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20.陽だまりの中
陽の光が差し込んで、眩しさでガシュウは目覚めた。
ふかふかの上に身を沈めている。身をよじれば背もたれに支えられる。ソファの上だ。
やわらく優しいものが身体を包んでいる。
ふわふわの毛布だ。
夢心地で肌触りを楽しむ。
「もう…ふ?」
薄く目を開けると、高い天井と、立派な照明が見える。
ここはどこだろう。
身を起こし、部屋を見渡す。
広い部屋に豪華な家具が、倒れている。床には物が散っていて、足の踏み場が少ない。
見慣れない部屋は、そう、ここは、フレアの家だ。
「そろそろ起こそうと思っていた」
背後から聞こえた声に振り返ると、とっくに起きていたであろうフレアがいた。広間の隅、コート掛けの横にある立て鏡に向き合っている。
フレアはこちらを振り返らない。
身なりを整え終わると、立て鏡の前を離れガシュウの背後を通り抜けていく。
足の踏み場が少ない床を、慣れた様子で歩く姿が器用だと思い、ぼんやりと目で追った。
「服を着ろ」
ふわふわの毛布で包んだ身体が裸だったと、今さらながらに気が付く。身体の内側に熱がまだ残っているようで、腰の奥が鈍く重い。
部屋を見渡すとテーブルの上に、ガシュウの服とローブが置かれていた。手を伸ばし身体を屈めると、眩しさを感じて目を細める。
窓から差し込む光に当たっていた。
きれいだ。
舞ってる埃でさえ輝いている。
窓から見える庭の植物は、ガシュウの家の前に生えている雑草とは全く違い、色つやがあった。朝陽に反射してきらきらしている。
……朝陽。
はっと立ち上がる。今、何時だろう。
「服を着ろ」
「今、今何時です!?」
ガシュウは混乱した。
泊まるつもりなど無かった。ポフに何も伝えていない。夜をひとりで過ごさせてしまった。
服を掴むと袖を通すが、慌ててうまく通らない。
フレアが時刻を口にしていたが、聞いていなかった。早く帰らなければ。
服を着て、ローブをまとうと玄関まで一直線に向かう。床にはフレアの私物がたくさん置かれているが気にしていられない。もしかしたら踏んだかもしれない。
玄関のドアに手を伸ばすとガチャンと引っかかる。鍵がかかっている。内鍵を回した。
「おい!勝手に――」
フレアが発した言葉はドアを開ける音で、かき消された。
早くポフの元へ帰らなければ。
ガシュウは家を飛び出した。
背後で何かが割れる大きな音がしたが、振り返る余裕はなかった。
白い道を走り抜ける。帰り道を知らない。陽の上がる方角へ走った。時計の針より太陽の位置の方がわかる。陽の高さから、まだ七時を回っていないはずだ。
いつしか見慣れた景色になる。噴水広場まで来れば、もう見知った道だ。
ガシュウは貧困街に辿り着き、自宅へ飛び込んだ。
「ポフ!」
ドアを開けると同時に叫んだ。
「ガシュウっ!」
ポフは弾かれたように飛び上がりガシュウに抱きついた。ガシュウも力いっぱい抱き返した。
ポフが無事でいて、本当に安心をした。
泣き出してしまった弟の頭を優しく包み、ガシュウは身体の力が抜けるのを感じた。
壁を背にして、毛布に包まって座った。ふたり並んで、頭を寄せ合う。
「ごめんね、ポフ。一晩中、帰らなくて。ごめん」
「うん…怖かった。ガシュウに何かあったのかと思って…」
「ごめん…」
泣き腫らしたポフの声は弱々しい。
「お母さんとお父さんが帰らなかった日を思い出した…」
「ポフ…」
「お母さんとお父さんは事故で死んでしまっていた。僕は知らないでいた」
「うん…」
「僕の知らない間に、ガシュウがどこかで死んでいたら…って想像して、ずっと怖かった」
「うん…」
そんなことを、思い出させてしまった。
ガシュウはポフの方に手を回し、小さな体を抱き寄せた。
「ガシュウはいなくならないで。僕をひとりにしないで」
「もちろん!絶対に。…ポフをひとりになんてさせない」
「うん。ガシュウ…約束」
「うん。約束」
心がチクチクとする。
いいや、自分の痛さなんて関係ない。
ポフの方がきっと、ずっと痛い。
悲しい思いをさせたことをこれ以上謝ってはいけない。ポフは許しの言葉を口にしてしまうから。
優しい子なのだ。
だから、もう謝ってはいけない。
ガシュウに出来ることは、今、一緒に居ることだけだ。
包まった毛布は毛玉だらけで、フレアの家のふわふわ毛布とは比べ物にならない。それでも馴染んだ肌触りは、とても、安心する。ポフがガシュウの肩に寄りかかり、頭が、かくんと下がる。
「寝ていいのよ」
「…うん」
一晩中、起きて待っていたのだろう。
ポフは瞼が重くなって、うつらうつらしている。
ポフを抱えて一緒に横になる。
向かい合って、毛布に包まる。頭を撫でると、ポフは目を閉じて、体の力をすっかりと抜いた。
しばらく、静かな時間だけが流れた。
「ねぇ、ガシュウ…」
「うん?」
「フレアさんとは…恋人なの?」
「ええっ!?」
眠る雰囲気で気を抜いていたところに、思いがけないことを言われ、ガシュウは動揺した。
「そんなことあるわけない。な、なんでそう思うの?」
「だって、泊まったんでしょ」
「…うん。でも、なんで泊まると恋人になるのかしら?」
ポフは閉じていた目を開けて、ガシュウの目を覗き込んだ。
ガシュウの目は揺らぐ。ポフにじっと見つめられて、責められているように感じた。
悪いことがバレてしまうようだ。
「き、昨日の夜は、騎士さまの家のソファで、眠くなってしまってね…」
「…ソファ」
「すごく柔らかくて、ふかふかだったの。起きたら、これまた、ふわふわな毛布をかけられてた」
「…ふかふか」
ふっとポフの表情が和らいだ。
また目を閉じても、ガシュウの服を握った手はほどけない。
「ふふっ。違うみたいだ」
「騎士さまは、親切な人、だから…」
「そうだね。…良かった」
そう言うとポフは、今度こそ寝入るようだった。
ポフが預けてくる体の重さに安心して、ガシュウも眠気がやってきた。
陽だまりの中で、静かに、そっと、目を閉じた。
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