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53.一緒にいいか

 ひと月ほど経った頃か。  今日もロビーで、ガシュウと向かい合っていた。  毎日のように会っているのに、休みの日にどこかへ出かけるわけでもない。話すことがなく、無言のまま終わる日もある。  それでも、会うことだけは続いていた。  それだけで、途切れずにいる。 「ポフがね」  ガシュウが、座ってすぐに弟の名を口にした。  弟の話から始まるのも当然かと思った。 「ポフがね、新しく家を借りようかって言ってるんです」 「家を?」 「はい。ご両親の遺産がね、思ったより多いらしくてね。あんまりお金を持ってる状態で、貧困街に住み続けるのは危ないって」 「……そうだな。それがいいだろう」  出会った頃より、ガシュウの服はずいぶんましになった。  まだ細いが、骨ばかりだった頃よりは肉もついている。  金の匂いを嗅ぎつける連中が寄ってきても、おかしくはない。 「今度ね、家を見に行くんです。いろいろな家をね、見学ってやつですか。だから、その日は会えないと思います」  内覧か。  そういえば、自分も家を探すつもりでいた。  つもりのまま、何も進んでいない。  居心地の悪い場所でも居着いてしまうのが、自分の悪い癖だ。  どんな家があるのか、少し興味が湧いた。 「俺も一緒にいいか。その日の任務は休みにする」 「一緒に……ですか?」  ガシュウが目を丸くした。 「あ、あたしは、もちろんいいですよ。……でも、ポフは何て言うかしら」 「弟に聞いておいてくれ。無理にとは言わない」 「……ポフに、聞いてみます」 「ああ、頼む」  なぜかそのあと、ガシュウの顔が赤かった。口数も減った。  風邪でも引いたのかもしれない。早めに帰した。  翌日、ロビーに来たガシュウは、やけに姿勢が良かった。 「ポフに相談しました。いいよって言ってました」 「そうか。いつ見に行くんだ」 「明日です」  急でも休みは取れる。取る。  これを逃したら、自分はまたここに居着く気がした。 「分かった、大丈夫だ。どこで待ち合わせる」 「いつもの場所で!」 「いつもの……」  噴水広場のベンチか。  路地裏の樹の下か。  それとも、このロビーか。  ふっと息が漏れた。自分たちは、待ち合わせてばかりいる。 「……噴水広場のベンチか?」 「はい」  当たっていた。  それだけのことで、少し満足した。  休暇申請はすんなり通った。  これであの兄弟と内覧に行ける。  どんな家を選ぶのだろうと思った。  翌日、待ち合わせ場所には先に着いた。噴水広場のベンチの前で立って待っている。 「フレアさま!」  人波をかき分けて、ガシュウが走ってきた。首から下げた鍵が跳ねる。  両手を広げている。  どうするつもりなのだろうか。  抱きつくつもりなのか。  この人通りの多い場所で。昼間から。  考えているうちに、ガシュウは目の前まで来ていた。  対処の仕方も分からずに、このまま抱きつかれると思った。    けれど、触れる寸前で腕が止まった。  ガシュウの目が左右に揺れる。落ち着きがない。  それから、ゆっくり手を下ろした。 「……すみません」 「……あ、ああ」  何に対しての謝罪なのか。分からないまま受け取った。  抱きつかれた熱を期待したのは、自分だったのかもしれない。  触れずに終わって、変に物足りなかった。 「ガシュウ。もう、待ってよ」  遅れて、弟がやってきた。 「フレアさん、こんにちは」 「ああ」 「ガシュウから聞きました。僕たちと一緒に住む場所を探すって。手続きも頼ることになると思います。よろしくお願いします」 「ああ、そのつもりだ。こちらこそよろしく頼む」 「はい」  明るい笑顔だった。  陽の下がよく似合う顔だ。  不動産屋の案内で、家をいくつか見て回った。  大きすぎる家は望んでいないようだった。だが、先のことを考えるなら弟もそのうち大きくなる。一人部屋を考えておいた方がいい。 「いつまでもポフは、あたしと一緒に寝ますよ!」  そう言うと、ガシュウが頬を膨らませた。 「勉強部屋があるといいかも」  弟が言った。 「そうね」  ガシュウも納得した顔でうなずく。 「でも、フレアさんの部屋も必要だよね。もっと広い家の方がいいかな」 「何の話だ」  聞き間違いだろうか。突拍子のないことを聞いたようだ。 「ガシュウと二人で住む家のつもりで相談してたんです。でも、三人で住む家も回れないか聞いてきます」 「何の話だ」  問いは置き去りにされたまま、ポフは不動産屋の方へ走っていった。  おかしい。  すぐ横にいたガシュウの腕をつかむ。 「何のことだ」 「なんのこと、って……フレアさまがおっしゃったのではございませんか。『俺も一緒に住んでもいいか』って」  言っていない。 「そんなことは、言っていない」 「ええっ? でも、だって、今日一緒に家を見たいって」 「家を見たいとは言った。俺も家を探しているから参考にしたかった。なぜそれが一緒に住むまで飛ぶんだ」 「だって、ポフにも聞けって……」 「同行するなら聞くだろう」 「ポフも……一緒に住むことには賛成してますよ……」  自分の知らないところで、重大な話が進んでいる。頭がくらくらした。 「一緒に住むと、思ったんです……」  ガシュウの声が小さくなる。 「あたしは、そうなればいいと思ってたから……そう受け取っちゃったんだと、思います」 「……どういう意味だ」 「だから……」  ガシュウが口を閉じた。  それから、大きく息を吸う。 「本当に、そう聞こえたんです。……違う、そう聞きたかったのかもしれません」  少しだけ目を伏せる。 「一緒に住みたいって言われたみたいで、嬉しかったんです」  そのままの勢いで、ガシュウが顔を上げた。 「……そもそも! フレアが言葉足らずなのがいけないんですよ。誤解するような言い方して。ガシュウが勘違いするでしょう。いつも、そう。フレアはいつもそう!」 「落ち着け。熱くなるな」  なだめているところへ、弟が戻ってきた。 「ガシュウ、何を騒いでるの。楽しいことでもあった?」 「喧嘩しています」 「していない……多分」  喧嘩より、ややこしいことが起きている。 「ふふっ、楽しそうだね」  弟が笑った。  笑っている場合ではない。 「不動産屋さん、三人で暮らせる家を紹介してくれるって」  その報告の横で、ガシュウが耳元に囁いた。 「ほら。不動産屋さんも、もう動いてくれてますよ」  不動産屋がこちらへやってくる。 「ご家族で暮らされるとなると、ご予算も変わってまいりますので、改めてご相談できればと思います」  営業用の笑顔だった。仕事のできそうな顔をしている。 「ちょっと待て……」  止めなければならない。  ガシュウが囁く。 「今さら、引き返せませんよ」 「引き返せないも何も、まだ進んでいない」  不動産屋を待たせて、ポフに事情を説明した。 「え? そうだったんですか? ……ガシュウの勘違いだったんですか」 「ああ。だから、おまえたちの家を探せばいい」  背後から、またガシュウが囁く。 「フレアも家を探しているんでしょう。あたしたちと一緒でも、同じですよ」 「同じなわけあるか」  さっきから小声で話すのは何なんだ。  弟が顔を上げた。まっすぐな目だった。 「ダメなんですか?」 「……何?」 「僕は、生半可な気持ちで他人と暮らすことを決めたわけじゃありません。悩んで出した答えです。フレアさんは、ダメなんですか?」  勘違いから始まったとしても、二人が真剣だったことには違いなかった。  ……俺は、どうしたい。  視線が彷徨う。  その先で、ガシュウと目が合った。  絡め取られたように動けなくなる。 「……フレア」  呼ばれた名は小さかった。  世界で自分だけにしか聞こえていないように錯覚した。 「……少し、考えさせてくれ」  兄弟の顔が、同時に明るくなる。 「“いいえ”じゃないんですね」  弟があまりにも無邪気に言うから、言いくるめられたのではないかと疑った。

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