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8月26日
病院に担ぎ込まれて以来、遥とは電話をしていない。あれから遥はずっと病院にいたようで、メッセージこそ送ってくるものの通話はできない状況だったようだ。祭りに行きたいと言った時はそれはもうとてつもなく怒鳴られたと悲しそうなスタンプ付きで送られてきた。何度も何度も何度も頼み込んでようやく許可が降りたらしい。それほどまでに遥は夏祭に行きたいみたいだった。
確かに、俺の住む地域の祭りはかなり大規模だ。神社周辺ではたくさんの屋台が出るし、最後は花火も上がる。俺自身も小さい頃からずっと来ている祭りだった。遥は一度だけ祭りに来たことがあるらしい。でもそれは許可が降りたわけではなく勝手に病院を抜け出して行ったと話していた。入院していた病院の目の前が神社で毎年祭りがある度に行けない虚しさに浸っていた、と。そしてついに我慢できなくなり、入院中にできた同じくらいの背丈の友達に頼んで替え玉をしてもらい病院を抜け出した。初めて見る大勢の人、夜の美しさ、病院では食べられない食べ物。全てのものが新鮮で駆け回っていた時、替え玉がバレて先生に連れ戻されこれでもかと言うほど怒られたらしい。文面から見るに怒られたその思い出すら遥には楽しい記憶だったようだ。
待ち合わせ時間は十七時、場所は学校前の駅。遥の体調を考慮して、俺は学校近くの祭り会場を選んだ。この地域の祭りは三ヶ所で開催されていて、遥の入院している病院から近いのが俺の学校近くの会場だったためそこを選んだ。もう俺のことなんて気にしていられない。俺が遥といることでゲイだとバレようと、どうだっていい。ただ遥の最後の思い出になればいい、それだけだ。
前日のうちにちゃんと先生に許可を取ったのか、本当に体調は大丈夫なのかを確認した上で待ち合わせ場所と時間を決めた。先生にもちゃんと時間を伝えることも約束させた。俺があまりにも確認するせいか、遥は最後の方はげんなりして徹が先生みたいになっちゃったと苦言を呈されてしまった。
そうして当日になって、俺が待ち合わせ場所である学校の前の駅に着いたのは十六時十五分だった。会いたいが故に早めに出てしまい結果遥みたいなことをしてしまった。学校の近くだと言うこともあり結構な数の同級生がいる。多分待ち合わせ場所としてこの駅を使っているんだろう。この中から遥を探すのは大変だろうなと思いながら携帯のメッセージを開く。駅に着いた、そう送ればすぐに既読がついて酷いと返ってきた。
『僕には早く着くなって言っておいて、徹は早くつくのずるくない?』
『俺はいいんだよ。俺は体調悪くないんで』
『うっわ〜言い方腹立つ!そんなんだとモテないよ!』
『遥にだけモテてればそれでいい』
返信が途切れる。きっと携帯の向こう側で唸っているに違いない。数分後、ピコンと音がして携帯を見ると、馬鹿、と一言だけメッセージが入っていた。
暇つぶしに携帯でゲームをやっていると声をかけられた。振り向けば同じクラスの女子二人浴衣姿で立っていた。教室で見るよりしっかり化粧をしている。
「朝比奈くんやっほ!」
「ああ、うん。こんばんは」
「やだノリわるーい」
何が面白いのは手を叩いて笑っている。面倒なのに見つかったなと思っていると、一人が今一人なの?と聞いてきた。
「あー、いや、人待ってる」
「だれ〜?田中とか指原とか?」
「まぁうん。そんな感じ」
遥が来るまでだからと適当に相槌を打つ。こうして話していると、自分が本当に女に興味がなんだなと思い知らされる。…してはいけないこととわかっているのに、遥との会話の差を考えてしまう。遥ならこんなことを言うだろう、こんなとこが可愛いだろう…と。
俺がさして自分たちのことに興味がないと悟ったのか、二人は何かを耳打ちした後俺の方を上目遣いに見てきた。遥の方が断然可愛い。
「……ところでさ、お誘いなんだけど」
「なに?」
「もしその待ち合わせしている人がよければなんだけど、一緒に祭り回らな――」
「徹!!」
名前を呼ばれてすぐに声の方向を向いた。
遥、だった。
でも、今までと全く違っていた。
赤いピンで止めた黒髪、白い浴衣、赤い金魚、桃色の帯…それはまるで、女の子のような。
思わず見惚れていると、遥は俺のとこにつかつかと歩いてきて腕を引っ張った。
「い、行かないのっ?」
顔を真っ赤にして今にも逃げ出しそうなのに、俺を女子二人から引き離したくて仕方がないみたいな。俺は早くその格好について問いただしたくて、遥の手を取ると2人に見せつけるように顔の前まで掲げた。
「……ごめん、恋人と回るから」
「はぁ?!」
女子二人が困惑する中、俺は遥の手を引いて歩き出した。そしてある程度駅から離れると適当な裏路地に連れ込んだ。祭りの会場である神社に行くまでの道には住宅街が広がっていて、簡単に裏路地に入ることが出来る。遥は改めて俺を見ると顔を赤らめさせ、俯いた。髪をふわりと撫でると上目遣い気味に俺を見てくる。断然こっちの方が可愛い。
「なに、そのかわいいの」
「だ、って…徹、僕の体調気にしてわざと近場にしてくれたでしょ…だったら僕も、なんかしなきゃって思って」
それで、女の子の格好。隣に並んでも、手を繋いでもキスをしても…おかしくないように。
今の遥は本当に女の子に見える。元々若干女顔だが、髪型と服装を少しいじるだけでこんなに変わるのかと思うほどだ。白い色の浴衣は色白な遥の輪郭を少しぼやけさせているが、赤い金魚のお陰で引き締まって見える。ピンクの帯のおかげで可愛らしさが追加されて、黄色の巾着袋は所々金色のラメが入っていてワンポイントでこれも可愛い。
「化粧も、してる?」
「…うん」
顔をよく見ると、目元にはアイラインが引かれていて唇は薄桃色のリップが塗られているようだ。あまり化粧には詳しくないが、ここまで綺麗に仕上げるのに苦労しただろうと思う。それに髪の毛もいつもより長くて、にエクステをつけているんだと気づいた。この姿にしてくれたのが俺のためだと思うと嬉しくなってどうしてもにやけてしまう。
「……ありがとうな」
「こちらこそ…お願い聞いてくれてありがとう」
そう、これは遥の最後の願い。もう二度とどこにも行けないであろう遥の、一生のお願いだ。
先程から携帯が通知を知らせるために振動を続けているが、タイミング的にも多分、さっきの女子たちが周りに言いふらしたんだろうと思っている。鳴り止まないのはクラスのグループメッセージか、それとも個人メッセージか。いずれにしても今は見る気など起きなかった。一生懸命綿菓子を食べている遥を見る方が楽しいからだ。
「おいしい?」
「おいしいけど…べたべたする」
さっき寄った綿菓子屋で、遥は迷いに迷った挙句ぶどう味を選んで食べていた。しかし初めて食べる綿菓子はどう食べればいいのか分からないようで悪戦苦闘をしている。啄むたびにベタベタすると困り顔な遥の頬をそっと触り、確かにベタベタしてるなと笑いかけたら下駄で足を踏まれそうになった。
「凶暴すぎ」
「徹が触るからでしょっ」
「恋人に触ることの何がダメ?」
「う、ぐ…こいびと…」
遥の計らいによって俺が堂々と人目を気にせず恋人と口に出せるようになった。皮肉なことだと思う。あれだけ女に興味はないと自負していたのに、女の子の格好をした遥は可愛いと思ってしまうのだから。
「徹は何か食べないの」
話を逸らした。可愛い。
俺は周りを見渡して、それから首を振った。
「俺は遥が食べてるとこを見てるだけでいい」
「ねぇ、僕を早死にさせたいの?」
「そんなことあるわけないだろ。ただ遥が可愛いから…」
「あーあーあーもう聞きたくない!耳が痒い!恥ずかしい!」
遥はようやく食べ終わった綿菓子の串を俺の方に差し出して、捨ててきて!とわがまま全開に言った。俺は笑って受け取り仰せの通りにと従順な従者を演じた。
遥を神社の御神木近くに待たせ少し離れたゴミ箱に串を捨てに行く。その間にも手を繋ぐ男女を出くわした。こう見ると本当にカップルが多いなと感じる。俺と遥もこんな感じに見えているんだろうなと思うと何故だか嬉しく思う。まるで自分が普通の人と同じになれたような気がする。
ゴミを捨てて屋台の連なる道を戻っていると、匂いに釣られて腹が減ってきてたこ焼きの屋台に寄った。遥も食べるかもしれないと思いついでに唐揚げと焼きそば、フランクフルトも買っていく。フランクフルトを買った後で食べる遥を想像してよからぬことを考えそうになり頭を振って追い出した。
――あの日、風邪を引いた遥を部屋に連れてきて休ませた日。もしあの時遥が風邪を引いていなかったら、俺はどうしたんだろうと遥が帰った後考えた。襲ったか、襲わなかったか。多分襲わなかっただろう。俺も遥も、気持ちは通じ合っていない。いや、言葉にしていないだけだけど…。いまだに俺は遥の気持ちがわからない。わかっていることは、俺が遥を好きになってしまったということ。決定的なことは多分ない。徐々に、段々と、遥が好きになっていった。笑う顔、幸せそうな顔、俺のために無茶してしまうところ、会いたいと思ってくれているとろ、子供にも優しいところ、一緒にいる時間が短くなるのを嫌がるところ、病気を隠そうとするところ、自分のことのように喜んでくれるところ、何もかも秘密にしてしまうところ、意地悪そうな顔をする癖にすぐに俺に負かされてしまうところ、ちょっとしたスキンシップであっても恥ずかしがるところ、キスをすると震えてしまうところ、――ゲイである俺を好いていてくれるところ。好きなところはたくさんあるのに、それを伝えることはできない。それを、遥が望んでいない。…いや、遥のせいじゃない、俺が臆病なだけだ。あの小説みたいに愛していると伝えようとした相手がもう二度と目を覚まさないなんて俺はきっと耐えられない。だから俺は今のこの気持ちを胸に仕舞い込むしかできないんだ。
結局、袋がいっぱいになる程食べ物を買ってしまった。二人でこれだけの量を食べ切れるか?と疑問に思いながら遥の待つ御神木の前に帰ってくると、遥はしゃがんで待っていた。また体調が悪くなったのかと慌てて駆けつけると、下駄をいじっているだけだったようだ。体を起こし俺に気付いた遥はおかえりと嬉しそうに言った。
「びっくりした…」
「え、あ、ごめんね。ちょっと鼻緒の部分が痛くていじってた」
「大丈夫か?」
「うん、クッションが外れてただけだったから」
そう言って遥は俺の前でカラコロと下駄を鳴らしながら歩いてみせた。もし痛かったらこんなふうに動けないみたいだし、本当みたいだった。
気を取り直して色々買ってきたからと俺は遥に袋を差し出した。何があるの、と遥が袋を覗いて吟味し始める。たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、フライドポテト、唐揚げ、フランクフルト……目についたものを適当に買い漁った結果、大量になってしまった。袋の中身を見た遥は一瞬固まり、笑い出した。
「買いすぎだよ徹!これ二人で頑張らないと食べきれない!」
あははと笑う遥につられて、俺も笑ってしまう。そう、俺たちはこれでいい。完璧な恋人のように振る舞えなくてもいいし、好きだと言い合う関係でなくてもいい。ただ、……この関係は終わらせたくない。
遥は笑いながら歩きながら食べよう、と唐揚げを袋から出して食べ始めた。俺はフライドポテトを取り出して食べ始めた。唐揚げは買う時に屋台のおじさんが一つおまけしてくれていて、五個のところ六個になっている。ありがたいが、買った量が量なだけに厳しい戦いになりそうだ。ポテトも大盛りと旗に書いていただけあって結構量が多い。…食べきれなかったら最悪、持って帰って温めて食べよう。
「徹は祭りで好きな食べ物ってある?」
唐揚げを口に頬張りながら遥が聞いてくる。
「好きな食べ物…か。クレープは好きかな」
「あ、僕も好き。祭りなだけあってちょっとお高めなんだけど、気分の問題かいつも買うものよりすごく美味しく感じるんだよね。ちなみに種類はどれが好き?」
「チョコバナナ」
「ど定番、でもいいよね。僕はいちごホイップかな〜」
昔からパフェでもクレープでも、頼むのはチョコバナナだった。一瞬新商品や期間限定に目移りすることもあるが、基本的に定番が好きだ。安定して美味しいし何よりハズレがない。逆に遥は期間限定に弱そうなだと思って聞くと、正解よくわかったねと驚かれた。
「すぐどれにしよう〜ってなっちゃうんだよね。優柔不断っていうか…」
「じゃあ今度一緒に食べるときは俺と別のを頼んでシェアしよう」
口に出して、ああ、そんな機会はないのにと自分で墓穴を掘ったことに気づいた。俺と遥に未来の話はできない。それでも遥は嬉しそうにやったとガッツポーズをした。
「定番じゃなくなっちゃうけど、いいの?」
「いいよ。遥と一緒に食べること自体が楽しいから」
「……えへへ」
でも、今は、今だけは、未来を見据えて話すことを許して欲しい。これで最後にするから。
神社までの道のりを歩いていると、食べ物エリアが終わって遊戯エリアになった。金魚掬いや型抜き、千本引きなどの屋台がある中、遥は射的の屋台を見つけキラキラした目で俺を見てきた。
「僕射的やってみたかったんだ!」
「後ろに吹き飛ばされそうだけど…?」
「徹ってたまに本当に失礼だよね!」
ふんっと遥はたこ焼きを口に含んだままそっぽを向いた。でも実際、遥が遊戯銃の反動に耐えられる気がしない。腕を痛めそうだから銃を使う時は俺が支えるようにしようと決意していると、遥がたこ焼きを差し出してきた。毎度恒例、意地悪そうな笑み。あーんしろってことだろうけど…俺はパクッとすぐにたこ焼きを食べたあと、袋からすぐにフランクフルトを取り出して遥の口に突っ込んだ。
「んむっ?!」
「遥、それエロいよ」
ニヤリと笑って逆襲してやると遥は肩を飛び上がらせすぐにフランクフルをと口から引き抜いた。顔が赤いってことは俺の意図することがわかっているんだろう。そしてわざわざ俺の顔を見ながらフランクフルトの先端を食いちぎって見せた。……股間の辺りがヒュンとする。
「僕だってやられっぱなしじゃなんだからね!」
遥はそのまま普通に美味しそうにフランクフルトを食べ勧めた。ごめん遥、それでも俺はまだエロく感じる…というのはあえて口に出さなかった。
フランクフルトを食べ終えると、遥は射的屋に並んで金を払い、危なげな手つきで銃を握った。射的はお菓子とぬいぐるみに別れていて、お菓子はそのまま箱を当てて、ぬいぐるみは的の真ん中に三発当てれば一つ交換になるらしい。弾自体にうっすらペイントが施されていて、真ん中に当たったかわかるようになっているようだ。
「本当に大丈夫か?」
「心配しすぎ!」
肩を壊さないか心配になっている俺をよそに、遥は銃に弾を込めてお菓子の箱を打ち抜いた。
一発目、当たり。小さなお菓子の箱が後ろに落ちる。
二発目、当たり。同じく小さなお菓子の箱が後ろに落ちる。
三発目、当たり。ぬいぐるみの的の真ん中に命中。
四発目、ハズレ。ぬいぐるみの的の右側に当たる。
五発目、当たり。また的の真ん中に命中。
最後、六発目、当たり。的の真ん中に命中。
「すっご…」
俺が感嘆の声を出すと、フリーズしていたおじさんが当たり用に持っていた鐘を大きく鳴らしおめでとうと大声を上げた。六発中五発も命中したことに驚きを隠せない。周りで見ていた人からもわっと歓声が上がり、遥は恥ずかしそうに銃を置いた。思わぬ才能に俺もすごかったと遥に感想を伝えた。
「いやぁ、本当にすごかったよ!君は銃の名手だね!さて、どのぬいぐるみが欲しいんだい?」
「あ、えっと…」
おじさんに聞かれた遥は上に吊るされたぬいぐるみを見渡して、あれがいいですとライオンを指差して言った。俺はその選択に驚いて目を瞬かせた。ライオンの隣にはクラゲがいて、遥ならそっちを選ぶと思っていたからだ。それを伝えればふん、とお菓子とライオンを受け取った遥は腰に手を当ててドヤ顔をしてきた。
「これが欲しくて本気出しましたから!」
「そんなに欲しかった?」
「うん!だってこれ徹の髪に似て…」
言った後に、自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのか分かったらしい。遥は俯いて黙り込んでしまった。
確かにライオンは金色の立髪を持っていて、それは俺の髪色に似ている。さっき射的がしたいと言ったのはやったことがないからしてみたいという意味か、それとも俺に似たぬいぐるみが欲しかったからか。多分どっちもなんだろう。
遥は黙り込んだまま勢いよくおじさんに頭を下げた。おじさんが大きな声で笑いながら可愛らしいカップルだな!とはやし立ててきた。遥はさらに顔を真っ赤にしてフルフルと震えている。
「よし、そんな可愛いカップルにはこれもあげよう!」
おじさんが吊るしていたクラゲを外して俺の方に渡してきた。おじさんはその綺麗な彼女さんに免じてオマケしてあげよう!と意気揚々と言ってくれて、俺も遠慮なくありがとうございますと伝え受け取った。
綺麗な彼女、と言われた本人はもう耐えきれなくなってぬいぐるみに顔を埋めて唸っている。……下手に触ったら問答無用で殴られそうだ。とりあえず移動しようと遥に言えば無言で手を差し出された。連れてけ、ということらしい。その可愛い願いに俺は破顔してすぐに手を握ってその場を立ち去った。
「徹、手、もういい」
歩いているうちに遥も恥ずかしさから解放されたのか、握られた手を離そうとしてきた。逆に俺はぎゅっと握って離せなようにした。せっかく手を繋げたのに、離すなんて勿体無い。
「ね、ねぇ…誰かに見られたら困るし」
「それを見越してその格好にしてくれたんじゃねぇの」
「そうだけど…」
遥は周りをキョロキョロと見渡しては誰もいないか確認している。そんなことをしても俺の友人は見つからないと思うが…もしかして遥も自身の友人のことを気にしているんだろうか。もしそうなら離してやらないといけないなと手を緩めた瞬間、前方から徹!と声をかけられ即座に遥の方から手を離してきた。そしてそのまま後ろに隠れてしまう。急に去った手の温もりに寂しさを覚えて何度か手を握ったり開いたりした。声の主は、この間ボーリングに行った友人たち――田中と指原と林だった。田中は俺の両肩に手を置いて俯き、下から睨みつけてきた。
「お前来てたんじゃん!なんだよ今日は来れないって言ったくせに!」
「いや、まぁ…来れるようになったっていうか」
「はぁぁぁ〜?じゃあ連絡しろよ馬鹿野郎!」
「おい、言い過ぎだって」
途中で林が止めてくれたものの田中はまだまだ言いたいことがあるようだった。
祭りは二日前に誘われていたが断っていた。今日の水曜は遥の日だったし、きっと遥の日じゃなくても一緒に来ていたと思う。しかし友人の誘いを断っていたのを聞いた本人は不満だったようで、後ろに隠れた状態から背中をつつかれた。少し後ろを振り向けば、聞いてないよと目が物語っている。でも仕方ない、俺が優先したいのは遥なんだから。
林が田中を諌めてくれている間に、りんご飴を食べている指原が寄ってきて予定ないなら一緒に回らない?と聞いてきた。
「田中がうるっせーの…彼女彼女彼女って。というわけでお前にも被害者になってもらう」
「絶対嫌なんだけど…」
そういえばあいつ一ヶ月前に彼女に振られて、祭りの時ぼっちは嫌だとかなんとか叫んでいた気がするな…と思い出したと同時に田中の嘆かわしい声が聞こえてきた。それを聞いた指原がため息をついて指で屋台の裏の休憩スペースを指差した。
「……ここだと邪魔だし移動するか」
「そうだな…」
既に指原がくたびれている感じがするのは気のせいじゃないんだろう。通りから出るために後ろにいる遥の方を振り返って手を引くと、話を聞いていたらしい遥はじゃあまた後でねと意味がわからない返事をして去ろうとしてきた。すぐに腕を引くと、目を白黒させながら俺の方を見てきた。そのまま引っ張ろうとすれば、足で踏ん張られてしまう。
「ちょっと!僕行かないよっ?」
「なんで。一緒にくればいいだろ」
「他のとこで待ってるし…」
「そんな可愛い格好でどこ行く気?ナンパされたら困るんだけど」
「ナンっ…」
「それともルールの“友達といるときは話しかけない“があるからダメって思ってる?じゃああいつらのこと無視しとけ。遥も話さなくていい」
そうでも、どうしよう、と困った顔をしている遥に耳元に口を寄せて、俺のそばにいてと囁いた。途端、遥の体から力が抜けたため引っ張ることができた。さっきのは本心だ。可愛い遥を一人にしておくことなど危険すぎてしたくはないし、俺のところから離れるなんてのもやめて欲しい。きっと、いや、確実にナンパされる。これは欲目でもなんでもない事実だ。
手を引いたまま裏の休憩スペースに来ると、遥はすぐに手を離してまた俺の後ろに隠れた。さっきは屋台の通りでわかりにくかったかもしれないが、ここは飲食スペースもあって広い。流石に体格差があるとはいえ俺の後ろに誰かいるというのはすぐわかってしまった。最初に気づいたのは林だった。
「…徹、後ろにいるのだれだ?」
遥に話さなくていいと言った手前紹介していいものか迷っていると、謎にめざとい田中が俺の後ろに回って女の子じゃん!と遥を見つけて叫んだ。遥はびっくりしてひゃっと声をあげて俺の背中に張り付いた。
「え、なになにちょー可愛いじゃん!」
「見んな汚れる」
「ひどくね?!」
顔を見ようとしてくる田中から守るために後ろにいた遥を片手で抱き込む形で隠すと、腕の中の存在が硬直したのがわかった。可愛い。
「なんだよ顔くらい見せろよ!」
「シャイなんだよ、田中がもう十キロくらい離れてくれたら見せる」
「俺に対してだけ当たり強くね??つかそれじゃあ見えねぇし!」
田中いじりもほどほどに、俺はようやく遥を腕から解放した。遥は不安そうに俺の服の裾を摘みチラリと周りを見渡した後また俺の影に入ってしまった。その光景を見た指原が、確かにこれは徹が心配になるのもわかるなと言った。わかってもらえて本当にありがたい。
「本当に可愛い…ねえきみ名前は?いくつ?どこ高?スリーサイズは?」
「たーなーかー…」
「ごめんごめんごめん!」
真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である、とはまさにこのことか。俺は問答無用で遥に近寄る田中を追い払った。田中はおちゃらけた様子で林たちの元まで後退しニヤニヤと笑っている。
「遥に近寄んな」
「なんか徹がここまで徹底してるのってすごいな」
「俺も思った」
「てか遥?もしかして。もしかしてだけど、夏休み前に手紙くれた子?」
遥の体が飛び上がったことに気づく。チラリと見れば不安そうな顔。多分自分が送った手紙で俺の秘密が公になったんじゃないかって心配しているんだろう。俺は振り向いて、大丈夫だから気にするなと言って安心させた。遥は視線を少し彷徨わせた後大人しく頷いた。
「そうだよ」
「恋人になったのか?」
「うん、即オーケーした」
「そりゃ俺らなんかと遊ぶより彼女といちゃつきたいよな〜」
「よかったじゃん。お前本当に誰とも付き合わない姿勢貫いてきてたからちょっと心配だぅたんだよな。なんか昔にあったんじゃないかって」
「心配してくれてありがとうな」
「言ってくれればよかったのに!水くさいぞ!」
なんだかんだ言いつつ、こいつらはこいつらなりに心配してくれたんだと思うと嬉しくなる。
「心配かけてごめん」
「いいって!またなんかあったら聞くからさ」
「あ、でも惚気はやめてくれ。田中がうるさい」
「うるさいってなんだよ!」
他愛無い会話も程々に、俺たちは林たちと別れた。時間的に花火の時間だからだ。いちゃつきながら見てこいよと言われて休憩スペースを追い出されたが、じゃあいちゃつきに行こうかと言った際には遥に肩を殴られた。
花火を見るために川辺には徐々に人が集まって来ていた。花火は基本川辺からの眺めが一番いいとされているが、小さい頃父親に連れられてきた時の穴場を俺は知っている。若干歩かなければならないけど人もいないし、何よりよく見える。
「遥、今から少し歩くけど大丈夫か?」
「え…そうなの?」
川辺で見ると思っていたらしい遥は驚いた表情をした。それから少し迷ったように、どれくらい?と聞いてきた。
「五分か、七分くらいかな」
「それくらいなら大丈夫かな」
結構歩き回ったし疲れてきているんだろう、俺の答えを聞いた安心したように遥は笑う。最悪遥が動けなくなった時は俺がおぶさって駅まで送るつもりだ。
花火の穴場は祭りの会場の反対側の神社にある。その神社は少し高台になっていて、花火を見るのにもってこいだった。会場から離れていることで誰も気にも留めない神社なだけあって人もいない。
「そうなんだ、確かにこっちに来ると人が全然いないね」
「なんで父親がここを知っていたのかは知らないんだけど、教えてくれたことには感謝してる」
隣に並んだ遥はそれを話題に会話してみたら?と言ってきた。正直まだ父さんと話す勇気はない。それでも遥がもしかしたらお互いに思い違いをしているだけかもしれないと言ってくれたことを信じて、話してみたいとは思う。
しゃくしゃくとかき氷を混ぜ続ける遥を連れながら、俺はまた終わらせたくないなと思ってしまった。さっき大量に食べ物を消費したにも関わらず、遥はデザートと称してかき氷を食べている。こんなふうに、ただ何気ない日常を送りたい。…いなくなるのが最初からわかっている相手を好きになるなんて、本当に不毛な恋だ。事実は小説よりも奇なり、とはよく言うがこんなにも小説に似た人生を送るのもなかなかないだろう。好きだ、遥が。伝えようか、今。きっと遥は恥ずかしそうな顔で俯いて話さなくなってしまうんだろう。それで、なんて返してくれるだろうか。ごめんね、か。僕もだよ、か。どっちにしろ返事は聞きたくない。ごめんね、だったらただただ悲しくなるし、僕もだよ、だったとしても俺と遥は結局死によって別つ運命にある。あぁ、だから遥は俺に絶対に好きだと言うことも伝えることもなかったんだと理解した。最初の頃は恋人のふりをするのにリップサービスがなくていいのかと思っていたが、遥も今の俺と同じ気持ちだったんだとわかった。
会場の喧騒から離れ、ようやく神社に着いた。やはり人はいない。会場はこちらではありません、という紙が貼ってあるのを見る限りたまに間違える人もいるようだった。今の時間帯はひと一人いない。こっちに来て正解だった。
「そろそろ始まる?」
「もう二十時だしな…あ、あがった」
階段を登り切った先にある石の椅子に座って待っていると、小さな花火が上がった。花火が始まる合図だった。
花火が上がっている最中、遥はずっと黙って見ていた。気に入らないのかとも思ったが、横顔を見るに全くそんなことはなく、ただ見惚れているだけのようだった。
赤、青、黄、緑、紫、ピンク、オレンジなどの様々な色の光が空に放たれ、交差し、散っていく。儚いその光景に遥は声も出せない様子だった。俺は…そんな遥をじっと見つめていた。花火を見る遥があまりにも、可愛くて、綺麗で…。そっと膝に置かれた遥の手に俺の手を乗せれば、遥はビクッとして俺の方を見た。
「とおる…?」
「遥」
身を乗り出して遥の方に顔を近づけると、察したらしい遥が目を瞑った。唇を重ねて顔を離せば、とろんとした顔の遥がそこにいた。
「ルール違反、だな」
「……キスは二回くらいって、言っただけだもん」
その答えは、反則だと思う。顎に手をかけて何度かキスをしたあと、唇を舐める。遥は何をされるのかもうわかっているのか大人しく口を開けた。そっと舌を忍ばせれば反射的に逃げようとするから後頭部に手をやって逃げれないように押さえる。手が俺の服を掴んでくる。
「ふ、ゃ…」
「なに……?」
「長い、死んじゃう…」
「死なないよ、遥」
死なないでくれ、遥。
「む、り…っ」
苦しそうに息継ぎをする遥の口を強引に割ってまたキスをした。
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