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第113話

沢山ある中で何故その家を選んだのだ、イアンはよく大学の友人たちにそう言われる。あなたならもっといい所に住めるでしょうと遊び相手の女も不満げな顔を浮かべていた。    整理整頓された部屋は無駄な物は置いていない。ベッドとソファー、テーブルを押し込めた部屋に入れられるスペース等無いのだ。…というのは些細なカッコつけで、ベッドの下の収納には子供っぽいと馬鹿にされるであろう『メカヒーロー』のグッズが隠れている。更にはクローゼットには大量の壊れた失敗の残骸が。   「はぁ〜疲れた……げ、もうこんな時間かよ」    今日一日、イアンは我ながらよく働いたと思っている。後はこれからどのような行動を取るべきかじっくり考えなければいけないだろう。ベッドにダイブする直前、来訪を知らせるベルが鳴らされる。   (今日はダメって言ったのに)とモニターを確認した。その四角に写っているのは遊び相手の女ではなく、仏頂面を掲げた男だ。   「…兄貴!?」 『入れろ。』    イアンはマンションの入口で待つノエルに許可を出す。どうしよう、と慌てふためいた。おかしな話だ、二人は家族であるのに。   (…絶対不死身の男の事だよな……)   次は玄関の前のベルが鳴らされ、イアンはぎこちない動作で鍵を開ける。 「い、いらっしゃい…」 「…」     石のように硬い声色で迎える。彼は恐らく不死身の男関連でやって来たのだろうが、今日こそは家族らしいまともな話が出来るかもしれない。    ノエルは癖で靴を脱ごうとした。それを見てイアンは「うちは別に土足厳禁じゃないけど」とつい口走る。   「…急にどうしたんだ?てかなんで家の場所知ってんの?つーかもう零時回る頃だ。非常識じゃない?」  「お前こそ先日俺の家に勝手に入った。まだベルを鳴らして家主に許可を得た分マシだ。」    どうやら尾行していた連中はノエル側の人間らしい。イアンは監視プログラムを抜かりなく操作したのだ。バレるとしたらそれしかない。   「…確かに勝手に入ったのは認めるよ。でもまさか兄貴が不死身の男を隠してるなんてね」    痙攣する瞼、僅かに早くなる呼吸。じんわりと背中に汗をかかせる静かな敵意を受けてイアンの呼吸まで浅く短く変わる。 「オレが何故不死身の男を探してるか知ってんだろ?」 「ああ。市長の娘との交換だ」    抑揚のない声。ソファーやベッド、座ろうと思えば座る事が出来るが二人はそうしない。   「分かってるならもっと焦った方がいいんじゃないの。オレが誰か人を使って不死身の男を連れ去ることも出来る」    片眉と肩頬を上げ、兄がどのような反応を示すか試すようなセリフを吐くイアンに彼はその手には乗らないようだ。   「家にはサコダが居るから大丈夫だ。…ヒラキ・ライトが潜伏していたと見られる廃屋は既にもぬけの殻だった。」 「……まあ、そうだろうね。バッジ付きも逃がす形になってる訳だし留まる理由ないだろ」    イアンは身震いした。あの薄暗い廃墟で二人して殺されていたかもしれないと考えたのだ。リク・サコダが使えるカードを持っていて本当に良かったと人知れず感謝する。    咳払いをしたノエルは次の台詞をゆっくりハッキリ強調した。   「手を貸してほしい」   彼はてっきり関わるなと釘を刺しに来たのだと思っていた。「何?…槍でも降らせるつもり?」と軽口を叩くイアンとは対照的にノエルは真剣だ。   「お前はヒラキ・ライトと直接会った。そして不死身の男を連れてくると約束をした」 「まあそうだけど。」 「不死身の男を見つけたと連絡を取って欲しい。…そこから彼が今どこにいるのか"お前なら"分かるはずだ。」   有能なイアンを利用するように上司にでも言われたのだろう。そうでなければ兄が手を貸してほしいなどと言うはずがない。いつも口癖のように『お前には関係ない』と言っていた男だ。   「…向こうから連絡が来ないとオレからはどうしようも無い。以前掛けてきたデータベースは恐らく他人のやつだろうから…」 「他に方法はないのか?」 「…さあ?どうだろ。そもそもなんでオレがバッジ付きに協力しないといけないの?」   方法は幾つかある。…イアンがその案を提示しないのは、ノエルの真の感情を知りたかったというのも大きい。    自分を何でも屋として利用したいだけのバッジ付きなのか、少しは家族として認めてくれていて頼っているのか。それとも切羽詰まって手当り次第に、そう考えてそれは兄に限ってないだろうと切り捨てる。     「…彼を憎んでいない」 「え?」 「ヒラキ・ライトだ。殺したいと思うほど彼個人を憎んではいない。…だから俺は一人の警官として彼を捕まえなければならない。」     正義感に突き動かされている、勿論それもあるだろうが、それ以上にノエルは大きな心の揺さぶりを受けている。   「…だからオレに協力しろって?本当の事を言わないで都合良く利用しようって魂胆?」    イアンの考えは大体固まっていた。だが目の前の男の弱みのひとつでも握っておかないと気が済まない。   「…つーかあの不死身の男と兄貴はどういう関係なんだ?普通はそんなに重要な人物をバッジ付き個人の家に住まわせるなんてことあるとは思えない。…それに」    先日与えられた口付けの事が舌先まで乗っていた。しかしそれを飲み込んだのは正解だっただろう。   「俺が一方的に気があるだけだ。」    彼はノエルの迷いのない回答に驚かず、ただ頭を抱えるしかない。やはり自分は兄と比べられ『違う』に分類されたのだ。(失礼なやつ!)と不死身の男に腹を立てる。    だがイアンに話してくれた、正直それだけで十分だ。彼は昔から自分の事を話してくれなかったから。   「…分かった、協力するよ。そもそも何でも屋の仕事に殺人鬼との取引は想定していないから。さっさと市長の娘を助けて終わらせたいってのが本音」   イアンは早速トミーを起動させ、エレモアシティーの監視プログラムへの侵入を試みる。それはほんの数十秒で完了した。とあるアプリには沢山の権限者のデータベースの情報が転がっている。    空間にエレモアシティー中の監視プログラムの映像を浮かべた。何百ある中からヒラキ・ライトを探すのは相当な時間がかかるだろう。    ノエルはその様子を黙って見ている。   「あの犯人は西区の開発予定地にいた。そこから市長の娘とでっかいモニターを持ち出すにはリスクが大きい。」 「周辺の建物は全て調べた。地面は全てコンクリートで足跡では追跡できず、どれも古い建物で監視プログラムの設置がされていない。」    見くびって貰っちゃ困ると言わんばかりにイアンは片頬を釣り上げた。トミーは自信作だ。   「オレがあの人と対面した時、モニターは起動していた。もぬけの殻ってことは少なくともそれを外に自ら持ち出してるってことになる。」    日時を大まかに指定し、トミーが読み取ったデータを絞り出す。沢山ある羅列の中から明らかにデータベースとは違う古(いにしえ)のファイルが見つかった。   「これだ。モニターの使用履歴を見れば最後どこで電源を入れたのか分かる」 「……一体どういう仕様で個人のデータベースの情報にアクセスできる…」 「企業秘密だよ。一応これで稼いでるから。…最後にモニターを操作した場所は…」    赤い点が示したのはエレモアシティー西区を出て北上した所だ。イアンが地図を立体化させるとビル群の影に潜む二階建ての民家が現れる。   「…ここに一応反応あるけど…兄貴心当たりある?住所は西北区画七の六」 「無い。……いや、…」    ノエルは自らのデータベースでヒラキ・ライトの情報を再確認した。忙しなく動く視線が一点に集中し、目当ての情報を見つけて輝きを増す。   「ここだ!彼は少し前住んでいた家を追い出された。恐らく車を入手してこの家に市長の娘を拉致したに違いない。周辺の監視プログラムの映像を見せてくれ。」    イアンは仰せのままに周辺の監視プログラムの映像を拡大した。二倍速でどんどん映像を進ませながら二人は人の動きに注視する。スターシールドの崩壊によりいつもより活気がなく、人もまばらであるが故にその大きな荷物を背負った男は目立っていた。ヒラキはすたすたと民家の方角へ歩いていく。   「…でもここにいるとして所有者が別の人みたいだけど。叫び声とか物音とか普通聞こえない?」 「日が高いうちはスターシールドの修復作業で騒がしいはずだ。」    襟を正し、ノエルのつま先は玄関の方へ自然と向いた。   「…兄貴まさか今から行くつもりなのか?つーか他のバッジ付きの人に連絡しないと…」 「そんなものは後だ。上の指示を待っている間に逃げられる。」 「でも一人じゃ危険じゃないか!」  ふっと微かにつり上がった唇、何かから解き放たれたように開放的で人間らしい表情。    「…協力感謝する。」  背を向けた男はイアンが憧れた兄のままだった。   「―待って!オレも行く!」

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