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31.発熱

 お昼近くにガシュウは目覚めた。  朝起きるのは苦手だ。  フレアの家に行った次の日は、特に。なかなか起きれないでいる。体がまだ、重い。  覚醒しきらない頭でぼんやりと自宅の天井を眺める。  ガラスの無い窓から入る空気が冷たくて、昼の日差しが暖かい。  この前、フレアが家に来てくれた。素性が分かって、ポフの不安は減った。  ガシュウとフレアの関係に変わりはない。契約でのお金をもらい、食べるものには困らない。  ガシュウに思うところが無いわけでもないが、それでも、平穏な日々だと感じた。  寝返りを打つと、人肌にあたる。ポフだ。  隣でポフが眠っている。  図書館が解放される朝9時に合わせて、規則正しく家を出るポフにしては珍しい寝過ごしだ。  ガシュウはポフの手を握り、二度寝を決め込み目を閉じた。  ――――しかし。  すぐに異変を感じた。  ポフの手がやけに暖かい。いや、熱い。 「ポフっ」  ガシュウは身を起こした。  毛布をよけてポフの顔を覗くと頬が異様に赤くて呼吸が乱れている。 「ポフ!」  思わず大声を上げるとポフは薄く目を開けた。  視線だけ動いて「ガシュウ…」と呼ばれた声は弱々しくて掠れている。  ポフのおでこに手を当てると、見た目通りにとても熱い。  熱がある。どうしよう。 「…水が、飲みたい」  小さな声を逃さずに聞き取って、井戸水の汲み置きをコップに注いで戻る。ポフの背中を支えて起こしてあげて、力の入らない小さな体はいつもより重く感じる。  コップを落とさないように、ポフの持つ手と一緒に手を添えた。  水を一口飲むと、ポフは咳き込んだ。とっさに背中をさすった。 「…のどが、痛い」  水はもういらないと言うように、コップをガシュウに預ける。 「でも、飲んだほうがいいよ」 「…痛くて、飲め、な」  喋るのもつらいようで、最後の方は声になっていない。  ここの井戸水は衛生的とは言えない。それでも普段は気にせずに飲めているが、抵抗力の落ちているポフには耐えられないのかもしれない。  どうしよう。どうしよう。  落ち着け、と自分に言い聞かせながらも視線が散る。部屋の隅の紙袋が視界に入る。フレアが買ってくれた蜂蜜水がまだあることを思い出した。蜂蜜水は保存が利く。  ポフを壁に寄りかからせて、紙袋から蜂蜜水の瓶を取り出す。コップに注いでポフのもとに戻り体を抱き寄せる。 「はちみつ水だよ。飲んで」 「…ん」  ポフが口をつけると、今度は咳き込まなかった。ゆっくりと少しずつ蜂蜜水を飲んでいる。  全部飲めたのを見て、ポフがほっと息をつく。こちらもほっとする。 「…横に、なる」  先程より声が通るようになった。  ポフの体を支えながら寝かせてあげる。毛布を重ねてかけて寒さから体を守る。  ポフはうつらうつらして、そのまま眠ってしまった。  これから、どうしよう。  ガシュウはポフの寝顔だけを見ていた。つらそうな表情がつらい。  薬を買いに行ったほうがいいのだろう。どこで買えばいいのだろう。何を買えばいいのだろう。いくらくらいするのだろう。  買いに行くにしたって、ポフをひとりにするのは不安だ。今はそばにいてやりたい。  毛布の中に手をしのばせて、ポフの手を握った。  もしかすると、蜂蜜水が効いて体調は良くなっていくかもしれない。蜂蜜は、体に良いと聞いたことがある。  ――――非情にも、願いは叶わなかった。  夕方になり気温が下がるごとに、ポフの体調は悪化していった。呼吸が浅くなり苦しそうに眠っている。顔は熱いのに握った手は冷たい。  どうしよう。どうしよう。  ポフが死んだら、どうしよう。  思考はどんどん悪い方へ流れていく。  太陽も沈み、暗くなってきた。蝋燭をつけようとマッチを擦るけど、指先がうまく動かない。  何度か失敗して、ようやく火が付いた。  少しでも暖かくなるように、引き出しに残っていた五本すべての蝋燭に火を移す。ありったけの毛布をかき集めてポフにかけた。  蝋燭のゆらめきの中でポフの苦しそうな表情が浮かぶ。  ガシュウは涙が溢れるのを止められなかった。  ポフを心配させないように、泣き声を飲み込むことに一生懸命だった。  どれくらい時間が経っただろう。  ふ、と蝋燭の火が揺れた。  ……ドン。  壁が鳴った。心臓が跳ねる。  ……ドン、ドン。  音は玄関からだ。この家の扉を叩く音なんて、聞いたことがない。  ノブが、きし、と鳴った。  次に、ゆっくり回る音がした。  ……誰も触れていないはずなのに。  建て付けの悪い扉が、引きずられるように開く。  隙間が黒くなり、影が床を伸びてくる。  どうしよう。  迎えが来た。  ポフの毛布に手を添え、歯を食いしばる。 「なんだ、その顔は」  目の前には、眉根を寄せて怪訝そうにしている男が立っている。  暗闇に、金色の瞳が浮かぶ。  死神ではなくフレアだと分かると、安心して崩れるように泣いてしまった。

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