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8月15日
八月十五日
夏休みに入って早四週間。遥との関係はそれなりなものになり、俺自身も学校の友人と遊ぶなどして充実いした毎日を過ごしていた。今日は八月十五日、友人といろんなスポーツが楽しめるレジャー施設に来ていた。
「おっりゃあああ」
友人のひとりが一番おもいボーリングの球をピンめがけて転がし……綺麗にガーターになっていた。俺含め周りも大爆笑で、そんな重い球持つからだといじられている。
「だって最近俺ジムに通うようになったからさー!いけるかなって!」
「行ってどれくらいなんだよ」
「三日!」
それくらいで変わるか!とまた笑う。本当に楽しい。しかし頭のどこかで冷静な自分がいて嫌になる。こいつらも俺がゲイだと知ったらきっと……
「徹?次お前の番だぞ」
「え、あ、ごめん」
考え込んでいるうちに自分の番が回って来ていた。俺は適当な重さの球を手に取り、ピン目掛けてころがした。球は綺麗に真ん中に入ったものの、数本が倒れることなく残ってしまった。
「なんだよ徹、調子悪いぞ!さてはエロいことでも考えてたか?」
お調子者が俺の肩に腕を回す。俺は今まで培ってきた愛想笑いでそんなことないからと言った。
「でもさ、徹ってイケメンな割に女の影全然ないよな」
「そう、か?でもまぁ、金髪ってだけで結構倦厭されてるとこもあると思う」
どきりとする。こういう話題は苦手だ。大抵この話題から生まれるのはやっぱヤルのは気持ちいとか、女のあそこがいいとかそんな下世話な話だからだ。内心ため息をついていると、友人がなぁあそこ見てみろよと指差してきた。端の方のレーンに行くために、俺たちの後ろを男が二人手を繋いで歩いていた。ああ、終わったな。頭の中でそんな声が聞こえた。彼らはなにも思わないだろうが、周りはきっと彼らがいかに“普通ではない人種“であることを話し始めるに違いない。気持ち悪い、理解できない、どうして女じゃないとダメなのか、生産性のない…。
いつか自分に言われるかもしれない言葉たちを勝手に想像して気分が悪くなっていると、友人がいいなー!と叫んだ。
「俺も男でも女でもいいから恋人欲しいー!ラブラブしたい!」
思わず耳を疑った。なんて、言った?いいなーって、彼氏でも彼女でもいいから欲しいって、言った?
「お前そんなんなんだから恋人出来ねぇんだろー」
「だってもうひとりぼっちのクリスマスは嫌なのよー!」
「でもまぁ、そろそろ俺らも恋人欲しいよな…」
うんうんと頷く友人たちに俺は完全に固まってしまった。
「……偏見とか、ないんだ」
ぼんやりとそんなことを呟くと、友人が今はそんな世の中じゃないだろー?と言った。
「え、それともなに。徹ってそういうの受け入れられないタイプ?」
「いや…中学の時、一個上の先輩がゲイだってバレて学校辞めてるから…」
「うわなにそれキッツイな。別に誰が誰を愛そうと勝手じゃね!」
「それなー。周りにとやかく言われる筋合いはないっつの」
「そう、だよな…」
あまりにも普通に話すから、俺の認識が間違っていたのだろうかと思ってしまった。実際まだまだ偏見の目は強いとは思う。それでも…こうして少なからず肯定的な意見があることに俺は安堵した。
友人たちと駅まで歩いている最中、俺は見覚えのある背中を見つけた。友人たちにこっちに用があるからと言って別れ、若干フラフラしている気がする人物に慌てて駆け寄る。前に倒れかけた体を支えると、それはやはり遥だった。お礼を言いながら顔を上げて、遥は目を見開く。
「とおる…」
遥はマスクをしていて顔が赤く、支えている腕から体がかなり熱いのが感じ取れた。いくら夕方とはいえまだまだ暑い。この炎天下の中、熱を出しているのになんで歩いてるんだこいつは。
「なにしてんの」
「かぜ、引いて…冷却シートとマスクと風邪薬を買いに行かなきゃで…」
手元を見ると確かに白い袋があった。でもなんでそれを遥が買いに行ってるんだ。
「家族は?」
「今、ちょうど出払ってて」
「先生は?」
「急患診てる…」
怒られると思っているのか遥の声が段々と小声になってきている。正直イライラはしている。
「なんで俺よばねぇの」
「……だって、今日友達と遊ぶって言ってたじゃん。邪魔したくなかった」
「確かにそれは昨日電話で話したけど…風邪引いてるって分かってたら見舞いくらい、」
「だ、だめ」
俺の言葉を遮った遥に思わずはぁとため息をついた。家を教えるのはプライベートだからルール違反だとでも言いたいのか。
「どっちにしても、俺は一応お前の恋人なんだから心配するってこと覚えとけ」
「……ごめんなさい」
弱々しく遥が謝罪し、指で手の甲を掻いた。…この仕草は照れている時にするものだと思っていたけど、今は照れいている感じもしないしよく分からない。
どっちにしてもここで突っ立ってても埒が開かない。俺は遥に背を向けて道路に片膝をつき、乗れと言った。
「えっ、いや歩けるよ!」
「さっさと、いいから、乗れ」
「う、う……ありがとう」
俺の有無を言わせぬ態度に遥が折れた。
これくらいは聞いていいだろう、と家はこの辺り?と聞いた。すると遥は正確な場所を聞いているわけじゃないからか違うよと答えてくれた。
「僕、風邪薬も通常のやつ飲めないから、風邪用の処方が必要なんだ。いつも行ってる薬局がこの近くだからこっちまで来ただけ」
「そっか」
背中で揺れる遥は熱く……軽い。身長は百六十二センチと言っていたが、きっと体重は平均を下回っているんだろう。
「徹、どこまで行くの?」
「俺の家」
「えっ」
「迎え呼んで、誰か来れるようになるまで家にいたらいいから。あと、“家に行かない“ってルールがあるから行かないって言うなら、耳塞いで目も瞑ってればいい。そしたら俺の家だって知らないことになるだろ」
これはさっき俺が考えたルールの抜け穴だ。知りたくないけどどうしても知らなければならない場合、知らなかったことにしてしまえばいい。若干屁理屈のような気がするが、このままの状態の遥を家に帰すわけにはいかない。本人は自分のことを隠したがるし、このような方法しかないんだ。
「…ごめんね」
「こう言う時は謝罪じゃなくてありがとうが聞きたい」
「うん、徹、ありがとう」
遥がいた場所は俺の家から歩いて十五分くらいの所で、歩いて帰っても別にそれほど苦ではない距離だ。レジャー施設自体が家から近くて良かったと思う。じゃないと俺は電車で帰ることになりこんな状態で歩く遥を見つけられなかった。
家に着いて遥を玄関に降ろすと、遥はおぼつかない足取りで玄関に座り靴を脱ぎ出した。よく見れば靴下は左右違うものを履いていて、家を出る時にはすでに意識朦朧としていたんじゃないかと余計に心配になってくる。昨日話した時は普通だったけど…遥は体調不良を隠す癖があるから分からない。動物は本能的に体調不良を隠すというが、遥は野生動物かもしれないという馬鹿みたいな想像をした。そんなはずがはないことはわかっている。小さい頃から体が弱かったせいで、隠す術を身につけているだけだ。そのせいで俺は今遥がいつから体調が悪いのか予想がつかなくて困ってるわけだが。
俺が黙っている間に、何故か遥は靴下も脱いでいた。靴下を指差してなんで脱いだんだ?と指摘すれば不思議そうな顔をしている。熱でぼんやりしているせいか自分のやっていることがわかっていないようだった。本当に大丈夫なんだろうかと思いつつ、とりあえず遥を部屋に運ぶために背負おうとしゃがんだら、何故か腕で背中を押された。
「どうかした?」
「……帰る」
「え、は?!」
「とおるが、おこってるからかえる」
思わずポカンと口を開けて固まってしまった俺は悪くないと思う。いや確かにさっきまで黙ってたけど、靴下なんで脱いだんだって聞いたけど。それを遥は怒っていると勘違いしているらしい。
「怒って、ないから」
「だってあんまりしゃべってくれないもん」
舌っ足らずな言い方に口を手で押さえてにやけているのを隠す。ごめん、可愛い。でもこのまま玄関にいてもしんどいだけだろう。どうするべきか悩んでいると遥は手をもじもじさせた後、大きく腕を俺の方に広げてきた。
「怒ってないなら、抱っこして」
「ぐ、」
にやけるな俺。にやけるな俺。煩悩退散。俺は一度天井を仰ぎ見て、遥の要望通り脇の下に腕を入れて抱き上げた。うん、やっぱり軽いから全く負担ではない。でも俺の耳に遥の息が掛かるのはいただけない。俺は遥に負担がかからない程度に早歩きをして部屋に運ぶことに成功した。なんでだろう、外で遥を背負っていた時より疲れている気がする。それに体が暑い。
ベッドに降ろすと、遥は緩慢な動きでカーディガンを脱ごうと胸元に手をやったがうまくボタンが外せないようで、俺がカーディガンを脱がすことになった。俺が必死で煩悩退散と唱えている間、遥はぼんやりと部屋の中をキョロキョロ見渡していた。
「とおるの部屋、本だらけ」
「ああ、うん」
よくこの見た目で、と言われるが俺は本が好きだ。金髪にしているのはただ単に人を寄せ付けないようにするためだけだ。
部屋にある本棚は俺の身長より少し大きく、そこにはぎっしりいろんな本が入っていた。漫画も読むけど、時間を潰せるのはやっぱり小説だった。そうしたらこんなに集まっていた。そういえば最近は遥と話すのが楽しくて本は買っていない。
カーディガンを脱がせ終わると、遥はお邪魔しますと一言言って枕に倒れ込んだ。やっぱりしんどかったんだなとカーディガンをハンガーにかけながら思う。
「とおるのおすすめの本って、ある?」
「おすすめ、か」
普段適当に買って読んでいるから、おすすめとか何度も読み返す本はほとんどない。悩んでいると、ふとある本のことを思い出した。俺は基本的に本棚が埋まったら古い本を売るようにしているのだが、その中かで一つだけ残している本がある。本棚の奥にしまい込んでるためいくつか本を抜き、後ろの本を取りだし確認する。そのままその本を寝転んでいる遥に渡した。
「これ」
「これがとおるのおすすめ?」
「おすすめというか、なんか捨てられない本、みたいな」
そうなんだ、と呟くと遥は本を開いて題名を読み上げた。
――愛した人の眠らせ方
自分の境遇に共感して買った本だ。主人公は俺と同じくゲイで、周りの視線を気にしながら生きてきた。そんなある時、主人公を好きだと言ってくれる人に出会う。今まで人の醜さを見ながら生きてきた主人公は、その相手を信じることが出来なかった。そんな折、その相手が不慮の事故に遭う。突然会えなくなってしまったことで主人公は相手の大切さを感じ、自ら告白を決意する。でも、相手は既に死んでしまって、主人公は亡骸に向かって好きだと告白する……そんな、救いのない話。これをおすすめするのはどうかと思うが、何度も読んだ作品ではある。それに…これは今の俺たちによく似た状況だと思うから。
「おもしろい?」
「面白くは無い。最後は救いがないし、正直絶望する」
「ええ…どんな本を僕に貸そうとしてるの」
遥は後ろのあらすじを読んだ後、ペラペラと本をめくり始めた。なんだかんだ言いつつ読んでくれるらしい。数ページ読むと、遥は本をぱたんと閉じて借りるねありがとうと言った。俺はもう、その本は返ってこないだろうとなんとなくわかっていた。俺たち会うのは後三回、そのうちの一回はただの別れの挨拶になるだろうことは予想できている。でも俺も遥も何も言わなかった。
「徹って、なんでゲイってこと頑なに隠すの」
ゴロンと遥は俺から背を向けて聞いてきた。初めて、遥は俺に対して内面的なことを聞いてきた気がする。今までは好きなものや行ったことのある場所など表面上のことは聞いてきたが、こんな風にデリケートな部分を聞かれたのは出会ってから一度もない。というか住んでる場所や学校なんかは遥が一方的に知っていたから遥は聞く必要がなかっただけのように思う。
俺はベッドの横に遥とは背中合わせに座って、なんとなく手を組んで口を開いた。
「…父親のことが、あるからかな」
「お父さん?」
「俺がカミングアアウトした日から一切話しかけてこない」
「……」
遥が顔を顰めた。そりゃそういう顔にもなるよなと無意味に笑うと、遥がお父さんに話しかけたことはあるのと聞いてきた。
「え、いや……そういえば、ない、かも…元々あんまり喋るような人じゃなかったんだけど、俺がカミングアアウトした次の日から挨拶しても何も返さなくなったから話したくないとばかり思ってた」
「…あんまりこういう言い方したくないけど、ちゃんと話さないと。徹にとってそれがずっと蟠りになるのは僕も嫌だよ」
初めてそんなことを言われた、というよりこんなことを話すのが初めてだった。俺は父さんから嫌われていると勝手に思い込んでいただけなんだろうか。でも次の日から話さなくなったのも事実で…あれ、でもあの時確か父さんは会社で何か重大なトラブルがあって急いでいたような気もする。もしかして、本当に俺の勘違いなのかもしれない。
俺が記憶を辿っていると、遥が口出してごめんねと謝ってきた。
「いや、全然いい。むしろ…ありがとう。俺の勘違いかもしれないって今更気づかされたよ」
「…そっか」
あともう一つあげるとすれば、ゲイってことを隠す理由の大部分は中学の時に起こった出来事のせいだろう。ゲイとわかった時のこと、先輩のこと、退学のこと…そのことを簡単に遥に話せば、寝返りを打って俺の方を向いた。悲しそうな顔。
「…酷い話。そんなの経験したら二度と周りに話したくなくなるよね」
「まあその出来事が大きかったな」
今でこそそんなに過剰に反応する必要はないと思うが…当時は中学生という多感な時期のせいでやけにややこしく考えてしまっていたとこはあるだろう。ある程度年数を重ねたことでそう思えるようになった。
そんなふうに当時のことをわかったかのように話せば、ギシリと背中から音がした。振り返れば遥が起き上がっていて俺が寝てろよと肩を押すと…抱きしめられた。初めて、遥の方から、抱きしめられた。その事実に驚き固まっていると、遥はそっと俺から体を離し泣きそうな顔で徹はそのままでいいんだよと言った。
「隠す必要なんてない。徹は、徹のままで、生きてていいんだよ」
その言葉になんともいえないものが胸の辺りに広がっていった。
「その先輩だってそう、ただ生きているだけで誰かに謂れる筋合いなんてない」
そのまま遥はずるずると俺の腕の中から落ちていった。起き上がったものの限界が来たらしい。
「あり、がとう…」
「……こんなことしか言えないけど、でも、徹はもう過去に振り回される必要なんてないんだよ。許されたいなんて思う必要ないんだよ」
布団に戻った遥の目には、憐れみなんて浮かんでいない。ただ、慈悲がそこにはあった。赦しではなく、ただ、慈愛がある。
確かに俺は、ゲイに生まれたことにどこか後ろめたい気持ちがあったように思う。親への負い目、引け目、社会と同じことをできない自分はどこかこの世界にはいてはいけない気がしていた。そうか、俺はいてもいいんだ、この世界に。
横たわる遥の髪を撫でありがとうと言う。一度もこんな感じで自分の中身を誰かに曝け出したことがなかったせいか、非常にスッキリした気分になった。
「僕何もしてないのけどね…」
「いや…すごく、気分が楽になったよ。それにさ、最近世界はそんなに冷たくないんじゃないかって思えるようになったんだ」
「そうなの?」
首を傾げる遥に今朝遊んだ友人たちとの会話を聞かせればまるで自分のことのようによかったね!と喜んでくれた。そう、この嬉しそうな顔が俺は好きだ。絶対に忘れることはないだろう。
話もほどほどに俺は遥の枕元からここに相手あると邪魔だろうと本を取り、一旦机の上に置くためにベッドから離れた。
「さて、そろそろ迎え呼んで休んでろよ。熱あるんだから」
「…迎え呼んじゃったら徹といる時間減っちゃうじゃん」
「でも、体だるいんだろ」
「そうだけど…せっかく水曜以外の日に徹に会えて嬉しいのに…」
少し頬を膨らませてそっぽを向く遥。ほんと可愛いなとにやける頬を隠し……ぱっと振り返れば遥は布団に潜っていた。今、なんて言った?せっかく水曜以外の日に俺に会えて嬉しいのにって…裏を返せば水曜以外も俺に会いたいと言っているような気がするんだが。深読みしれない、でももしそれが本当なら。
「遥」
「忘れて」
「遥」
「ごめん寝るね、おやすみ」
ベッドの脇に歩いて行って、布団を引っ張ってみる。絶対に取られたくないという意思があるようだ。
「引っ張らないで」
「遥、」
「なに、僕寝たいんだけど…」
「何も聞かないから、顔見せて」
もぞもぞ、と 布団が動く。遥がちらりと顔を見せたのをいいことにそこから布団を剥がした。
「っ、」
布団を取り戻すために起き上がろうとする遥の手を布団に押し付け顔を近づけた。ほんとに真っ赤で、リンゴみたい。そういえばこうして会うのはあの日観覧車でキスして以来だ。遥もその事を思い出してくれているだろうか。
小さく首を振って震える遥がかわいい。それをそのまま口を出せば遥は目をギュッと瞑って現実逃避し始める。そうはさせまい、とそっと唇を重ねた。びくりと遥の体が跳ねる。唇を離せば、泣きそうな顔でやだ…と言った。
「嫌?」
「やだ…」
「恥ずかしいだけだろ」
その泣きそうな顔も、多分恥ずかしさで死にそうなだけなんだろう。そんな所もかわいい。かわいい。遥は、いちばんかわいい。
「そ、そもそもなんでキスするの、離して、早死にしちゃう、あと風邪も移っちゃう」
「キスは二回したいって言ったの、遥だろ。離さないよ、早死にもさせない。あと、風邪は移した方が早く治るらしいぞ」
え、そうなの?と聞き返してきた遥の唇にもう一度キスを落とした。
「俺に、会いたい?」
「さっき聞かないって言ったのに!」
「遥、答えて」
「〜〜〜〜会いたい、会いたいよ!悪い?!」
逆ギレされたがそこも可愛い。俺も会いたいよと遥の耳元で告げて、震える口にキスをした。
一時間後、遥から連絡を受けた先生によってタクシーが呼ばれ遥はフラフラになりながら帰って行った。熱のせいか、はたまた俺のせいか。これでルールのキスは二回したい、は達成された。でも何故か俺は、物足りない気がしていた。
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