃ恋人というより家族ね。」
「…家族…」
ヒラキ・ライトが探す不死身の男、それは大切な人、…家族だ。イアンはそう確信した。それは自身が一番大切にしているものが家族だから、という主観も入っている。
(もしオレが不死身の男の家族だったら…)
チャリティーオークションに参加したノエルは『俺は不死身だ』と宣言してすぐ黒服の連中に襲われた。それは不死身の男を狙っている人間がいるという事だ。
ノエル達バッジ付きと、オークションでイアンと競り合った数人、そしてここ数日イアンを付け回している連中…他にもいるかもしれない。
(もしオレなら…どんな手を使ってでも隠したい、よな)
市長に送られたビデオレター、非情に振る舞う不気味な狂人。家族を守るために他人の家族を犠牲にするやり方は最低最悪だ。しかしもし自分の家族が狙われていると置き換えれば理解できない話でもない。
(引き明けの美貌って通り名があるくらいだ、相当目を引く容姿のはず…それも男…)
「まあ、お互い仲良いことを隠していたからデキてるって思われるのもしょうがないわ。二人とも口を揃えて『ただの顔見知りだ』て言うもんだから怪しさ満点でしょ?」
「顔見知り…ただの……」
閃きの電気がパッと光って思わず席から立ったイアンに彼女は目を丸くして驚いた。
―ただ数回顔を合わせただけの顔見知りだ、あの美しい男は確かにそう言っていたではないか。
「その男って、青い瞳で白金の髪の毛!?…とにかくゾッとするほど美しい男じゃないか!?」
「…確かにその特徴に当てはまるけど…急にデカい声出さないでくれる?これだから体育会系の脳筋は嫌なのよ…」
「ああ、…ごめん。つい…。その男の名前は?今どこに?」
落ち着くためにイアンはコーヒーをもう一度口に含んだ。レミは案外すんなりとその名前を教えてくれる。
「彼はウィリアム・ウィルソン。…どこにいるんだか。スターシールドが崩壊してから色々あったから…。ああ、でもあのバッジ付きと一緒にいるかも」
「…バッジ付き………」
「そういえばあんたどっかで見たような気がすると思ってたらあいつに似てるね。」
(………ビンゴ!なんでもっと早く気が付かなかったんだ!)
「いらっしゃいませ」
喫茶店の入口から男女二人が入ってきた。…それは朝からイアンを付け回している例の連中だ。どうやら話はここで終わりにした方が良さそうだ。
(…ここまで着いてくんのかよ…。)とげっそりする。イアンはサッとデータベースで会計を済ませ、彼女に「ありがとう」と礼を述べ軽く手を振り店を後にした。
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