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14.繋がれた契約

フレアがシャワー室から出ると、ガシュウはローブを羽織り、ベッドの上で膝を曲げて座り込んでいた。  もう泣いていないことに、安堵した。    ガシュウの泣き腫らした目は赤い。  そっと視線を外した。  フレアが戻ったことに気がついたガシュウは、顔を上げた。 「……騎士さま。ガシュウはぜんぜん、ダメだったでしょう。申し訳ないと、思っているんです」  いつもの調子の明るい口調に、フレアの動きは止まる。  目を細め、ガシュウを見つめる。 「ぜんぜん至らないところ、おありだったでしょう? 騎士さまにね、全部やらせてしまって、ガシュウは悪いと思っているんです」  落ち着いた声だ。 「でもね、セックスのこと、あたし少し分かりましてね。やり方ってものを、掴みました。これでね、商売も続けられる。商売繁盛です」  言葉がうまく頭に入ってこない。 「お礼に、あたしがお金を払わなきゃいけませんね。授業料ってやつですか。あっ、お金。ちょうど持っているんです。いつもは持っていないんですよ。昨日の夜、騎士さまからもらったお金です。ささ、どうぞどうぞ。ほんのお礼です、受け取ってください」  ガシュウが懐からお札を取り出すと、両手で差し出してきた。  その手は小刻みに震えている。 「……商売繁盛、だ?」  ガシュウは札束を口元に持っていきギュウッと身を縮めた。  ガシュウのすること全てに苛々してしまう。 「稼ぐのか、これからも、このやり方で、金を。明日は別の誰かと同じ事をする?」 「え? ええ、そうです。もちろん!」  得意げだ。震えているくせに。 「これも騎士さまのおかげです。あたしはなんでも不器用でして、何をやってもうまくいかない。仕事をもらってはクビの繰り返し。でも、これは、なかなか、どうも、あたしにも出来そうなもんでしてね。これからはジャンジャン稼いでポフのために」 「ふざけるなっ!」  腹の底から声が出た。  ガシュウの体が跳ねた。 「あ、あの。騎士さまのお怒りはごもっとも。ごもっともです。あたしなんかが一人前気取っちゃって、お恥ずかしい。何様なんだとお思いでしょう? 実は、あたしもそう思っていたところです」 「そんな話はしていない」 「え……あっ。お金。お金はお返します……」 「もう黙れ」  ガシュウはわざとらしく唇を噛んた。  フレアは額に指を当て、深く息を吐き出した。  そして、どうしたものかと考えた。  この馬鹿は、こんな危ない金の稼ぎ方をしている。  こんなことをこれからも続ける気だ。  もう放っておけばいい。俺には関係がない。  それなのに。  虫の居どころが悪い。  気が立つのを抑えられない。 「おまえ」 「はいっ!」  沈黙を破ったフレアの言葉に、ガシュウは大袈裟に返事をする。 「明日も、俺の相手をしろ」 「明日」 「そう。明日も。その明日も。そのまた明日も、だ」 「つまり……毎日!」 「俺がおまえを買ってやる」 「買う……? あたしに買ってきて欲しいものがおありで?」 「俺が呼んだらいつでも来い。おまえの都合は関係ない。そうすれば生活に困らないだけの金を与えてやる」 「お金…呼ぶ…やはり、おつかいですね。いつでも呼んでください。少しでもお役に立てるなら」 「馬鹿。セックスの相手をしろと言っている」  ガシュウは目を見開いて黙り込み「ああ、セックスね。はじめから分かっていましたとも」と、もごもごと小声で言っている。  それを無視して、話を続けた。 「俺とだけにしろ。他の男とのセックスはもうやめろ。俺が呼び出したらいつでも来い。俺の言いつけは何でも従え。そういう契約をすれば、おまえは金に困らなくなる」 「はあ…けいやく、ですか。むずかしい言葉ですね。そういう言葉は、もっと頭のいい人とした方がいいですよ。あたしも、難しいことは、弟に頼りきりです」 「……その弟のためだろう」 「ポフ?」  ガシュウの目の色が変わったのを見逃さない。 「そうだ。金が必要なのは弟のためだろう? この契約は弟のためになる。金に困らなくなるんだ」 「ポフのため……ポフの……。します。しますよ、契約! 騎士さまと契約……!」  ガシュウは前のめりで顔を近づけてきた。  なにも分かってないのだろう。  これは罰だ。騎士に護られる存在の振りをして、金に困るか弱い市民の振りをして、裏では誰とでも寝ていて、汚い金を稼いでいた。  おまえは俺を裏切った。  母は離婚届を置いて家から姿を消した。  自慢の息子だと言っていた父は次第に殴るようになった。  そうしていつしか父も家から姿を消した。  なんという裏切りだ。  あたまが痛い。  俺は何を考えている? 大丈夫、これで合っている。  体を酷く扱ってやろう。  金で縛りつけよう。  裏切り者には罰を。  ガシュウの後頭部を捕らえると、深く口づけをした。  ガシュウは身体を跳ねさせたが、抵抗はしなかった。  舌はすんなり侵入を許した。絡めて中の感触を確かめるようにねっとりと舐めてやる。 「これが契約の証しだ」  そう言って唇を離した。ふたりの間に唾液の糸が繋がる。  ガシュウは真っ直ぐにフレアを見つめていた。  キスで緊張が緩んだのか、頬には涙が伝っていた。  それでも、確かに、はっきりと。  ガシュウはフレアの言葉に頷いた。  これは、そういう契約だ。  ふっと息を吐いて、薄く笑った。  口元が歪んでいることに、フレア自身が気づくことはなかった。  第一章 完

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