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第11話
11.計画と制裁
11.計画と制裁
西園寺グループの本社、第二総務課には事情があり他の部署から異動してきた者が多い。殆どが特殊技能を持っていて、頭がよく、人付き合いが苦手なタイプだ。
佐々木もその一人で、IT企画課に在籍し、その類まれなる頭脳とセンスを持っていたが、その性格ゆえ部署内で軋轢を生み、結局佐々木が異動となった。
佐々木も最初の頃は不貞腐れていたが、第二総務課のトップは西園寺グループの会長であり、まるで秘密結社みたいな仕事内容に興奮したのを覚えている。
今回はその孫である怜が掴んだ不正の真偽を確かめるために、第二総務課は動いていた。佐々木もそのメンバーの一人である。
「オメガの不正売買ねえ。ビンゴじゃん、これ」
パソコンの前で指を鳴らした佐々木の元へ、怜が歩いていく。
「証拠が見つかったのか?」
「ん? そう。顧客名簿があった。かなり悪質で十数年に渡って、オメガの売買は行われてる。バッグには後ろ暗い奴らがいるなこれ」
聖母園にはすでに雇った外部の人間も一人潜入させている。そこからの報告も酷いものだった。園長や職員からの幼いオメガたちへの虐待は、公的機関の人間として許されない行動や言動ばかりだった。
きっちりそちらの証拠も残している。また定期的に素性のわからない者も出入りしていて、その人物の特定も進んでいる。
「俺の友人に、サイバー警備課のやつがいるから、やべー奴らはそっちには任せようぜ。一般人の俺らじゃ手に余るから。使えるツテ、何でも使っちまおうぜ。爺さんには話してっから。で、高嶺ちゃん、元気?」
「……元気だ」
いきなり話題が変わり、誤魔化すことも出来ず正直にそう答える。
「そっか。あー、暴れるなよ?」
「?」
佐々木がそう言って見せたのは、一瞬で怒りで我を忘れるようなものだった。ぐっと奥歯を噛み締め、目の前の画像を映すものを叩きわりそうになる。
「……消せ」
「わかってる。ただ、こいつらここにだけじゃなくて、他にも保存してるかもしれない。身ぐるみ剥がして全部吐き出させよう」
金の流れ、売買だけではなく、発情オメガレンタルというシステムまであり、そのレンタル方法から売買なども纏めて、全部資料として佐々木から渡された。中を少し確認しただけで気分が悪くなるほどだ。これを行っている奴は人の心を持っていない。
「特別ボーナス、期待しておけ」
「それより、内部調査してる奴が顧客名簿の一部を手に入れたでしょ。……うちの社員も何人か使ってるんですけどぉ」
「知ってる。公正に処分する」
以前就業ぎりぎりに電灯が切れたと連絡してきたもの達だ。西園寺グループの社員として、厳重に対処するつもりだ。
外部に委託した、かかりつけだという医師の調査も終わった。
国への報告と、同じタイミングで社員には最終通告を送るつもりだ。
あと少し、と考えるが、それでも高嶺が受けてきたであろう暴力を思うと怒りが湧く。
村田も自分も高嶺がどんな生活をしていたのか、詳しく聞いていない。それでも調べれば調べるだけ胸糞悪い事実が出てくる。こんな場所に高嶺がいたのだと思うと、それを行なった者達に死ぬほど後悔するような報復をしたくて堪らなくなる。
「……おい、西田。怖い顔になってんぞ」
「高嶺以外が相手ならこっちが地だ」
「そりゃそうだろうけど。あ、高嶺ちゃん」
佐々木に後ろを指差され、咄嗟に繕って振り向いてしまった。
「あっはっはっはっは! 騙されてやんの」
「佐々木さん、ボーナスはいらないってことで」
「わ、うそうそ。冗談じゃん」
「笑えない冗談は、冗談じゃないんですよ」
「わりわり。でさー、お前高嶺ちゃんに対して、ちょっと態度変じゃね?」
「……高嶺はアルファが怖い……苦手なんだ。それにアルファの匂いがわからない。だから、俺が運命とは、知らない」
「無意識でアレなわけ? ってか、高嶺ちゃん匂い、わかんねーの?」
「ああ、こいつらに壊された」
画面の中に写っている聖母園の園長の田辺とかかりつけ医である小田を睨みつける。どんな報復をしても足りないくらいだ。
「で、無意識にデレて溺愛しそうになって、それに気づいたらツンな態度を高嶺ちゃんに取ってるの?」
「……そんなに俺はわかりやすいですか?」
自分ではしっかり隠していたつもりだった。
「それはもう。おもしれーくらい」
「……高嶺には気づかれたくない」
「高嶺ちゃんも鈍そうだしねえ」
「訂正しろ。高嶺は鈍くない。純粋なだけだ」
「ちょっとこの厄介なポンコツアルファ、誰か連れて帰って! わ、その手はなんだ! また顔を鷲づかみするつもりか、やめろ! わかった。わかったから。って……電話じゃね?」
音は消しているがバイブが動き、その振動に気づいた佐々木が指摘してくる。舌打ちしてスマートフォンの画面を見れば、忌々しい相手からの電話だった。
出ない、という選択肢はない。なぜならば、今ここは職場で、電話の相手はいわゆる上司にあたるからだ。
「はい、西田です」
『怜、わしからの電話だとわかっていて、その応対か?』
「もちろん」
『ふははっ、まあいい。そろそろ会わせんか。見つかったんだろう』
主語のない言葉でも、祖父がなにをどうしろと言っているのか理解して即座に却下する。
「誰が見せるか、クソジジイ」
『はっはっはっはっは――っ』
耳元で軽快な笑い声が聞こえてきて、思わず通話を切ってしまう。
先程までの緊張した雰囲気が霧散してしまった。
「クソっ」
「お前でも爺さん相手じゃ、そんな風になるんだな」
「煩い」
スマートフォンをポケットに戻す前に、高嶺からメッセージが来ていないか確認しておく。
「聖母園から卒園したオメガたちの行き先を調べたんだけど、申請された場所にはどこにもいねーんだよな。多分、売買されたんだろうけど、どこにいるのかねえ」
「……あの日、聖母園の駐車場に停まっていた車」
「ナンバー覚えてる?」
「ああ、…………だ。おい、今どこに入った?」
とても口には出せない公的機関のロゴが見えたような気がした。
「へへ、秘密の入り口作っといたんだ」
「……へまするなよ」
「ナンバーから持ち主を確認して、そいつを調べてみたら、ちょっとやべー相手かもよ」
「誰だ」
「黒龍会の幹部。簡単にいうとわるーいことする集団。別名ヤクザ」
「反社会的組織だろ。それくらい知ってる」
「流石。で、多分、ここに売られてる子と、実験台になってる子がいる」
「実験台?」
「人数が合わないんだよね。それから、聖母園にかかりつけ医の小田っていう医師いたじゃん。そいつに流れてんじゃないかな。あと、聖母園の中でなんかやってるんじゃねーかな?」
「聖母園の、なかで?」
「そ。卒園した子たちだけじゃなくて、幼い頃から実験台にされている可能性は高い。高嶺ちゃんを保護するって言った時も事情があるって言ってたし。それに外したネックガード、あれ国の支給したやつ改造した物だったぞ。あいつら国にはアルファと番になったと虚偽の申請を出して、その実オメガたちを誰かに売ってたんだ。金のために、人間を人間が売ったんだぞ」
聖母園の園長である田辺の周辺も調べた。園では質素な装いをしていたが、内情は豪華な別荘を持ち、海外旅行に行き、ブランドものを買い漁り、週に一度はエステや三つ星レストランで食事をしていた。
一緒に働く職員たちも、程度は違うが本来の自分の給与以上の生活をしていた。
データを睨みつけながら、佐々木が悪態をつく。
「こいつらみんな、金のため良心を悪魔に売っちまったのかねえ。国によるオメガ専用施設での売春と売買なんて、クソみてーなことやるなんて」
オメガはその性ゆえに、底辺に落ちやすい。そして自力で這い上がることも難しい。だからこそ、国を挙げて保護をしているはずなのに、ここにいるオメガ達はその国に裏切られていたのだ。
「このかかりつけ医の小田ってやつの研究はオメガのヒートコントロールだ。初めは恋人のためにやっていたらしいが、そのオメガの恋人がヒートトラップでアルファと番ってから様子がおかしくなったらしい。ヒートコントロールの研究にのめり込み、その研究資金が足りず、聖母園の園長と組んで年若いオメガを利用して人体実験してるんじゃないかってのが、俺の予想。ってか、きっとそう」
ヒートが始まる前の子どもたちを使っての研究でしか出ないような研究発表をしている。またヒートが始まった十代後半のオメガたちを使って、発情オメガのセックス販売と気に入ったオメガの身柄を高額な金額で売買しているのだ。
それはまた反社会的組織と、小田の研究資金になったのだろう。
「最初はオメガのための研究だろうに、……腐ってやがるな。どこで聖母園の園長と知り合ったかはわからないが、聖母園を養豚場みたいに使ったことは許しがたい」
「制裁は……罰は必ず、受けさせる。絶対にだ」
自分自身に誓うように宣言すれば、佐々木が挑戦的な笑みを口元に浮かべた。
「あー、お手柔らか、にしなくてよさそうだな。やっちまえ」
「ああ」
これまで確認出来たデータを見つめながら、怜は爪のあとが付くほど拳を握りしめたのだった。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
怜が帰ってきた! 玄関の鍵が開く小さな音を聞き逃さないようになったのは、怜が帰ってくることが嬉しいからだ。
一緒に暮らすようになって一ヶ月以上経っていた。二人の間に生活リズムが出来はじめていて、それがなんだか嬉しくてたまらない。リビングを出ると走って玄関に向かう。
内鍵をかけていた怜の前に立つ。
「怜、おかえり!」
この言葉を言うだけで、幸せが膨れ上がる。聖母園でも一応口にしていた言葉だったはずなのに、怜にかける言葉だと思うと違うように感じた。
だからオレは元気いっぱいに、「おかえり」と怜に言うのだ。朝日のおかげでオレと怜の関係がどんなものかわかったが、それでも怜が優しいことは間違いない。もしかして世間では「セフレ」と呼ばれるような関係だと、怜は気づいていないのかもしれない。
その言葉を聞いて、驚いたように身動きもしなかった怜の手から鞄が落ちて、オレの視線はそっちに移る。落ちたよと言うつもりが、あっという間に怜に抱きしめられていた。
「ただいま」
一瞬だけぎゅっと抱きしめてきた腕は優しくて、オレも思わず抱きついく。
「……外、寒かった? なんか服についた匂いに冬みたいな味わいがする」
「冬みたいな味わい?」
「うん。冷たくて澄んでる空気みたいな……そんな匂いがする」
「嫌いか?」
「まさか!」
「好きなのか」
「まあね。なあ、腹減った。早く着替えてこいよ。用意してるから」
怜の腕の中から離れて、床に落ちた鞄を取ると怜に渡す。
受け取った怜は、オレの言葉が引っかかったように問い掛けてくる。
「腹減った? 連絡したように夕飯は食べたか?」
「食べてない」
「……なんだと?」
空気がピリッとする。これは怜がオレを心配してくれているからだと、今は知っていた。メッセージが来て、今日は少し遅くなるから、先に夕飯を食べているようにと書かれていたが、家政婦の三田はとっくに帰っていたし、一人で食べても味気ないし食欲もない。
だから夕食は怜を待とうと思って、先に風呂に入り光博からもらった図案を眺めたり、紙に描いて練習したりしていた。どんなデザインにして、どんな色を乗せと考えているとあっと言うまに時間が過ぎたように思う。でも、今日は一つ特別なものがある。
ダイニングテーブルの上には、ピカピカのカップが二客置かれている。
でもまだ帰ってこない怜を待って、壁にかかっている時計の針を見るたびにため息が出ていた。
「怜と一緒に食べたくて。……ごめん」
愁傷な態度で視線を落とせば、怜は面白いくらい慌ててくる。
「あ、謝らなくて良い! そうか、俺と一緒に食べたかったんだな。遅くなってすまない。すぐ夕食にしよう」
「うん。準備するから、着替えてきて」
「わかった。すぐに降りてくる」
怜はオレに言われた通りに二階に上がる。オレはそれを見送ってキッチンに入って、家政婦の三田が作った夕食を温める。
怜の家の家政婦の三田と過ごす時間も長くなり、オレは料理を習い始めた。いつか手料理を作り、怜を驚かす予定だ。でも今は三田の指示に従って野菜を洗ったりゆで卵を剥いたりしている。
今日のポテトサラダに入っている卵は、オレが茹でて殻を剥き、乱切りにしたものだった。
「手伝う」
冷蔵庫に入れていたものを取り出していると、怜が後ろから声をかけてくる。手に持っていた皿は取られて、テーブルに並べられる。
「⋯⋯高嶺、これは?」
テーブルの上には見慣れないマグカップが二つ並んでいた。
それは怜にプレゼントするものだった。やっと焼き上がって光博が持ってきてくれたものだ。
三田がいる間は家に来ても良いということになったらしい。
いくつか見せられて、光博が販売してくれるという。その内の二客を選んで、譲って貰ったのだ。
きちんと洗ってダイニングテーブルの上に出しているが、本当はラッピングなんかしたかった。でも考えたら必要なものは怜が買ってくるので、自分では全く現金を持っていなかった。不便がなかったから気づかなかったし、学校や研究所へは送り迎えがあるので、寄り道は出来なかった。
怜はテーブルの上に皿を置き、今度はそのカップを手に取る。
ヒヤシンスブルーに上半分を染め、その中に白い花弁で先端がピンク色に染まった小花が散らされているカップだ。下半分は陶器そのままの色を使って素朴さを出している。
「これは?」
「えっと、怜にプレゼントなんだ。オレが作ったカップ。ほら、もう一つあって、その……」
「お揃いだな」
「うん! そう!」
自分が作ったカップで怜と同じものを飲む。なんだか家族みたいで嬉しくなってしまう。
「どっちが高嶺ので、どっちが俺のだ?」
「えっと、怜はこっちのヒヤシンスブルーの方。ほら、同じ色のセーター着てただろ? 好きな色なのかな、と思って」
煙るようなヒヤシンスブルーのセーターは、怜にとても似合っていた。だから自分の分はもっと薄い水色にした。
デザインは同じで色彩だけ少し変えたのだが、どちらも自分好みに出来たと思う。他の作品は光博に渡したが、この二つだけは手元に残したかった。
「ああ、好きな、色だ」
手に取ったマグカップを色んな角度から眺めていた。その表情は柔らかく微笑んでいて、本当に喜んでくれているとわかる。
「高嶺が俺に作ってくれたのか」
「う、うん。あの、あのさ、オレ……ずっとあそこにいるのが嫌だった。ずっとあそこから逃げ出したいって思ってた。その為なら、死んでもいいかなって……考えてたんだ。でも、怜に助けられて、ここに連れてきてくれて、オレを……助けてくれてありがとう」
言った途端、抱きしめられる。ぎゅうっと抱きしめられて、一瞬だけ苦しくなる。でも全然嫌じゃない。怜に抱きしめられることは、嫌じゃなかった。いい匂いがして、優しくて、言葉に出来ないほどの感謝の気持ちと、もう一つ口に出来ない感情が浮かぶ。それを言ってしまわないように口を閉じた。
「高嶺、助けるのが遅くなってすまない。もう絶対に……ない」
「え、なに?」
「……なんでもない。やりたいこと、欲しいもの、なんでも言え。全部叶えてやる」
「……ばーか、そんなこと言ってると、オレに一生付き纏われるぞ!」
「ああ、構わない」
「ばーか!」
目の奥がチクチク痛んで仕方ない。でも今は抱きしめられているから顔は見えないので、そのままにする。
「一生じゃなくてもいい。永遠で良いぞ」
「……怜には、きっと、運命がいる。だからそれまでで良い……」
怜は本当に優しい。オメガのオレの気持ちを大切にしてくれるアルファなんて、怜が初めてだ。
「高嶺、俺はお前に嘘はつかない。だからさっきのも嘘じゃない」
「……うん」
知ってる。怜は嘘をつかない。でも、こんなに甘えたらもう自分で立ち上がることが出来なくなるかもしれない。
怜がいなくなったら、生きていけなくなるかもしれない。それがとても怖い。死ぬのなんて怖くなかった。この苦しみが終わると思っていたから、無意識に望んでいたくらいだ。
抱きついている怜の胸に額を押しつける。
月に一回あったヒートも今は点滴で抑えいて、学校にもちゃんと通えている。朝日と一緒にお弁当を食べるのも楽しい。送り迎えは申し訳ないと思うけれど、怜が来てくれるのはすごく嬉しかった。
学校も楽しい。幸せというのはこんな日々のことを言うのかもしれない。
でも、なぜか不穏な気配がした。
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