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8月19日

 最初からわかっていたことだった。  でも、それでも、まだ大丈夫なんだと思いたかったんだ。  待ち合わせの駅、遥がトイレから帰ってこなくて今回も薬を飲み忘れたんだと思っていた。  俺が見つけた時には遥は床に倒れていた。  抱き抱えて、手に着く血を見て、頭が真っ白になった。  病院に着くまで気が気でなかった。頼むから死なないでくれ、お願いだから置いていかないでくれ、せめて、せめてこの関係が終わる日までは……。  処置室に運ばれていく遥を見送ると、電話越しでしか知らなかった遥の担当医が後ろから俺の肩を叩いてきた。担当医は俺を責めることもなく、ただ、あいつは強い、そんなに簡単に死ぬやつやないと言ってくれた。俺が意地からでも止めていればと思っても、それは後の祭りだ。そんなことはわかっていても、昨日の電話でなんとなく遥の体調が気づいていた自分を責めずにはいられない。ぼんやりとした遥の返事、たまにする咳、会話のテンポは悪かった。でもあの時俺は、遥と会いたくて、もっと一緒にいたくて、明日はやめておこうという言葉を口に出さなかった。体調不良が遥にどれだけ影響を及ぼすのか、考えられていなかった。自分のことばかりだった。  時間の感覚がなくなってきた頃、処置室から担当医が出てきて遥は小部屋に移されたと言って案内してくれた。部屋に入ると、遥は酸素マスクと点滴をつけていた。俺と目があった瞬間、マスクを外して顔色の悪い状態で笑みを浮かべてきた。体を起こそうとするから肩を押さえて起きるなと寝かせる。 「ごめん、ね」 「もう何も喋るな」 「……やだよ。もう時間ないのに、今のうちにいっぱい喋っておかないと、思い出残せない、じゃん」  思い出…きっと、日常で行われるただの会話も、動作も、遥にとっては二度と感じることのできない思い出になるんだろう。そう考えると何もせず寝ろと言う方が酷な気がしてきた。  近くにあった椅子に座ると、遥が重そうな腕を俺の方に伸ばしてきた。そのまま頬に当てて握れば手の冷たさに意図せず驚く。先生は一命を取り留めたと言っていた。でも、この手の冷たさはまるで…。それ以上考えたくなくて俺は遥の手をさらに強く握りしめた。遥は軽く息を吐いた後、泣かないでと笑って言った。 「泣いてない」 「でも、泣きそうな顔してるよ」 「仕方ないだろ、血を吐いて倒れていたのを見てどれだけ驚いたと思ってんだ」 「ごめんね…」 「謝るのは俺の方だ。昨日体調悪いのに気づいてたのに俺は…」 「そこから先は聞きたくない」  遥はムッとした顔をして俺の話を突っぱねた。それから俺が制止するのも無視して無理やり起き上がった。 「僕が何も言わなかったのが悪い。体調管理をちゃんとできていなかった僕の責任。徹は何も悪くないの」 「……」 「そもそも付き合わせてるの、僕だし」 「今の言葉絶対もう言うな」 「じゃあ徹も変に自分を責めないで」  俺は少し遥から目を離し、鷹揚に頷いた。すると遥はゆっくりまたベッドに横になり深呼吸をした。今の動きでだいぶ疲れてしまったようだ。俺もここにようやく一息ついた。とりあえず、今日は絶対安静だろうからあと少しここで話して帰ることにする。じゃないと遥は外に出たいと言い出すかもしれない。当の本人は点滴の針の刺さった自分の腕を持ち上げて、美術館行きたかったのにと呟いている。今日の予定は美術館だった。絵の展覧会と古代の遺物が同時に行われているらしく、今日はかなり遠出をする予定だったが…確実に無理だ。遥はため息をついた後、俺の方を見てねぇと声をかけてきた。   「来週、行きたいとこあるんだけど」  その発言に思わず怒鳴りそうになったが深く息を吸い込むことでどうにか落ち着けた。 「無理に決まってるだろ」 「でも」 「今のお前の体調わかって言ってんの」 「わかってるよ」  静かだが意思をはっきり持った遥の声。遥の方を見れば、俺の目をじっと見つめていた。たじろぐ程に強い視線に目が逸らせない。 「わかってるから、最後のわがまま。僕と、夏祭り行ってくれる?」  八月二十六日、そういえばその日は三日間ある祭りの最終日だ。もし、遥がその時にまた倒れたら、血を吐いたら、死んでしまったら。嫌な考えが頭の中を過ぎ去っていったが、遥の視線に負けて俺は頷いてしまった。遥は安心した笑みを浮かべて、ごめん眠いから寝るね、と目を瞑った。 「僕も、徹に会いたいの。だから自分のこと責めないでね…」  遥はそれを言って以降本当に眠ってしまったようだった。先週は恥ずかしがってキレてたくせに、と俺が呟いたのが聞こえたのか、遥の寝顔は少し和らいで見えた。    

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