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第2話「美しい刃」

先日の討論番組はSNSでかなり話題になったらしい。評判の大部分は相沢に関するものだったが、湊の『場の空気を変えた、素直で飾らない言葉』も一部からかなり好評だったようだ。 そして相沢との再会は、思っていたより早く訪れた。 前回は大人数での討論だったが、今日収録されるのは三人だけで意見を交わし合う形式のものだ。 湊、相沢、そしてもうひとり。 --- 「君が湊か」 収録前の廊下、マネージャーが事務所へ連絡を入れるために離れてすぐ、背後から名前を呼ばれた。 聞き慣れない声だった。 振り返った湊は、そこにいた人物を見て息を飲んだ。 美しい、中性的な顔立ち。一瞬、男か女か迷うほどに。日焼けしないよう徹底的に管理されてきたであろう色白の肌。暗めの茶髪は廊下の照明を受け、艶を帯びている。 「……凛さん、ですよね」 湊がその名前を呼ぶと、目の前の人物は満足そうに目を細めた。 春宮凛(はるみや・りん)。評論家であり、化粧品やカラコン等の美容関連プロデュースも手掛ける25歳。見た目は一瞬わかりにくいが、男だ。 彼が出る討論番組は毎回荒れることで知られている。それでもオファーが途切れないのは、女性からの圧倒的な人気と話題性——業界的に言えば『数字を持っている』からだとマネージャーから聞いていた。 「僕のこと知ってるんだな、まあ当然か。そう言えば君が出てた討論番組、観たよ」 「あ……ありがとうございます」 同性ながら、凛の美しさに圧倒されている湊に、凛が数歩近付く。 「相沢と一緒だと、安心するだろ」 「え?」 予想外の名前が出てきて驚く湊に、凛はさらに距離を詰めた。 あと少しで唇が触れ合いそうな近さ。かすかな甘い香り。胸の奥がざわめき、熱くなる。感じたことのない、不思議な感情だった。 逃げなければ、と思う。しかし身体が動かない。 「守ってもらえるもんな、この前みたいに」 まるで愛の告白のような口調で、凛は湊の耳元にそう囁いた。 心を見透かされた恥ずかしさで、足元から崩れそうになる。 言葉が出ない湊の頬に凛の手が触れかけた時、背後から足音が聞こえた。 「相沢」 急に低くなる、凛の声。前回とは違う色のスーツを着た相沢を、湊越しに睨んでいる。 「凛さん、湊さんが怖がっています」 「へえ、ここでも守られてるのか。お姫様は楽でいいな」 皮肉を込めた調子でそう言うと、凛はこちらに背を向けて去っていった。 「……湊さん、今から少しお時間いただけますか」 緊張が一気に解けて身体が揺れた湊を優しく支えながら、相沢がそう問いかけてきた。 --- 収録スタジオの中心に置かれた、白い四角形のテーブル。 端から凛、湊、相沢の並びで、三人がテーブルを囲む。 いよいよ討論が始まった。 「SNSにおける暴力とは、誹謗中傷だけではありません。弱みに付け込んだ脅迫、尊厳を傷付けるような画像や動画の拡散、学生によく見られる『ネットいじめ』もこれに該当します」 相沢が今回のテーマを説明すると、凛は口の片端を上げた。 「恥ずかしい写真をネタに脅してる連中、いじめどころか犯罪だろ。年齢関係なく全員逮捕しとけよ」 相沢が視線で咎めるが、凛はお構いなしだ。 「……まあ、脅迫のネタといえば。誰にでも他人には知られたくない隠し事のひとつやふたつくらいはあるよな。そう思わないか? 湊くん」 一瞬、身体中から血の気が引いた。 まさか、凛は湊について何か知っているのか。何を、どこまで。 「テーマからの逸脱はお控えください」 硬く、事務的な声。相沢が厳しい表情で凛を見据えた。 「ふーん……あっそ」 一旦引いたように見えたが、凛の顔に薄く笑みが浮かんだ。むしろ何かに気付いたような。嫌な予感が大きくなる。 「じゃあ、SNSにおける暴力ってどうしたら完全に無くせると思う?」 明らかに湊だけを狙っている。逃げられない形で答えを求めてくる。 凛が湊の『隠し事』を掴んでいるかもしれないという不安が、じわじわと湊を追い詰めていく。 「しかしここ数年、小中学生のSNS利用率は急激に……」 言葉に詰まる湊を見て、相沢が再び間に入った。凛の目が鋭くなる。 「いちいち口を挟むな、黙ってろ」 静まり返るスタジオ。 収録前、凛が去った後に相沢は自らの控え室に湊を招き、凛のことを詳しく説明してくれた。 かなり攻撃的な討論スタイルで、一度目を付けた相手はとことん追い込む。今回は湊がターゲットになる可能性が高い。 相沢はできる限り、さりげなく湊をサポートすると告げた。 相沢の提案を受け入れるかどうか迷ったが、収録前から凛に翻弄され続けた湊は、結局頼ることを選んでしまった。 沈黙した相沢が、湊に視線を向ける。 『後は任せる』と、その目は確かに語っていた。 「共演者に助けてもらわないと何も言えないのか。情けない奴だな」 凛の美しい顔に浮かぶ嘲笑と侮蔑が、湊の胸に突き刺さる。 「ここは意見を持ってる人間が来る場所だろ。戦えないなら帰れ」 悔しいが、その通りだった。 いつまでも甘えてはいられない。一発逆転は無理でも、自分なりの答えを示さなければならない。 「……俺なりに考えたんですけど、SNSの暴力を完全に無くすことは、何をどうやっても無理だと思います」 「何だ、お手上げってことか」 「無くせないなら、被害に遭った人達へのケアが必要です。悩んでいても誰に相談すればいいかわからない、そういう人のために安心して相談できる場所を用意することが、まず重要だと思います」 凛は黙って聞いている。相沢も、心配そうに見守っていた。 「特に子供の頃に受けた心の傷って……大人になってもずっと残ると思うから」 その瞬間、凛の様子が変わった。 表情が硬くなり、今まで見せていた余裕がわずかに崩れる。 「ケアね……要するに、無くせないならその後をどうにかする、と」 「そういうことです」 「……なるほど、了解」 椅子に深く腰掛けた凛は、それだけ言うと高い天井を見上げた。 「逆に、凛さんはどう考えていますか」 「よく悪用されるSNSのシステムを大幅に見直す必要がある。それでも暴力の芽を絶やすことはできないが、何もしないよりはマシだ」 二人の意見が出揃ったところで、黙っていた相沢が口を開いた。 「湊さんの意見の補足になりますが、現代社会はストレスを感じやすい一方で、『相談できる場所』にアクセスしにくい状況があります。心療内科も初診まで数ヶ月待ち、受け入れを制限しているケースも増えています」 腕組みをした凛が、真剣に聞いている。 「その結果、本来なら誰かに話せたはずの問題を、一人で抱え込む人が増えている。人は孤立すると苦しさを整理できなくなり、それが他者への攻撃という形で現れることもあります」 相沢は一度言葉を区切り、静かに続けた。 「重要なのは、『孤立させない仕組み』です。専門機関に繋がる前の段階で、誰かが受け止められる環境を作る。学校でも、家庭でも、匿名でも構いません。小さな接点を複数用意することで、完全な孤立を防ぐことができる。その積み重ねが、暴力の連鎖を減らすことに繋がるはずです」 SNSにおける暴力は、ここの討論だけで解決できる問題ではない。それでも、放置していい問題でもない。 完全に防ぐことはできなくても、減らすことはできる。 加害者の中には、かつて救われなかった被害者がいるかもしれないのだから。 「……確かに今、優先的に取り組まなくてはいけないのは、そこだな」 凛は納得したように呟いた。 そこで、議論は一区切りとなった。 --- 収録が終わり、テレビ局の廊下を相沢と並んで歩く。 前回とは違い、正体不明の敵意に翻弄され、ペースを崩された。 初対面のはずの凛が、なぜあそこまでこちらを狙ってきたのか。もう関わりたくないと思う反面、湊が『子供の頃に受けた心の傷』の話をした途端に動揺を見せた凛が、ずっと気になっていた。 あの言葉が、凛の奥にある何かを抉った。しかも多分、深く。 「凛さんは、あなたに正解を求めていたわけではなく、難しい問いにどう対応するかを見たかったのだと思います」 「趣味が悪い……」 「そういう人です」 凛をすでに把握している相沢は、迷いなく言い切った。 「相沢さんは、どうして俺をこんなに気にかけてくれるんですか?」 湊が問うと、相沢は静かに足を止めた。眼鏡の中心を中指で押し上げてから、口を開く。 「……自分でも、上手く説明できません。が、何故かあなたを放っておけない」 「相沢さん……」 「すみません、困らせていますね」 「そんなことないです」 凛から言われた通り、相沢が一緒だと安心する。 ただ、凛のことがまた頭を離れない。初めて向き合った時の衝撃。至近距離まで迫られた時の、胸のざわめきと痺れるような熱い感覚。 そして、攻撃的な一面の奥に隠された危うさ。それが凛の本質ではないかと、湊は密かに感じていた。 一瞬だけ見せた、あの揺らぎ。 もう一度確かめたかった。

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