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第4話
04.第二総務部のお仕事と、仮の姿
04.第二総務部のお仕事と、仮の姿
「オメガを合法的に抱ける施設があるんだ」
天井の電灯を付け変えながら、聞くともなしに聞いていた。第三営業部は品のない社員が多いと聞いていたが、その通りだなと思う。
西園寺グループはコングロマリット系の大企業で、優良企業にも毎年選ばれているが、それでも優秀な社員とそうでない社員がいるものだ。
自分の今の仕事にため息が出そうな気分で、また耳をすませる。
西田怜として、第二総務部に所属していて、もうすぐ定時という時間、電灯が切れているという呼び出しがあった。やる気のなさそうな社員二人だけがいるオフィスで、長い前髪に黒ふち眼鏡をかけ、マスクをして変装をして、訪れたのは第三営業部だった。
怜の祖父はこの会社の会長である。将来この会社を継ぐのは自分だという自負もある。けれどこの対応には少しばかり不満があった。修行と称して、身分を隠し、無能の集まりという第二総務部に配属されたからだ。
社会と言うものを少しは知った方が良いと放り込まれたここは、祖父直属の部署であり、社内では役たたずの烙印を押されたも同然の者が集められた部署だった。仕事も社内の便利屋みたいな事ばかりで、簡単で時間に融通がきくがやりがいはない。
「おい、何見てんだよ、この給料泥棒が」
そんなことを考えてぼんやりしていたからだろうか、第三営業部の社員の一人に罵倒される。ムッとするが表情には出さず、もくもくと作業を進めた。
「よせよ、落伍者には何言っても無駄さ。会社にしがみついて離れない奴らなんだからな」
「それもそうか」
何が面白かったのか二人は大声で笑い、それからまたオメガを合法的に抱ける話を始めた。多分第二総務部の社員なんて、何を言ったとしても大丈夫だと思っているからだろう。
「オメガを好きに抱けるんだぜ」
「本当かよ?」
そう言うのも無理はない。過去、オメガは不遇の時代があった。けれど現代ではオメガにこそ相手を選ぶ権利があり、アルファが好き勝手に出来るような存在ではなくなった。
オメガも同じ人間であると、社会がそれを許さなくなったのだ。
そんなことをつらつら考えていると、くだんの二人がまた声を大きくして話している。もう定時の時間だが、仕事もないのに残業申請でもするつもりなのだろうか。
「……首絞めて奥を突くと締まってナニが痛いくらいだったぜ。まあ、その後、それがバレで出禁になったけど……また行きたいぜ」
「俺が代わりに行ってやるよ。なんて施設だよ」
「……い母園だ。紹介制でとある書き込みをすると返事が来る。その時に希望日とか日程を決めるんだ」
「希望日? 出来たらヒートのオメガを味わいたいんだけどな。あの時ばかりは清楚なオメガも淫乱なメスになるからな」
「ふふ、ヒート中のオメガだ」
「え? 希望日にヒートになるのか?」
「ああ、なんでもヒートをコントロール出来るらしくて、こっちの都合にある程度合わせてくれる」
「ヒートをコントロール?そんなことが出来るのか?」
「ああ。だからいつもヒートでアソコがぬれぬれのオメガを抱けるぜ。ある程度なら無茶な行為も許されるしな」
「へぇ、面白そうだな……おい、何見てる」
交換の終わった電灯を段ボールに詰め終わり、話している二人に近づいた。
「……交換が終わったので、こちらにサインを頂きたくて」
第三営業部のオフィスには今この二人しかいない。二人は舌打ちしながら面倒臭そうに印を押し、さっさと去れと手で追い払うような真似をした。交換完了用紙にきちんと印が押されているのを確認し、その場を去った。
仕事道具の入ったカートを押しながら、怜は先ほど聞こえていた話を考える。もし先ほどの話が外部に漏れ、社名に傷がつくようなら、早めに対処した方が良い。けれどこの時代、オメガを合法的に抱ける場所なんてあるだろうか。オメガはアルファを生む確立が高い為、国から手厚い保護を受ける。十数年前ならいざ知らず、現代のオメガは守られている。
一昔前はオメガはその性別がわかると、捨てられることが多く、ほとんどが孤児院で生活していた。ヒート事故で犯され、子どもが出来ても捨てられることが多かったから、同じことの繰り返しだったのだ。その為、国が力を入れてそのような事象が起こらないように、アルファやオメガに抑制剤の支給と服用を義務付け、望まぬ妊娠の場合は堕胎も行われた。番契約だけはどうしようも出来なかったので、アルファにはその責任を取るよう命令が出された。
各地に国直轄のオメガ専用孤児院が出来たのは、その所為だ。
オメガの育成機関として孤児院はしっかり管理されていて、就職先の斡旋だけではなく、孤児院を出てからの生活についてのフォローや、望めば大学進学も許される。オメガは昔義務教育のみで、進学することを許されなかった時代があった。安定した生活を送る為には、学歴も必要だとわかっているからだ。
だから今の時代、オメガを好き勝手にいたぶるような真似をすれば、人格を疑われるし社会的地位も失う。オメガが生活に困って性風俗へ落ちる場合もあるだろうが、ほとんどのオメガはそこに行き着く前に、行政へ駆け込む方が良いと知っている。
だからこそ、先ほど社員二人が話していた内容が気になった。
その時、ポケットの中のスマホが着信を知らせてきた。会社用ではなく、完全プライベートなやつだ。怜は歩いていた廊下の途中にある空き会議室にするりと入って長く鳴っている着信の相手を確認し、ため息をつく。それからおもむろに通話を押す。
「先輩、いま仕事中です」
『やあ、久しぶり。ちょっと話したいことがあるから、会わないかい?』
自分の話をちっとも聞かないこの相手は大学時代に世話になった先輩で、現在は系列の研究所に勤めている研究員でもある。
「……そうですね。俺も話したいことが出来ましたし、今日村田先輩の研究室に伺います」
村田がいきなり連絡してくることも、無理難題を押し付けてくることも、実は優しい人だということも知っているので怜は大抵村田の望みを受け入れていた。
『おや? 珍しいね。きみが私のお願いにすぐに頷くなんて』
「そんなにいうなら行きませんが!」
『いや、待ってるよ。じゃあね』
自分をからかって遊ぶような悪癖があるので、時々付き合いを止めようと思う時もある。通話が切れてもう一度嘆息すると、スマートフォンをポケットに戻す。それから眼鏡を掛け直し前髪で目を覆うようにもっさりさせるとカートを押して空き会議室を出たのだった。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
第二総務部は本社ビルの地下二階にある。そこにカートを押して戻り、忌々しいカツラを取り眼鏡を外して引き出しに突っ込むと、もっさりした作業着の上着を脱ぎ椅子の背に引っ掛けた。
デクスの椅子にどかりと座り込むと、苛立ちがいっそう酷くなる。一般社員が座る作業椅子がギシっと音を立てたからだ。
「第三営業部、クッソばっかだったろ?」
「ああ」
話しかけてきたのは、同じ第二総務部に勤務している、佐々木英知だ。ITに強い佐々木はこのオフィスの中を要塞化するとばかりに、高額な機器を祖父から買い与えられている。
それならば社内のIT企画課にでも入れば良かったろうが、一度入ったそこを追い出されているのだ。曰く、周りのレベルが低すぎて仕事にならないと。会社では和を乱す者を悪とするので、佐々木が部署を追われ、この第二総務部に異動になった。
明るい陽キャのように振る舞っているが、人付き合いが難しいと悩んでいる時もありなかなか難しい性格をしている。怜がこの第二総務部に配属になったことを最初は訝しんでいたが、社会経験を積めと言われていると言ったら、膝を叩いて喜んでいたのでよくわからない人物でもある。
「後日、調べて欲しいことがある」
「ん? 今でもいーぜぇ。帰っても暇だしな」
「いや、ちゃんと裏が取れたら依頼する」
「りょーかい。怜ちゃんは真面目ねえ」
「お先に失礼する」
「はーい」
ふらふらと手を振られて、コート掛けのジャケットを手に取るとオフィスを出た。節電とばかりに廊下は等間隔に電灯が抜かれていて薄暗かった。業者が使用するエレベーターを使って、地下の駐車場に降りる。
それから髪を掻き上げて、大きく深呼吸した。端の方に止めている真っ赤なポルシェに近づくとキーの解除音が小さく響いた。
背の低いそれに乗り込み、エンジンをかける。この車に乗り込んだ途端、怜は西田怜から、西園寺グループの後継者である西園寺怜となるのだ。
アクセルを踏み込み、約束した村田のいる研究所に急いだ。
到着した研究所は、真っ白い壁に囲まれ、その中に立つ三階建ての建物だった。地下にも研究施設があり、大学や国とも連携しさまざまな分野を研究している場所で、西園寺グループもその研究を支援している。駐車場に車を停めようと思っていたが、道路に村田が立っていた。
「先輩?」
窓を開けて問えば、ニコニコと微笑まれた。
「乗せてくれるかい?」
「……どうぞ」
助手席のドアを解錠すると、村田がするりと乗り込んできた。
「この辺りを一周してくれる?」
「わかりました」
これはかなり厄介な件かもしれないと、今になって怜は村田に相談しようと思ったことを後悔したが、もう引き返せない。研究所が見えなくなった頃、やっと村田が口を開いた。
「同僚がね、もしかしたら非合法な研究をしているかもしれない」
「は?」
「私と同じようにオメガのヒートについて、研究している人なんだけどね。それを完全にコントールするためにかなりの被験者が必要で、以前所長と色々あったんだよね」
「はあ」
研究者が自身の研究のために、上の者と意見の相違のために言い争う場合があることいくらい知っている。それを自分に伝えてくる意味がわからず、村田に対して疑問がうかんだ。
「この研究をする場合、どうしても被験者が必要なんだよ。彼はどこからかその被験者を与えられているようなんだ」
「被験者?」
「オメガ、だよ。それも一人や二人じゃない。年単位で複数の人数がいなければ出来ないことだ。それなのに、その統計が取れている。でも私がそれを指摘すると、研究の妨害と言われてしまうんだ」
似たような研究をしているからさらにその傾向は強くなる。研究者なんてバカか嫉妬に狂った狂信者だからね、と言い、村田はにこりと微笑む。
「どこでオメガを実験体にしているのか、わからないし、私が動くときっともっと隠れてしまう。それにね、西園寺グループが支援する研究所で倫理的に許されない研究が行われていると社会に知れたら、どうなると思う?」
「……それは看過できませんね」
「さすか、西園寺グループの次期後継者、話が早い。非道な行いをされているオメガがいないなら、それで良いんだ。私が研究成果が羨ましくて頼んだことにしてくれても良い。でも、もし……」
研究の為に犠牲になっているオメガが沢山いるのなら、助けてあげたい。
村田の言葉を聞き、これだからこの人は憎めないんだよなと思う。自分が大学時代、オメガの男女に追いかけ回されていた時、助けてくれたことからこの縁が始まった。
「先輩は、研究者に向いてませんね」
「おや? 西園寺は企業のトップにとても向いてるよ。あ、そこで下ろしてくれ。夜食を買いに来たかったんだ」
そう言って指示したのはコンビニの前だった。ちょうど駐車場もあったので、車を停める。
「なに? 西園寺もコンビニに行く?」
「いえ、俺は向こうのカフェでテイクアウトしてきます」
「そう? ならここで」
「え? 帰りも送っていきますよ」
「いや、結構だよ。少しは歩かなきゃね」
だったらなんで迎えに行かせたと思いつつ、言っても無駄なことを言わないのは、大学時代から学習しているからだ。
では、と礼をして目的のカフェに入る。夕方だからか、そこそこ人が入っていて賑わっていた。
村田が怜に連絡してきたのは、この研究所が西園寺グループの支援を受けているからだ。第二総務課は掃き溜め部署と言われているがその影で社内の不正を暴き、健全な業務を行うよう働きかける秘密の部署だった。トップは会長の祖父西園寺来であり、十人の社員で構成されている。どの人物も一癖あるが、それでも祖父の指示には従うもの達ばかりだ。
カフェのカウンターに向かう途中、ふわりと甘い香りが漂った。高校大学と嗅ぎなれた、不快なヒートの匂いだ。こんな人の集まる場所でオメガがヒートを起こそうとしていると、怜は緊急抑制剤を口に放り込み、その香りを追った。
「失礼、君たちはオメガか?」
声を掛ければ、顔を上げて視線を向けてきた相手は、まだ未成年に見えた。こんな子どもがヒートトラップを仕掛けるのか、と重い気持ちになる。
「あなた、本当に失礼ですね!」
答えたのはヒートの匂いのしない方だった。もう一人を庇うように、前に立ち塞がる。その相手を追い払い、後ろに隠れているオメガを引きずり出したい衝動に駆られる。緊急用の強い抑制剤を使っても、息が荒くなるのを止められなかった。
「初対面でいきなり第二性を聞くなんて、マナー違反です!」
まるで子どもを守る母親のように、茶色の髪をした色素の薄い少年が噛みついてくる。
「気に障ったなら謝る。ただ……そちらの少年、強い誘発剤を使っているように見える」
そう言った途端、ヒートの匂いのする少年は口許を押さえる。
「……え?」
立ち上がったオメガは、帰ると一言言った後、倒れ込んでしまう。咄嗟に支えて、持ち歩いている抑制剤を飲ませる。
「いいから、これを飲め。アルファ用の抑制剤だが、少しはマシになるはずだ」
自分だったら、見知らぬ赤の他人に差し出されたものを、素直に飲むとは思えない。それでも、このオメガには飲んで欲しかった。
「飲んでくれ。苦しんでいる姿なんて、見たくない……」
囁くとオメガの少年は抑制剤を飲んでくれた。苦しそうな表情は変わらず、一分一秒を争うようにお燃えた。
「……目を閉じていて良い。あとは心配するな」
体の力を抜いて、自分にその身を預けてくれる。それがこんなに心を揺さぶるとは思っていなかった。オメガなんて狡猾で計算高く面倒な存在の筈だ。このヒートだって、きっとなにかの罠である。
でも、腕の中で安心したように目を閉じた相手を見て、疑問が生じた。
薬品で作られた不快な匂いに混じって、爽やかで甘く、心そそる匂いを感じる。苦しげに呻く声を聞いて、我に返った。
「高嶺! お、お前、高嶺を離せ!」
「お前に運べるのか?」
「え、あ、あの……タクシーを呼んでよ!」
「車はある。……すまない、ここを片付けてくれないか。連れが体調を崩してしまった」
見守っていた店員がフロアに出てきたので、汚れたテーブルや床のことを頼む。腕の中のオメガの少年を抱え上げて、急いで店を出た。
「待って! 僕も一緒に行く!」
「……ついてこい」
もう一人のオメガは、親の仇みたいな視線で見てくるが気にならなかった。自分の意識はずっと腕の中のオメガの少年だけに注がれている。
駐車場に戻ると、ちょうどコンビニから出てきた村田を見つける。
「……え? 西園寺、きみも誘拐とかするんですね」
「しません!」
言うに事欠いて誘拐なんて誤解を呼ぶようなことを言われ、咄嗟に怒鳴ってしまった。
「え? これ、誘拐なの!? ちょ、高嶺を勝手に連れて行かせないぞ! 僕の父は佐藤建設の社長なんだから、高嶺に何かしたら絶対に報復してやる!」
「落ち着いて。この子、ヒートを起こしてるね。研究所の部屋で休ませた方がいい。車に乗せて急いで運ぼう。……なんていうか、様子がおかしい」
村田はオメガの少年の匂いを嗅いで、眉間に皺を寄せる。
「さ、きみも乗って。えっと、見知らぬオメガくん」
「……僕は、佐藤朝日です」
「そう、私は村田要。医師免許も持ってるから安心してください」
医師、と聞いて安心したのか、朝日と名乗った少年は心配げにヒートを起こしている少年を見つめていた。
「お医者さんなら、高嶺が月に一回ヒートがくる理由を見つけられる?」
「月に一回のヒート?」
そんな話聞いたことがない。けれどヒートを起こしているから早く運ばねばならない。なのに、腕の中から離すことが出来ずに、思考が固まってしまった。
「後部座席にオメガの子達を乗せて。西園寺、目を覚ませ」
「っ!」
村田にそう言われ、我に返る。後部座席にそっと腰掛けさせると、隣に乗り込んだ朝日がその体を支えてくれた。
「春が来た、かな?」
村田の言葉は聞こえないふりをする。今自分がどんな状況なのかすら、何もわからなかった。
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