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第五回
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【第9話】距離をとるΩとαと静かな日々
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――第21章:律の提案
律がヒートで保健室に駆け込んでから2日後。念のため学校は休み、体力の回復に努めたおかげもあって、体調はだいぶ戻ってきた。
休んでいる間に律は、自身の不定期に起きたヒートについて考えていた。
確証はないが、最近の出来事で感じたストレスが引き金だろう。しかし、起きてしまったことはもう仕方ない。
ただ、ヒートになれば授業を休まざるを得ない。本来なら番相手でも抑制剤が効くのだが、運命の番のフェロモンはどうしても薬をすり抜けると言われている。
それくらい、遺伝子的なつながりが深いのだ。
それなら、なるべくヒートにならないようにするしかない。保健医も言っていたように、アルファだって我慢せざるを得ないのだ。それがどのくらい大変なのか律には想像もつかないが、蒼司に辛い思いをさせたくはなかった。
蒼司が大浴場から戻ってきた頃合いを見計らって、律は話しかける。明日は学校が休みなので、多少話し込んでも大丈夫だろう。
律 「蒼司さん、ちょっといいですか?」
蒼司 「ああ、いいぞ」
律 「僕のヒートなんですが、今回のものは予定にないものでした。理由は色々あると思うんですが、僕達って、運命の番と呼ばれる番じゃないですか」
蒼司 「ああ」
律から番という言葉が出て、蒼司は保健医の言葉を思い出す。返事する声が少し上ずった。
だが、「番だと言っていた」の真意はいまだ確かめられず、だ。
律 「単刀直入に言えば、距離を置きたいんです」
蒼司 「え?」
思ってもみなかった提案に、蒼司は面食らう。
律はその様子に気づいて一瞬視線を揺らしたが、一つ息を吸ってから続けた。
律 「抑制剤が効きにくいことで、僕はヒートになりやすくなる。そんな僕のせいで、蒼司さんだってラットのリスクが上がる。そうですよね?」
蒼司 「…そうかもしれないが、この間俺は耐えたぞ?それに、律の声で戻ってこれたんだし…」
律 「あの、耐えるってどのくらい大変でした?」
蒼司 「…そうだな。ゾンビの大群が家のドアを叩いてるのを押さえるような感じだ」
律は今まで見たことのある映画やドラマのシーンを思い浮かべる。
ゾンビがどんどんと扉を叩き、つっかえ棒やタンスなどでドアを塞ぐ。そのうち、多勢に無勢で…。
律 「それってだいたい、扉破られません…?」
蒼司 「あ、じゃあ違うな。俺は耐えたし」
律 「いえ、それって結構ギリギリだと蒼司さん自身が思ってるんじゃないですか?」
蒼司 「それは…」
言われて蒼司は口ごもってしまう。腕を組んで考えてみても、反論が出てこない。その様子を見て、律は肯定だと受け取った。
律 「なので、同室ではありますが、できるだけ距離を取りましょう」
蒼司 「…どうやって?」
律 「登校時間をずらします。食事も別々の時間に食堂に行きましょう。あと、僕は授業後には図書館に行ってギリギリまで勉強します。あと、部屋の換気もできるだけして、休みの日は別行動」
律は指を折りながら淡々と伝えた。ちらりと蒼司の顔を見ると、みるみる不安げになっていく。
律 「そんな顔されると僕が悪いみたいじゃないですか…」
蒼司 「…頭ではわかっているんだ。ヒートの律は辛そうだったし、俺もラットにはなりたくない。でも、正直に言えば…寂しいぞ」
そう言ってから、蒼司は唇を真一文字に結んで、心のなかで理屈を自分に言い聞かせる。律の言っていることは間違ってはいないのだから。
律 「…僕だって…僕は、蒼司さんに迷惑をかけたくないんです。以前、蒼司さんがラットになりかけた時は、なんとかなりました。でも、また同じようなことがあれば、いくら番候補とはいえ、停学や退学はきっと…免れません。そんなことに、なってほしくない…」
律は蒼司の目を見て、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。さっきの提案はあんなに流暢だったのに。
蒼司 「律は、俺の心配ばっかりだな」
律 「…蒼司さんのほうが、アルファなんだしちゃんとしないといけないでしょ」
蒼司 「でも、律のほうが大変だろ」
律 「大変というか、慣れてますから僕はいいんですよ。でも、お互いのフェロモンの影響が大きいから、今は制御しにくい。だから、距離を取りましょうって言ってるんです!」
蒼司 「…なんで怒ってるんだ?」
苛立っている律は珍しくないが、声を荒らげるのは見たことがない。蒼司は勢いに押されて背をそらした。
律 「あなたがラットになったら困るんです!学生だし、大学だって行きたいんです!本能に飲まれて番になりたくないんですよ、分かります!?」
律が一気にまくしたてる。蒼司はたじたじになりながらも、律の言葉を咀嚼した。
アルファがオメガの首の後ろを噛むと、正式に「番」になる。俺がラットになってしまったら、律の意思を無視して噛んでしまうかもしれない。
ヒートのオメガも噛まれることを望むというから、律も同じように我を忘れたくないということだろう。
記憶を手繰り寄せ、保健体育で習った番についての授業を思い出す。
男性オメガはアルファに噛まれると、アルファの子どもを宿すために、1年ほどをかけて体が変化する。その間にもヒートは来るし、体への負担もかかるため、思うように行動ができないことも珍しくない。
つまり、律は今、俺か律かどっちかは分からないが、番化して体が変わってしまうことで、学業に支障をきたすのが嫌だということだろう。
今は嫌だ、ということだ。番になるのは。
…今?
蒼司は覚えた引っ掛かりを言葉にした。
蒼司 「…今じゃないなら、番になるのはいいのか…?」
律は、その言葉を聞いてみるみる顔を赤くしたかと思うと、ぱっと顔を背ける。蒼司は律の視界に入るように移動した。また背ける。また移動する。2、3度繰り返して蒼司が聞く。
蒼司 「候補じゃなくて、俺の番になってくれるのか?」
律 「…言葉の綾です。そんなことになれば、困る、という意味です」
蒼司 「ならなんで、そんなに顔が赤いんだ?律」
律 「これは、ちょっと恥ずかしい想像しただけです」
蒼司 「どんな?」
律 「言いません!」
頑なになった律を言いくるめるのは無理だと蒼司は悟り、元いた場所に座り直す。それを見た律も、改めて蒼司に向き直って真顔を作った。
律 「とにかく、距離を取るのはお互いのためです。そこは理解してくれませんか?」
蒼司 「それは分かったけど…それでもダメだったら?」
律 「その時は、学校に相談して部屋割りを変えてもらいます」
蒼司 「…嫌だな、それは」
律 「ひとまず明日から1ヶ月試しましょう。効果があるなら、同室は解消しませんから」
ね、と律は蒼司に同意を求める。いや、同意以外を許さない言外の圧を蒼司は感じる。
感情的な話をしているのではなく、お互いのリスク管理の一環だと。
蒼司はできるだけ嫌そうな顔をしながら頷いてみせた。
律 「子どもじゃないんだから。頑張りましょう、お互いに」
そう言われればもう何も返せない。蒼司は心の中で「俺のベッドで子どもみたいに寝てたくせに」と悪態ついた。
――第22章:近くて遠い
朝7時。今日は土曜日で学校は休みだ。
律は小さくしたアラーム音で目を覚ました。
昨日はつい声を荒げてしまったが、なんとか要求は通せた。
蒼司はまだ寝ているようなので、起こさないようにそっとベッドから降りる。
クローゼットからタオルや着替え、下着などを用意して、浴場に向かった。昨日は話し込んだせいで風呂に入りそびれたので、今日は朝風呂にしようと決めていた。
「…今じゃないなら、番になるのはいいのか…?」
シャンプーをしながら、蒼司の言葉を思い出す。
つい口をついて出た言葉だからこそ、自分に嘘はつけなかった。
初めて会った時は、あまりに頼りなく、アルファとしての責任感もなくて絶対に嫌だと思った。だが、一緒に過ごすうちにその印象は変わった。
実際には、羨ましいくらい優秀だし、自分のことを一番に気遣ってくれているのを感じる。
自分がオメガだからだろうか。守られていると感じる度に、焦がれるような気持ちになる。
律 (でも、それだけで番になれば、きっと後悔する)
成績が優秀であれば、大学へも通いやすくなるし、奨学金だって借りやすくなるはずだ。
大学に行けば、高い初任給で雇ってもらえるし、ヒート休暇制度やオメガ支援が充実している大企業へも就職しやすくなる。
そうすれば、母にたくさん恩返しができる。
だから、それが済むまでは、番になることは考えたくない。
一緒にいたくない、訳じゃ、なくて。
そんな思いを振り払うかのように、シャワーの水圧を上げて泡を流した。
この後は一人で食堂に行き、調べておいた数駅先にある図書館にでも行こう。静かに勉強に集中したいから、どこかの自習室でも良いかもしれない。
律が風呂から戻っても、まだ蒼司は寝ていた。起こさないように準備をして、朝食を取るために部屋を出る。
パタンと閉まるドアの音を聞いて、蒼司は身を起こした。
律が起きたのは気付いたが、距離を取ることになったので声をかけないように寝た振りをしてやり過ごしていた。
閉じたドアを見る。律の気配がどんどん遠ざかっていくのが分かった。
蒼司 (行ったな…)
頭をかいて、ベッドから降りた。カーテンを開けて部屋の電気をつける。一つ大きくため息をついてから、気合を入れるように自身の頬をぺちんと叩くと、着替えて朝食を摂りに部屋を出た。食堂にはもう律はいなかった。
律は寮の門限ギリギリの8時前に帰寮したが、すぐに食堂へと行ってしまう。
蒼司はその間に風呂を済ませる。
その後律が風呂に行き、部屋に戻ってきたのは9時半を過ぎてからだった。
部屋に戻ってくると、窓を少し開けて換気をする。夜風が心地よく吹き込み、お互いのフェロモンを乗せて出ていった。
蒼司は律からできるだけ距離をとりつつ話しかける。
蒼司 「…今日は、どこに行ってたんだ?」
律 「久しぶりにちょっと散歩して、図書館に行ってました。蒼司さんは?」
蒼司 「…予習ちょっとやって、スマホで動画見たりとか…」
蒼司は申し訳なさそうに言った。
律 「なんでそんな怯えてるんですか」
蒼司 「いや、勉強しろとか言われるかなと」
律 「言いませんよ。したほうが良いとは思いますけど、そこは自由ですし」
蒼司 「明日も出かけるのか?」
律 「はい。明日は自習室に行ってみようかと。中間テストもそろそろですし」
蒼司 「…そうか」
あからさまにしょげた様子の蒼司に、律の胸が小さく痛む。
だが、今は心を鬼にしなくてはいけない時期だ。律はあえて声を明るくして応える。
律 「蒼司さんは、二階堂さんでも誘ってみてはどうですか?」
蒼司 「あいつは、番候補たちと出かけるそうだ」
律 「他に友達は?」
蒼司 「いないな。もっとこういう時に頼れる友達がいるかと思ったが、居なかった」
律 「前に色々やってくれる人が居たって言ってませんでしたっけ…?」
蒼司 「やってくれてただけで、友人ではなかったということだな」
律 「すみません、なんか」
蒼司 「なんで律が謝る?」
律 「なんか、残酷な現実を見せてしまった気がして」
蒼司 「ん?残酷?」
律 「分かってないならそのままでいいです」
蒼司 「そうか。…明日は俺も出かけようかな」
蒼司さんはどこに?と聞きかけてやめる。つい話しすぎてしまった。距離を取ると言っておきながら、長々と話しては意味がない。
律 「分かりました。…僕は、そろそろ寝ますね。蒼司さんは?」
蒼司 「いや、もうちょっと起きてる」
律 「じゃあ、寝る時窓閉めてくださいね」
律は言うと毛布をかぶって壁のほうを向いてしまった。蒼司はまだ話足りないといった風だが、律の様子に口をつぐむ。
蒼司 (今日の会話はこれだけか…)
蒼司も自分のベッドに横になる。イヤホンをして動画を見るが頭に入っては来ない。
ただ、知らない誰かが知らないことを話すのを聞いて、気を紛らわせた。
そのうち眠気が来たので、律に言われたとおりに窓を閉める。
風の通り道がなくなったことで、外に逃げていたフェロモンが微かにとどまった。
お互いに抑制剤を使用していても、日常的にわずかに香る。これが、律にとってはヒートを誘発してしまう。
だから、今日みたいな過ごし方を続けるしかない。
改めて頭では分かっていても、今までとは違う距離感に戸惑いは隠せない。
蒼司は唇を噛んだ。不安や苛立ち、不甲斐なさ。そんな気持ちがないまぜになったまま、蒼司も眠りについた。
それからは同様に、お互いに距離を取る生活が続く。
律が朝起きて窓を開ける。蒼司があとから起きて、部屋を出る前に窓を閉める。
校内ですれ違っても、目線を送るだけで話し込みはしない。以前のように、寮で並んで勉強することもない。
寝る前の僅かな時間に、少し話をする程度だ。
本当に少しだけ。
時間にすれば15分程度のやり取り。
そんな日々が2週間ほど続き、律がその距離感に慣れたころ、蒼司が寂しさの限界を迎えた。
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【第10話】戸惑いのΩと抱きしめるα
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――第23章:手の届く距離にいるのだから
土曜日。
今日も律は朝早くに起きてから、食事を取って外に出かけることにしていた。今日は、街の方に出て本屋で参考書でも買おうと計画をしていた。
いつものように蒼司はまだ寝ているので、起こさないように準備をする。
着替えて寮の部屋を出ようとした時、いつ起きたのか蒼司が勢いよく律と扉の間に入ってきた。
律 「えっ?なんですか急に」
蒼司 「…律」
蒼司の少し低い声に、律はわずかに後ずさりする。
蒼司 「俺も一緒に行きたい…」
律 「え?駄目ですよ、一緒にいないために出かけるんですから」
蒼司 「悪いが、もう無理だ!なんで、こんなに寂しい思いをしなくちゃいけないんだ!」
律 「なんで…って、説明したじゃないですか」
蒼司 「頭では分かってる。でも、寂しいもんは寂しい!どうしてくれる」
律 「そんなこと言われても…」
蒼司は戸惑っている律の肩に手を伸ばそうとする。
しかし、律がビクリと構えたため手はすぐに引っ込めた。
引いた拳を握りしめる。
蒼司 「悪い…」
律 「いえ…」
蒼司 「怖がらせるつもりはないんだ…。ただ、ここまで徹底的に離れられると、正直辛い」
律 「…」
蒼司 「夜もさっさと話切り上げるし…。朝も気がついたらいないときがあって、おはようすら言えないし…。俺が部屋に居たらどっか行っちゃうし」
子どもが拗ねたような言い方になっている。
しかし、蒼司の顔は真剣だった。律は蒼司の瞳から目が離せず、何か言おうとするが言葉が出てこない。
蒼司 「律にそのつもりは無いと分かってても、避けられてるのはキツイんだ…。ちゃんと伝えてなかったかもしれないけど、俺にとって律はもう大事な人だから」
その言葉に律の決意がぐらりと揺れる。
出入口の前に立つ蒼司が言葉でも逃げ道を塞いでくるようだった。
薄暗い玄関で、蒼司から視線を外せないまま律は固まる。
蒼司 「さっきは勢いで触ろうとしたが、そんなことは絶対にしないし、フェロモンでやばくなりそうなときは俺も距離を取る。…だから、側に居させてくれ」
蒼司は照れたそぶりなどなく、ただ真摯に言葉を紡いでいた。
飾らない本心が、律の胸を打つ。
これまで、自分のことを優先してくれた蒼司からの、初めてのわがままかもしれない。
律 「そこまで、想ってくれるのは、嬉しいです、けど、ダメです、そんな」
律は声を絞り出しながら、首を左右に振った。
言いながら気づく。
敢えて見ないようにしていた自分の本音。
フェロモンの影響もあるかもしれないけど、自分だって側に居たいのだと。
しかし、わずかに残った理性がそれを良しとしない。
裏腹な心を隠すように、律は一度きゅっと口を結んでから開いた。
律 「だって、これは、僕だけの問題じゃ、ないんです」
蒼司は律の声が震えているのに気づいて表情が曇る。それでも、困らせていると分かっているのに、気持ちを抑えるのが難しい。
蒼司 「あのな、律。俺はお前を怖がらせたし、前までちゃんと抑制剤だって飲んでなかったから、信用もないかもしれない。だが、それは俺の責任で律の責任じゃない」
律 「…」
蒼司 「俺の責任まで、勝手に抱えないでくれよ」
律 「勝手に抱えてなんか…」
蒼司 「じゃあ、律は自分のことだけ考えて、俺と距離を置きたいってことでいいか?」
律 「…っ!」
蒼司 「それなら、俺も納得する。でも、俺のためにっていうならそれは違う。俺は、離れているほうが辛い」
律はやっとの思いで、蒼司から視線を外した。
離れているほうが辛い。
蒼司のその言葉を反芻するたび、保っていた本音を隠す糸が、ぷつりぷつりと切れていく。
律 「…辛い辛いって…何ですか」
声が震えているのが自分でもわかった。
蒼司の声は、強くしっかりとしていたのに。
こういうとき強くいられない自分が情けない。
律 「僕だって、辛いです、蒼司さん」
言えたのはそれだけだった。
言葉に詰まる代わりに涙が出る。
ぼやける視界の中で、律は、そっと片手を蒼司に伸ばした。流されないように、僅かな希望にすがるように。
蒼司はその手を取るとゆっくりと律を胸元に引き寄せる。
律は拒むことなく、蒼司の肩に額をあてて、声を殺して泣いた。
蒼司はゆっくりと肩と頭に手を添え、少しだけ強く抱きしめる。
しばらくの間、律が泣き止むまでそうしていた。
何も言わなかったが、律も同じ気持ちがあると知って、蒼司は胸がいっぱいになる。
久しく強く感じていなかったお互いの香りが、2人の鼻腔をくすぐる。
でも今はヒートではないし、抑制剤も使っている。
そのためか、ひどく安心する香りだった。
そうではなく、お互いに側に居たいと思っているから、そんな香りになったのかもしれない。
――第24章:共に歩むには
泣き止んだ律は、一度洗面所で顔を洗ってから部屋に戻ってきた。
目が赤くなっているが、表情はもう凛としている。
蒼司 「泣かせるつもり無かったのに、ごめん」
律 「言わないでください、恥ずかしいんで」
その言い方に、調子が戻ってきたなと蒼司は思う。
蒼司 「俺は、嬉しかったけど。なんか、ちゃんと頼ってくれた感じがして」
律 「…飯塚のことやこの前のヒートのときも、蒼司さんがいてよかったって、思ってますよ」
蒼司 「そうか」
蒼司は口元が緩むのを、手をあてて抑えた。
律は自分でもするりと素直な気持ちが口をついたので、少し驚いたが、平静を保とうと努める。
ここからは、改めて話し合いだ。蒼司は椅子に、律はベッドに座った。
律 「距離を取るのは、嫌なんですね?」
蒼司 「律は極端すぎるんだ。距離を取るのは必要だと思ってるが、1日15分しか話せないのは嫌だ」
律 「…やるなら徹底的にやらないと、効果があるか分からないじゃないですか」
蒼司 「それはそうだが」
律 「ただ、それだと蒼司さんが限界なら、ちょっと緩めましょう」
蒼司 「律だって限界だったくせに」
律 「…否定しません」
その言葉に蒼司の顔がぱっと明るくなるが、それを見た律は顔を赤くしながらこほんと一つ咳払いをした。
律 「というか、やってみてどうでした?僕の方は、ヒート誘発の兆候はありませんでした」
蒼司 「わからない」
律 「は?」
蒼司 「寂しいほうが強くて…」
ばつが悪そうに俯いた蒼司に、律は小さくため息をついた。どこかくすぐったいような気持ちもありながら。
律 「じゃあ、次はちゃんと体調の変化を気にしてください」
蒼司 「分かった。で、どうする?」
律 「土日はやっぱり、ずっと一緒なのは避けたいです。平日は、今まで通りにしましょうか」
蒼司 「なぁ、この部屋だからダメとかはないか?外ならフェロモンが溜まることないんじゃないか?」
2人してぐるりと部屋を見回した。
さして広くない部屋だ。窓はあるが、換気の効率はあまり良くない。
律 「確かに…。じゃあ、明日は一緒に散歩でもしてみますか?」
蒼司 「うん!」
律 「…」
散歩という言葉に嬉しそうに笑った蒼司を見て、律の頭の中を大型犬が駆け抜けていった。
蒼司 「ん?どうした?」
不思議そうに首を傾げる仕草も犬っぽい。意識がドッグランになりそうだったので、律は慌てて話を戻した。
律 「あ、平日の朝は起こしますけど先には行きますよ?テスト近いし」
蒼司 「勉強は教えてくれないのか」
律 「明日の散歩で効果がありそうなら、学校の中庭とかでやりましょう。ちょっと寒いかもしれませんが。教えると僕も復習になりますし」
律の表情が柔らかくなった気がする、と蒼司は思った。
こういった話をするときは、いつも眉間に少し力が入っていたのに、今は口角が少し上がっている。
そんな変化が蒼司には嬉しい。つられてニコニコしてしまう。
窓を開けて空気を入れ替えながら、2人は2週間分の会話をした。
今後もこうやって、何かがあれば2人で決めていけば良い。
そんなことを考えながら。
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