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7月22日 1
『明日の十時に、もう一回ここの公園集合ね!』
『その時に色々話したいことがあるから。連絡先とか、付き合うルールとか』
『え?本当に死ぬのかって?うん、本当だよ。十月の上旬には多分、ね』
『安心してよ、僕が死んだら君の秘密は守られるから!あ、僕のことは遥でいいよ』
じゃあまた明日。三ヶ月後には死ぬと言う遥は今にでもスキップしそうなほど浮かれて帰って行った。俺はというと少しの間その後ろ姿をぼんやりと眺めた後公園を後にした。初めての、恋人ではある。恋愛感情はないし脅されて仕方なくだし二ヶ月したら別れるしなんなら相手は三ヶ月後には死ぬが。これまで隠して生きてきたから恋人などできたことはもちろんなかった。告白をすれば中学の時のあの先輩のようになるのは目に見えていたし、針の筵にされるのは嫌だった。
翌朝、遥に言われた通りに告白された公園に赴いた。子供が走り回ったり遊具で遊んだりしていて、十時であってもかなり暑いのに朝から元気だなと感心した。周りを見渡して見ると遥は既にベンチに座っており、手鏡を持って髪をいじっていた。俺が近づくとすぐに気配に気付いたようで手鏡をカバンに仕舞ってこっちに走ってきた。走って大丈夫なのか、と思わず聞きそうになったが気遣うような仲ではないため飲み込んだ。遥は俺のそばまでくると昨日同様嬉しそうに笑った。
「おはよう朝比奈くん!」
「……はよ」
「暑いから先にカフェ入っちゃおう」
遥の額には汗が浮かんでおり、俺自身もここに来るまでに結構汗をかいていたためそれに頷き賛同する。
歩き出した遥の後をついて行くと昨日行きたいと言っていたカフェは本当に近く、公園から徒歩五分ほどの位置にあった。白い壁、茶色い扉、テラス席、いかにもカフェという雰囲気の場所だった。遥はここに入るの初めてなんだよねーと言い、しかし臆することなく彩り豊かなリースの飾られた扉に手をかけた。ひんやりとした冷気が漂い同時にふわ、とコーヒーの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。店内はそれなりに人はいるものの落ち着いた雰囲気で、奥には個室も完備されているようだ。若い男性の店員が俺たちに気がつくと近づいてきて、それに遥は二名で、個室空いてるならそっちに行きたいです、と答えた。店員は頷き奥に通してくれた。奥には四席置かれており、どれもパーテーションで仕切られていた。簡易的だが知らない人と近くで飲むよりは断然いい。遥は座るとさっそくメニュー表のコーヒーのページを開き俺が見えるようにテーブルの真ん中においた。コーヒーが美味しいと言うだけあってかなりの種類が載っている。
「どれも美味しそうだね…悩むなぁ」
「コーヒー、好きなの」
「好きだよ!医者からはあんまり飲まないように言い聞かされてるけど、どうせ死ぬから関係ないしね」
…これが、もうすぐ死ぬ人の心理なのだろうかと疑問に思う。もし自分が遥の立場だったらどうして俺が、なんで周りは、と錯乱し泣き喚くだろう。遥の落ち着きぶりからすると、もしかしたら遥は生まれつき体が弱くいつかは死ぬということを察しながら生きてきたのかもしれない。そうなると余命宣告をされてもそっか、で済ませられてしまうのかもしれないと予想した。実際はどうだか分からないが、重い話をされても俺としてはどうにもできない問題だし聞かないことにする。当の本人も気楽にしているし。
「うーん…僕このおすすめのブレンドコーヒーのホットにする。朝比奈くんは?」
「じゃあ俺は同じやつのアイスで」
「わかった!あと何か食べる?」
メニューを差し出してくる遥に断りを入れると、自身はサンドイッチのメニューを見出した。朝食を食べてないのかを問うと、食べたけど軽くだから食べたくてと返ってきた。この調子だとデザートも食べそうな気がしてくる。少しすると食べたいものが決まったようでベルで店員を呼んだ。コーヒーが二つ、ミックスサンドが一皿、そして案の定プリンアラモードを一つ。コーヒーは濃さが選べて、俺は普通で砂糖とミルクあり、遥は濃いめでミルクだけだった。プリンが甘いからコーヒーは苦めにしたんだろう。店員がメニューを聞き終え去ると、遥は鞄をゴソゴソと漁りペンと、ファイルから文字の書かれた紙を取り出した。
「早速だけど、付き合うにあたってルール決めてきたから話すね。朝比奈くんに不利なルールはないから安心してね」
「…ありがとう」
遥の出してきた紙には手書きで一から十のルールが書いてあった。
「その一、付き合うのは夏休み期間のみ。これは昨日の七月二十一日から八月三十一日までのことね。この間はちゃんと恋人のフリをしてください。あ、でも無理にはしなくていいからね。あとなんか気に入らないことがあったら全然言ってくれて大丈夫だよ!」
「…わかった」
一応頷いたが、なんというか本当にさっぱりとしていてまるで付き合うという感じがしない。それどころか何かの契約をしている気分になってくる。一方の遥は全く気にしていないようでルールの説明を続けている。
「その二、一週間に一回、水曜日はデートをする日にすること。大丈夫?毎週水曜に塾とか入ってるなら曜日変更するけど」
「水曜は何もないし、塾も行ってない」
「じゃあ大丈夫だね」
俺の了承が取れると遥は自分が書いたルールの番号の横にチェックをつけた。もちろん一番目のルールの横にもチェックが入っている。
「その三、毎日通話すること。僕的には三十分くらいしたいけど、朝比奈くんが無理なら時間減らせるから。あと用事がある日は言ってもらえれば通話なしにもできるから。時間は寝る前かな」
嫌ならしない、ではなく無理なら減らせるという言葉にしっかりしているなと感じた。ルールの内容は変えられるが、ルール自体は無くせない、と遠回しに言っている。そのルールにも頷くと他のルール同様チェックが入った。
「その四、プライベートに干渉しない。これは家族のこととか学校のこと、友達のことはダメってルール。好きなものとか嫌いなもの、趣味とかは聞いても大丈夫だよ」
「わかった」
「その五、友達といる時は話しかけない。基本会って話しをしたりデートするのは水曜のみだから、それ以外の日はプライベート、見かけても話しかけないこと。どんな関係だって聞かれるの面倒でしょ?」
ニコッと笑う遥。どこかその笑顔に寂しさが見えた気がしたが気にせず頷いた。チェックを入れると一気に喋りすぎて口が乾いたのか、遥はペンを置いて先ほど席へ案内してくれた店員が持ってきた水を飲んだ。そういえば俺も喉が渇いていたな、と水を飲む。外が暑かった分水が美味しく感じられた。一息つくと遥はまたルールの説明に戻った。六個目のルールを口に出そうとして、なぜか遥は顔を少し俯けた。
「その六…えーと、キスは二回くらいまで。あ、別にキスは強制じゃないよ!最後までしなかったらしなかったでいいし」
「顔、赤いけど」
「気にしないで!このルールは大丈夫?」
若干頬が赤らんでいる遥は俺が大丈夫というとすぐにチェックをつけた。恥ずかしいならそんなルール作らなければいいのに。というかしなくていいなら恋人ごっこの必要ないのではと思ったが、遥自身はこれでいいと思っていそうなので口には出さないでおいた。
「その七、この関係は誰にも言わないこと。まぁ朝比奈くんが言うはずないけど、僕も周りには絶対言わないから」
「その点はよろしく」
「はーい。次、その八、俺の病気について何も聞かない。俺もあんまり言いたくないし、聞かれたくないからここは了承して欲しい。ただたまに体調がすごく悪くなる時があるから、その時はちゃんと言うね。再度言うけど、大体十月初旬には死んでると思うから」
あっけからんとしすぎてないか、と思わず聞きそうになったが問題ないと返答した。一応病気について聞かれたくないという気持ちはあるらしい。俺自身遥の病気について気にならない訳ではないが、たとえルールがなかったとしても聞いたところで答えてくれなさそうだなと思った。
「その九、家に行かない。これはさっきのプライベートに干渉しない、に関連してくるんだけどなるべくお互いのことだけを知るようにしよう。そのほうが後腐れない」
「そうだな」
「じゃあ最後の十、これが一番大事なんだけど」
遥が十番目のルールを説明しようとした時、タイミング悪く頼んだものが届いてしまう。すると遥はパッと紙を裏返し店員にありがとうございますと言い雰囲気を切り替えた。ミックスサンドがまず真ん中に置かれ、次にコーヒーがそれぞれの前に置かれ、最後に遥の方にプリンアラモードが置かれた。プリンアラモードはプリンを囲うようにクリームが配置されさらにその上に様々な果物が乗っており、目でも楽しめるようになっている。遥はその頂を見て目を輝かせており、いつの間にかスプーンを握って今にも食いつきそうだった。その様子に思わず笑いそうになる。
「コーヒーが目当てじゃなかったっけ」
「コーヒーも、飲むよ」
「先に飲めば?」
「プリン、一口だけ…」
「お前そのまま食い切るだろ。サンドイッチもあるんだから最後に食えよ」
「クリーム溶けちゃうかも」
「冷房効いてるから大丈夫だろ」
遥はスプーンを持った手を震わせながらそっと置き、ホットコーヒーにミルクを注いだ。どうにか我慢したらしい。俺もコーヒーに砂糖とミルくを適量入れてかき混ぜた。口に含んでみると、なるほど、美味しいと評判なだけある。コーヒー自体に甘味があり、砂糖もミルクもをあまり入れていないにも関わらず苦く感じない。これならコーヒーの苦味が苦手だという人でも飲めそうだ。それは遥も同じだったようで一口飲んで目を少し見開き、美味しいと呟いた。確かにこの店のおすすめと言うだけあってかなり美味しい。遥はそのまま二口、三口飲むと一旦カップをソーサーに置きサンドイッチに手をつけた。三種類のサンドイッチが二つずつきれいに並べられており、そのうちのツナとチーズが挟まったものを遥は食べた。それもかなり美味しかったようで目を輝かせている。こんなにもわかりやすい表情の人間を初めて見た気がする。それを食べ終えると遥は朝比奈くんも食べていいよと勧めてきた。不思議なもので、人が食べていると食べたくなってしまい俺もツナとチーズのサンドイッチを手に取った。ホットサンドではないものの中に入っているチーズは溶けており、食べると少し伸びた。
「朝比奈くんの言う通りサンドイッチから食べてよかった。そうじゃないとプリンを食べ終わるころにはこの感動には巡り会えなかったかもしれない……」
感動とは大袈裟な、とは思ったが実際これは暖かいうちに食べた方が美味しかっただろう。遥はそのままレタスとハムとトマトのサンドイッチ、ゆで卵ときゅうりのサンドイッチをペロリと平らげた。意外と食うな、と口にしてしまったところ病院食は不味いから退院するとどうしても食べちゃうんだよねと返された。つまり最近まで入院していたのだろうか。そこでふと思いついた疑問を口にする。
「お前、どこで俺のこと知ったの」
そう、もし今の言い方的に本当に入院していたなら俺のことをいつどこで、誰から聞いたのかが気になった。それにもし俺がゲイだと言う噂が広まりつつあるなら撤回したかった。聞いた瞬間、コーヒーを飲もうと口元にカップを近づけていた遥の動きが止まった。そのまま腕を降ろしカップをソーサーに戻すと、俺の方を見てにぃと口角をあげ、それから人差し指で唇をおさえた。所謂、シーッのポーズ。
「ナイショ」
こいつ……答える気がないことはとことん答えないつもりだ。
「これもプライベートに干渉しない、に入るのか?」
「まぁ、そうだね」
肩を竦める遥にきっとそれ以上答えてはくれないのだろうと割り切り、諦めてプリン食べればと言った。なんだか振り回されている気がする。それはまぁ、昨日会った時からなのだが。
プリンを食べ始めた遥はこれまた美味しいと表情に出しにこにこしながら食べ進めた。時折食べる?と首を傾げて聞いてくるが断った。幸せそうに食べる人から食べ物を奪うのは忍びない。その代わりに話題を提供することにする。
「甘いもの好きなの」
「食べれるものはみんな好きだよ。流石にアレルギー系は食べないけどね」
「アレルギーあるんだ」
「うん。蕎麦はアレルギーだから食べたことない」
じゃあたまに同じ釜で茹でられてるところがあるからそこは注意しないとな、と返すと遥はキョトンとした顔をした。まるでちゃんと気にかけてくれるんだと言わんばかりの顔に、確かに俺がそこまで気にする必要ないなと思い直す。俺は脅されて付き合ったわけだし、そこまでやってやる気もない。気をつけるのは本人がすればいいだけだ。だからなんでもないと首を振った。遥も頷き、自分でちゃんと注意するから気にしないでと言った。
パクパクと遥はプリンアラモードをサンドイッチと同じようにペロリと食べ終え美味しかった!と満足げに笑った。俺もそれに同意しそろそろルールの話に戻ろうと言おうとして、遥の唇の端にクリームがついていることに気がつく。普通ならそこでついてることを指摘すればいいだけなのだが、ふと先ほどの意趣返しをしたくなった。少し体を乗り出し遥の口元に手をやりクリームを拭い、そのまま指についたクリームを舐め取る。俺のその突拍子もない行動に呆然とする遥に、さっきナイショにした仕返し、と言うと途端に顔を真っ赤にしお手洗い!と叫んで個室を出て行ってしまった。一応ルールだけの関係だが恋人らしく振る舞ってみた結果、遥の想像より初心な行動に若干こっちも照れる。なぜだか遥はこういう行動に一切動じないイメージを勝手に抱いていたが、先ほどのルールのキスの話といい慣れていないのがよくわかる。よくよく考えれば昨日誰とも付き合ったことがないと言っていた。俺もそうだが、おそらく病院で生活していたと思われる遥の方がよっぽどそういうことには疎いんだろう。
少しすると遥は平常心を取り戻し帰って来て、ルールの話に戻ろうと言った。裏返していた紙を戻しペンを持つ。少し前髪が濡れている気がするが、顔を洗ったのかと指摘するとまた飛び出して行きそうだからやめておいた。
「それで、最後のルールなんだけどこれが一番重要だよ」
「ああ」
「別れた後は会わない」
別れた後…八月の最終日には別れているからつまり九月の間は会わないということか。余命が大体十月上旬だから一ヶ月だけになるが、その一ヶ月のためにこのルールは必要なのだろうか。疑問に思っていると遥は想定していたように、死ぬ前だと多分体ボロボロだしそんな姿見せて死ぬのも憐れまれるのも嫌なんだよねと説明した。確かに、そうかもしれない。もし自分が死ぬ時のそんな姿なんて親しい人物には見せたくないものだ。
「朝比奈くんはあくまで僕に付き合わされてるだけだし、なんの気兼ねもなく忘れて欲しいんだ。まぁそもそも終わりの方になったら病院に箱詰めだろうし会わないだろうけど」
「……わかった。最後のルールもチェック入れていい。あと、俺のことは徹でいい」
話題を変えようとしてそう言うと、遥はパッと表情を明るくさせて徹くん!と嬉しそうに言った。くんも要らないと伝えるとさらに嬉しそうに、けれど恥ずかしそうに徹、と俺の名前を口にした。その姿は正直可愛いのだが、さっきとのギャップが激しすぎて素直にそう思えなかった。
カフェでルールを全て説明し終わると、遥は映画に行こうと誘ってきた。昨日映画に行きたいと言っていたこともあり承諾し、なんの映画を見たいだと聞くと最近公開されたホラー映画が見たいと言う。恋愛ものを見せられるよりは断然いい。別に異性恋愛を非難するつもりは全くないが、どうしても自分が自由に恋愛できないことを思うと十分に楽しめない。遥はそもそも恋愛ものの映画自体が好きではないらしく、人の恋愛事情なんて聞いてても面白くないと話した。カフェで支払いを終え外に出る。時刻はちょうど昼過ぎくらいで、公園にいた時より暑さが増していた。遥はカバンから帽子と日傘を取り出し、少し歩くから持ってていいよ、と俺には小型の扇風機を渡してきた。かなり用意周到…というか、ここまで用意されてるなら映画も拒否権なかったのではと思ってしまう。しかし実際そうなのだろう、俺が拒否しても既に俺の秘密は遥の手の中だ。どうにかして連れていくに違いない。
「…腹黒」
「え、誰が」
思わず呟くと日傘を差した遥が振り返った。
「いや、俺が映画嫌がってもお前脅してでも連れて行きそうだなって思って」
「…………それで、腹黒?僕そこまで鬼じゃないよ。そもそも俺がバラすってなったら徹は俺と別れちゃうでしょ。そうしたら本末転倒だもん」
言われてみればそうである。遥がバラすと言えば俺は別れると脅せるし、俺が別れると言えば遥はバラすと脅せる。なんて脆く危ういバランスの関係なのだろう、付き合うなんてそんな関係ではない。眉を顰めていると遥はさっさ歩き出してしまい、その後を俺も追う。隣に並んで歩いていると昨日は気づかなかったがそれなりに身長差があった。十五センチほどだろう。少しつむじの見える遥の髪は真っ黒で染めたことがないのがよくわかる。対して俺の髪は校則がかなり緩いこともあって金髪で、何度かブリーチしている毛先は少しボサついている。地毛は茶色だ。毛先をつまんで見ていると、遥が大きくあくびをした。眠いのだろうか、と思って見ていると遥は俺の視線に気付いてこっちを向き、それから恥ずかしそうに目を逸らした。
「実は、楽しみすぎて眠れなかったんだよね」
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