3 / 14

7月22日 2

 その夜、早速と言わんばかりに遥から連絡が来た。映画に行って帰る直前忘れてた!と遥が叫びその際に交換し合ったものだ。俺の連絡先が手に入るだけで本当に嬉しそうだったことを鮮明に覚えている。送られてきたのはこんばんわ、と書かれ…何かよくわからない生物がお辞儀しているスタンプだった。なんだこれ。素直に思ったことを書くと心太くんだよ!と返ってきて、その後にポンポンと数度似たような生物のスタンプが送られてきた。透明な皿から透明な体を揺らす、それ。どうしても心太だと認めたくなくてノーセンキューというスタンプを送った。続けて怖がって目を塞ぐ猫のスタンプも送る。少しの間そうしてスタンプで会話を続けたあと、電話できる?と遥から聞いてきた。返事を送らずそのまま通話ボタンを押し電話をかけると、三コールほど続いた後プツッと音がして繋がった。 『きゅ、急にかけてこないでよ!心の準備ってものが僕にもあって!』  聞こえてきた遥の声は上擦っていて、後ろからバタンと扉を閉める音が聞こえた。違う部屋に居て慌てて自分の部屋に戻ってきたようだった。 「今日一日話してたのに?」 『今日だって緊張してたし、電話とはまた違うの!』  そういうもの?と問うとそういうもの!と怒られる。遥の声は電話だと少し低めで、風呂に入って寝る準備をしていた身としては眠くなる声質だ。なにか小声で文句を言った後遥は一息ついて徹から電話かけてきてくれるとは思ってなかった、と弱々しく言った。 『というか今日はもう疲れてるから電話しないって言われるかと思ってた』 「疲れてはいるけど、ルールだし」 『……ありがとう、でも本当にしんどい時とか疲れてる時は言ってね、無理されるのは嫌だから』  なんだか気を使わせている気がする。家に帰ると反省会するタイプの人間だろうか。 「急に塩らしくなるなよ。昨日今日の威勢はどうした」 『威勢良かったわけじゃなくない?』 「じゃあ言い方変える。脅して付き合ってんだから無茶振りすればいいだろ」  電話越しに遥が僕鬼じゃないしと呟くのが聞こえた。余命三ヶ月に同情しているのではないが、好きにすればいいとは思う。食事の後に飲んでいたいくつかの薬、時折見せる疲れた表情、完璧な日光対策、ちょっとした段差での息切れ。今日だけで遥が今どういう状態なのかが伺えた。大丈夫だよ、安心して、これくらいなら平気。今日だけでその言葉を幾度となく聞いた。……同情していないは嘘になるかもしれない。最初こそ本当にゲイをネタに付き合わされるなんて最悪だと思っていたのに、あまりにも…あまりにも、死にそうで。 「来週はどこに行くんだ」  死ぬという事実から目を背けるために話を変えた。遥はうーんと数秒悩んだ後、実はまだ決まってないんだと口にした。 「行きたいとこねぇの」 『ベタなのならたくさん』 「じゃあそのベタなやつ一からやればいい」  あくびがで始める。電話の時間は既に三十分を超えておりもう切っていい時間だったが、一応遥の返答を待ってみる。少しの逡巡の後、水族館がいいと言った。水族館か、確かにデートとしてはかなりベタだ。水族館だとこの辺が妥当だなと検索し遥に送る。すぐに既読がついて携帯をタップする音も聞こえてきた。 『わ、ありがとう徹』 「ちょっと遠いけど行けるか?」 『大丈夫!最悪這ってでも行くから!』 「それは怖いからやめろ」  ふふ、と遥が笑うのが聞こえた。遥は本当に一日中ずっと笑顔で、常に楽しいと感じていたようだった。  きっと遥は、俺が関係性がバレるのを恐れて遠くの水族館を選んだことを気づいている。気づいていながらも口に出さず、自分の体調を気にもかけず無理をする。もしかしたらそれが余命幾許もない遥の人生を削っているかもしれないに。急に黙った俺に遥がどうかした?と聞いてくる。変に考えていたことを悟られないために、そろそろ寝うかと言った。 「あ、そうだね!もう30分過ぎちゃったんだ…短いね」 「意外とな」 「今日は本当にありがとう徹!またあしたね」  おやすみ、といい電話を切る。いい感じに眠くなってきたが、ふと今日説明された一つ目のルールについて思い出した。ちゃんと恋人のフリをする、とはどういうことだろう。キス…はそもそもしてもしなくてもいいと言っていたし、やっぱり振る舞いだろうか。それとも行動?今まで恋愛経験がないせいでどれが恋人らしい言動なのかが分からない。  その夜、俺は“恋人らしい言動“と調べながら寝落ちした。  

ともだちにシェアしよう!