9 / 59
09. 不機嫌な騎士
フレアは苛立っていた。
配属が変わり、街の見回りから王宮の警備に移された。どちらにせよ、騎士としては役職が下の仕事だった。
そんな事は気にしていない。
上の都合で勝手に配属を変えられるのは、振り回されているようで嫌だった。
フレアは騎士の仲間と上手くやれていなかった。
上官へのご機嫌取りも、同期との馴れ合いも面倒だった。
フレアは出世に興味がなかった。
そもそも騎士になること自体が不本意だった。
両親の見栄のために半ば強制的に騎士にさせられた。
おかしなものだ。その両親とやらはもういないのに。
離婚をして、ふたりとも出ていった。
フレアだけが家に取り残された。
フレアは惰性的に騎士を続けていた。
街の見回りはそれなりに息抜きができたが、王宮の警備はひたすらに退屈だった。
静まりかえった広い廊下を歩くだけの仕事。たまにすれ違う大臣たちに恭しく礼をするくらいしかやることがない。
王宮の警備などあってもなくても大して変わらない。
ガシュウはどうしているだろうか。
退屈なフレアの思考は、自然とガシュウへ流れた。
突然の配属変更だった。
ガシュウに事情を説明できていない。
フレアが家路につく頃には時刻はもう遅い。何度かいつもの路地裏所を訪れてはみたが、そこにガシュウがいたことはなかった。
もう、ひと月は会えていない。
早くガシュウに会いたい。
会って、話して、また触れたい。
……まったく何を考えているんだか。
フレアは頭をふった。
こんな気持ちになるなんて、馬鹿げている。
自分の感情を否定しながらも、ガシュウの事を考えると口元は自然と緩む。
その時。
「この裏切り者!」
怒声がフレアの耳に飛び込んだ。物音が飛び交い、言い争いが続いている。
フレアは瞬時に声の方へ駆けた。
声の発生源はどこぞの官僚の部屋だった。重厚な扉を無遠慮に蹴り開けた。
宮廷官僚が複数の男たちにに襲われている。
「助けてくれ!」
官僚は頭から血を流し、羽交い締めにされていた。襲っている男たちはフレアに刃物を向けた。
「ただの警備兵か、そいつは殺せ」
王宮は広く、特にこの部屋は奥まった静かな場所だ。騒ぎに気づいているのは自分だけか。応援を呼びに行く隙はない。
フレアは弱くはない。しかしこの人数を素手で相手にできるほど優秀でもなかった。己の命を落とすつもりは毛頭にない。
フレアは腰に掛けている剣鞘から、真剣を抜いた。
事情聴取が行われた。
官僚を襲った奴らは、秘書だった男とその部下たちらしい。奴らはスパイで、長年にわたり王宮に仕えて信頼を築いていた。
それが明るみに出て、暴力沙汰になったとか。
なにがどうバレたのか、どこのスパイなのか。
詳しいことは聞かされなかった。
官僚を護り、国家機密を護ったということで今度表彰されるらしい。
興味のないことだった。
――四人殺した。
実行犯の一人が生き残った。
その男から事情聴取が行われているそうだ。他の奴らは自分が殺した。
手加減は出来なかった。命が掛かっていた。
フレアも無傷ではすまなかった。治療室で処置を受けた。 幸い、深刻な傷はなかった。
それでも、受けた傷は痛んだ。
事情聴取は簡潔に終わった。
ただの警備兵が職務を全うしただけだ。解放され、すぐに帰り支度をした。血に染った制服を早く脱ぎたかった。
更衣室のシャワーで汚れを流し、身軽な私服に着替えて王宮を出た。
外はもう暗く、人通りもまばらだ。
フレアは苛立っていた。
人を殺した興奮と、後味の悪さが体中を支配していた。
黒い靄が腹の奥で渦巻いている。
行き場のない熱情が苦しい。フレアは歓楽街へ向かった。何かを発散しなければ壊れてしまいそうだった。
歓楽街の路地裏を通りすぎようとした時だ。
「お兄さん。一晩どうですか?」
男が声をかけてきた。
歓楽街で男が男に声をかけてくるのは、この辺りがそういう場所だからだ。
フレアは女に興味がなかった。
「ちょっとね。お話だけでもどうですか。お兄さん」
道端で声をかけてくるような胡散くさい男に、構う気はなかった。
だが、その声に聞き覚えがあり、足を止めた。
フレアは振り返り、男の方を見た。
ボロボロの黒のローブ。深くフードをかぶって顔をよく見えない。
まさか。いや、そんなはずはない。
「おまえ」
男のフードを掴むと乱暴に脱がした。中から現れたその顔は。
飛び込んできたのは真っ白い髪。
それから、こけた頬。
白目が広いギョロリとした小さな瞳。
今一番会いたかった男。
こんな場所では絶対に会いたくなかった。
「あれ? あなた様はあたしをご存じなんでしょうか?」
ガシュウはキョトンとした顔でフレアを見上げていた。
相変わらず間が抜けている。
「わからないか? 俺だ。フレアだ」
「えっ……」
ガシュウは大きな目をさらに見開いて、フレアの顔をまじまじと覗き込んだ。急に青ざめて、踵を返し逃げ出した。
反射的にガシュウの腕を掴んだ。無理やり振り返らせる。逃がさないように両肩に手を当て向き合った。
ガシュウはバツが悪そうに下を向いている。
沈黙と、気まずい空気が流れる。
「……久しぶりだな」
フレアは場違いな再会の言葉を口にした。
ガシュウの肩が小さく揺れる。
「……これは、騎士さま。制服姿でしかお会いしたことなかったですから。その。気がつかなくて。それにね、また会えるなんて思ってなくて、ちょっとね、びっくりしちゃいました。心の準備がね、出来ていなくて。あ、いや、そうじゃなくて。……私服も素敵ですね。へへへ」
ガシュウはフレアから視線をそらし、所在なく指を絡めている。
「こんなところで何をしているんだ」
「その。あの。ちょっと商売を……」
「商売? 俺を誘ってどうするつもりだった」
「いいえ。騎士さまだと分かっていたら、お声がけしませんでした。そんなね……おこがましい」
「この場所で男に声をかける意味をわかっているのか? 俺じゃなかったら、知らない男についていったのか?」
「……あの……いえ……」
「こんなこと、いつもやっているのか?」
肩を掴んだ指に力が入った。そんなはずはない。否定の言葉を期待した。
しかしガシュウは小さな声で「いえ…」と言葉を濁すだけだった。
それだけで、肯定しているみたいだ。
腹の底が熱い。怒りが湧いてくる。
今日は殺しをやらされて胸くそが悪いのに、それを越える最悪な出来事だ。
――裏切られた。
好意を寄せていた。
好意を自覚していた。
他人と距離を取って、生きてきた。
なぜ、心を許してしまったのか。
父も母も俺を愛さなかった。
愛は返ってこないと知っていたのに。
裏切られた気持ちがおさまらない。
殺しの興奮がおさまらない。
おまえは金のためにそういうことをする人間だった。
愛する筋合いはない。
身体が嫌な興奮に支配された。
もうどうなってもよかった。
ガシュウの腕を掴むと、強引に歩き始めた。
ともだちにシェアしよう!

