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第3話「孤立の輪郭」

歌番組の収録が終わった湊は、控え室に戻るとテレビをつけた。 今日は朝から雑誌の取材が二本、事務所の公式動画チャンネルの撮影、そして先ほどの歌番組の収録。気づけばもう二十二時を過ぎていた。 明日は朝からグラビア撮影が控えている。メイクを落として早く帰ろう。 テレビをつけたまま、ぼんやりとメイク落としシートに手を伸ばした、その時だった。 『人は見た目ではない、と昔からよく言われているが、僕はそうは思わない。初対面の時、まず相手のどこを見て判断する?』 凛だった。 湊や相沢は出ていない、別の討論番組だ。画面の右上には『ルッキズムに支配される若者たち』というテロップが表示されている。 『それは……まず見た目の雰囲気とか、挨拶の仕方とか』 数人の出演者の中にいる女子学生が戸惑いながら答えると、凛が続ける。 『いくら挨拶が印象良くても、服装がだらしなかったり髪がボサボサだったら、それでもその相手と仲良くなりたいと思うか?』 『……思わないです』 『凛さんの意見、極端すぎません? 外見が全てで、内面はどうでもいいみたいな言い方じゃないですか』 隣のコメンテーターが反論すると、凛はあきれたようにため息をついた。 『僕は内面はどうでもいいなんて言ってない。自分を変えたいなら、まず外見を整えた方が早い。結果が目に見えてわかりやすいからだ。外見に自信が持てれば自然に背筋が伸びて、内面はそこから変わっていく』 余裕のある表情で言い放つ凛に、共演者達が沈黙した。 湊は画面を見ながら、初めて凛と会った時のことを思い出した。アイドルという職業柄、数多くの芸能人と仕事をしてきたが、それでも視線を逸らすタイミングを失うほどの美しさだった。 外見が全てとは思わない。ただ、もし凛がこれほどの美形でなかったら、同じ言葉を言っても説得力は半分以下だったかもしれない。 『いくら性格が良くても、自信なさそうに俯いている奴に、誰が興味を持つんだ?』 湊は、メイクを落とすのも忘れて画面を見入っていた。 --- 普段は通販で本を買うことが多いが、今日は久しぶりに書店に立ち寄れた。 仕事の合間なので、いられるのは三十分ほどだ。 「えっと……あ、あった」 新刊コーナーに積まれている一冊を手に取る。 『孤立の構造 人はなぜ、誰にも相談できなくなるのか』 著者、相沢啓介(あいざわ・けいすけ)。 「これが、相沢さんが書いた本……」 絵も写真もないシンプルな表紙に、タイトルと著者名だけが記されている。 相沢をネットで検索していた時に、ちょうど新刊が出ることを知っていた。タイトルを見た限り、先日の討論番組のテーマとも近い内容で興味があった。 目次をめくると、『孤立は状態ではなく過程である』『相談できる人/できない人の違い』といった、あの収録での相沢を思い出すようなタイトルが並んでいる。 中を少し読んでみると、想像していたより堅苦しくない文章だった。 『孤立が攻撃性に変わるとき』というタイトルも目に入る。先日の討論で、相沢が少し触れていた内容だ。 頭に、凛のことが浮かんだ。 湊が『子供の頃に受けた心の傷』と言った瞬間、凛の様子が明らかに変わった。何かを抉ったのだと思う。しかも、深く。 凛の子供時代に何があったかはわからない。ただ、親との関係が良くなかったとしたら。それが『孤立』に繋がっているとしたら。 仕事での付き合いは多いはずなのに、凛にはどこか、他の人間とは別の場所にいるような印象があった。プライベートを共にするような関係が、あまり想像できない。 次の仕事まで時間がないことに気づき、湊は急いでレジに向かった。 --- 仕事の合間、移動時間、休憩中。 毎日少しずつ、湊は相沢の本を読み進めていく。 ある夜、ベッドの中でこんな一文を読んだ。 『他者との距離を極端に縮める、あるいは意図的に踏み越える行為は、支配や優位性の誇示ではない。それはむしろ、「自分が傷つく前に主導権を握ろうとする防衛反応」である』 凛と初めて会った時のことが、また頭に浮かんだ。 さらに続きを読む。 『彼らは無意識のうちに、関係が深まる"直前"を察知する。そしてその瞬間、相手の最も脆い部分に触れようとするか、あるいは突き放す。それは試しているのではない。「ここまで踏み込めば、相手は離れるだろう」という確信に基づいた行動である』 初対面での、あの異常な距離の詰め方。 湊の弱い部分を揺さぶるような囁き。 討論中の、執拗な追い込み。 今まで出会ってきた誰とも違う。凛は、明らかに異質だった。 もし凛が、相沢の本に書かれているような人間だとしたら——凛は、もうすでに何かを抱えていることになる。 ——『関係が深まる"直前"を察知する』 気になる部分を、もう一度読み返す。 もしあの時相沢が来なかったら。頬に触れられていたら。もっときわどいことをされていたら。 凛のことを考えていると、妙に意識してしまう。 考えとは別のところで、感覚だけが先に動いている気がした。 スタジオの廊下で、人には言えないようなことが起こるはずもないのに。 「あ……何で俺、そんなこと考えてんだよ……」 ごまかすように、頭まで布団を被る。 目を閉じても、しばらく眠れそうになかった。

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