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9月14日
遥と別れてから、二週間が経った。最近は携帯に残ったメッセージの履歴を見てはぼんやりと遥と過ごした時間に思いを馳せている。…俺の手元に今あるのは、遥とお揃いでもらったアルパカのストラップと遥からもらったクラゲ、あとは思い出だけだった。
二週間経っても、遥のことは容易く思い出すことができる。声も、表情も、行動も。拗ねた声も、照れた顔も、食べる姿も。それなのに、本人がいない。もう二度とあの姿を見ることはできない。つらい、かなしい、さみしい、遥に会いたい、会えない。遥は今どうしているだろうか。入院が苦痛だと言っていたが、今は嫌でも入院させられてつらい思いをしていないだろうか。それとももう、身動きもできないくらい病状が悪化しているだろうか。最近ずっと遥のことしか考えていない。周りに心配かけていることはわかっているが、この気持ちを落ち着かせるにはかなりの時間を有することになるのはわかっていた。
なんでこんなに落ち着かないのか。多分それは、結局遥に思いを伝えることをしなかったせいだろう。最後に伝えていれば、まだこの気持ちも穏やかだったかもしれない。
ぼんやりとしたまま授業を終え帰る用意をしていると、指原がちょっと来い、と俺の腕を掴んで教室から引き摺り出した。引っ張られるまま着いていくと、屋上の踊り場まで連れてこられてしまった。俺の通っている高校の屋上は基本開放厳禁なため入れない。そのため俺たちがこうしてたまに集まるのは屋上の踊り場だった。
連れてこられた先には腕を組んで立っている林もいた。俺と指原、田中と林はクラスが違うから先に終わって待っていたんだろう。田中はいないが…言及しなかった。
俺を連れてきた指原は、どうしてここに連れてこられたかわかってるよなと少し怖い顔をして言った。そっぽを向いて分かんねぇと言うと、その不遜な態度が気に入らなかったのか指原がぎりっと俺を睨んできた。
「とぼけんのも大概にしろ。お前、ここ二週間ずっとぼんやりしてておかしいぞ」
「…そうかもな」
「マジでどうしたんだよ。夏祭りの時はあんなに幸せそうだったのに…」
夏祭りという単語に思わず黙ってしまう。それにすぐに気づいたのは林だった。
「…あの子と、なんかあったのか」
首を振ってゆるゆると何もないと答える。俺と遥の関係は外に出さない方がいい。それでも、もうルールを守る理由なんてないんじゃないかって頭の中で考えてしまう。あれは付き合ってる期間中のルールであって、別れた今、そのルールを守る理由はない。でも、それはルールを定めた遥への裏切りになる気もする。だから俺は足元を見つめ、何もないと林に言うしかなかった。
「何もないことないだろ。夏休みが終わってからずっとぼんやりしてるし、そんなん気になるに決まってんだろ」
「…まじでなんもないから」
「いや、だからっ」
俺に掴みかかろうとする指原を林がすかさず止めに入った。
「落ち着けよ指原っ」
「止めんな林!」
「…徹も、意地張ってるのかなんなのかは知らねぇけど、指原の気持ちも汲んでやってくれ。ずっと心配してたんだよ」
心配、させている。顔を上げると、なんとも気まずそうな指原と眉を顰めている林がいた。ああ、もう隠しきれないな。そう思って口を開いた時、お前ら何してんの〜と呑気な声が聞こえた。全員で階段下を見ればカバンを肩にかけた田中が立っていた。
「喧嘩?下まで声聞こえてたぞー。つかまじ先生ウゼェ、俺の成績がどうだこうだってさ」
気だるそうな田中は俺たちの異様な雰囲気に臆することなく入ってきてそのまま踊り場に座り込んだ。どうやら先生に成績のことで小言を言われていたせいで遅れてきたようだった。殺伐とした雰囲気が少し和らぎ、指原は林に掴まれた腕を振り払ってため息をつき、俺から距離をとった。俺はというと、さっきより居心地が悪くなったせいで携帯の画面を意味もなくスクロールした。
若干の沈黙の後、俺を指差して指原が口を開いた。
「田中も気づいてんだろ、朝比奈がずっとなんか考え込んでること」
「まあ気づいてるけど…それがどうかした?」
「それ、夏祭りに会ったあの子と関係あるらしい」
あの子、と言われて田中は一瞬逡巡したあと、ああ!あの子ね!と思い出したように手を叩いた。
「あの可愛い子ね!え、何、振られたの?あんなにラブラブだったのに?!」
「…ラブラブって、別にそんな雰囲気なかっただろ」
祭りの時確かに遥は俺の後ろに隠れて出てこないかったけどあれをラブラブと呼ぶのは違う気がする。訝しげに思っていると、田中が違う違うと手を顔の前で振った。
「お前グループラインガン無視しすぎだろ!祭りの後女の子を朝比奈くんが背負ってたって動画拡散されてんだぞ!その動画見たらあの子だったし…」
「…………あー、そういえば」
俺は深くため息をついた。夏祭り…そういえばそんなこともした。花火を見終わった後、祭りの会場に戻ろうとしたら遥の歩き方がおかしいことに気づいた。問い詰めれば慣れない下駄のせいで靴擦れしたと。下駄を脱がせてみれば親指と人差し指の間は血が滲んでしまっていて、花火の穴場に来る時も痛かったんじゃないかと疑った程だった。でも徹と花火が見たかったと言う遥を責めることはできなくて、前に風邪を引いた時と同じように遥を背負って駅まで送った。
今では懐かしい記憶を掘り返されてなんともいえない気持ちになる。壁を背に立ち、遥…と呟く。なんで傍にいなんだろう。
「重症じゃん…」
連絡は取ってんの、とぶっきらぼうに指原に聞かれて首を振った。
なんとも言い難い空気が流れるなか、俺が持っていた携帯を田中がぱっと奪った。
「なに、連絡してねぇの?じゃあかわりに俺がしてやるよ」
あまりに突然のことで反応できず、ハッと気付いたのちすぐに携帯を奪い返したが、その時には遥にメッセージが送られてしまっていた。内容は簡潔に、会いたいと。既読になる前に早く送信を取り消さなければいけない。なんてものを送ってくれたんだ、と田中を責める時間も惜し買った。
別れたあの日以来、遥に一度も連絡していない。なんとなく返ってこない気がしていたし、もし返事が返ってこなかった時のことを思うと心が打ち砕かれてしまうから。俺たちの関係はあの八月三十一日で終わったんだと思い知らされてしまう…そんなことを思って連絡できないでいるほど、俺は臆病な人間になっていた。
焦るあまりメッセージを長押しできないでいると、既読がついてしまった。その瞬間、画面が着信画面に変わった。名前は――目黒遥。
「っはい!」
俺がすぐに電話に出ると、馬鹿、と罵る言葉が聞こえてきた。隣で田中がニヤニヤしているが無視をする。
『こんなメッセージ送られたら無視できないじゃん』
「ごめ、ん…あれ友達が送ったんだ」
『そうなんだ。なーんだ、徹が会いたいって思ってくれてるのかと思ったのに』
「俺も会いたいって思ってる!」
『なんか勢いすごいね、今日』
くすくすと笑う遥の声が心地いい。二週間、声を聞いていなかった。たったそれだけなのにすごく懐かしく感じる。それに、愛おしくも。
「…電話、ありがとう」
『ううん。別れた後は会わないってルールだけど連絡取らないとは言ってなかったもんね』
「……うん」
遥だ。ちゃんと、まだ生きている。最後に別れた時さえ顔色が悪かったけどまだ生きていた。安堵のため息を吐き、壁を伝ってズルズルと座り込む。
『徹は、元気?』
「元気だよ。でも遥と会えなくて寂しい」
電話の向こうでひゅっと息を飲む声が聞こえる。多分今顔が赤くなって、縮こまって、ふるふると震えているんだろう。その様子がありありと脳内に浮かぶほど、遥のことを見ていたんだと今更ながら思う。素直に会いたいと思う。それを口に出そうとすれば、遥がわざとらしく咳をしたせいで遮られてしまった。
『連絡くれたのは、すごく嬉しい』
「うん」
『でも』
そのあとが続かなくて、嫌な予感がしてくる。背中にジワリと汗が滲んで、少し呼吸が早くなる。怖い、それ以上話を続けてほしくない。俺のそんな期待なんて知ってか知らずか、遥は小さな声でもう連絡しないでと言った。
「なん、で」
『僕だってつらい…わかってよ。会いたくても会えない、最後にお別れした時に僕はもう気持ちを決めたの。徹も、僕のことなんか忘れて幸せになって』
ギリと奥歯が擦れる。なんだよそれ。俺は遥にお前がいないと幸せになれないって言ったのに、なのに遥を忘れて生きろだと。そんなことできるわけがない。苛立って、俺は電話越しにじゃあなんで電話なんてかけてきたんだよと冷たく言い放ってしまった。数秒間が空いて…鼻を啜る声が聞こえてきた。泣い、てる?
『あーそうですね、僕が悪いです!徹に会いたいって言われて舞い上がって電話かけた僕が悪いんですよ!』
「誰もそんなこと言ってなっ」
『ばか徹!じゃあ一生死んだ僕を呪いながら生きろ!!』
ブツっと電話が切られる。言いたいことはたくさんあるのに、画面を見れば相手からブロックされているのでメッセージを送れませんと出てくる。遥を呪う気なんてない。そんなこと、あるわけないと言いたかったのに。
どうしようもなく虚しくなって、俺は携帯を床に叩きつけた。
林たちがいる中痴話喧嘩をした俺は、遥との出会いから別れ、全てを話した。もうどうでも良かった。どうせ遥とはもう話せもしないし会えもしない。ルールのことだってもう別れたんだから時効だ。俺が話し終わった後は誰も口を開こうとしなかった。沈黙が続く中、俺は心に開いた穴の大きさをじわじわと実感していた。
最初に行動を取ったのは指原だった。座る俺の頭を平手打ちし、何が起こったと困惑する俺を怒鳴りつけた。
「さっさと会いにいけ!」
「…あ?話聞いてたのかよ、家の場所も病院の場所も知らないんだっつの」
「俺らが探してやる」
指原が親指で自分を指差す。後ろで静かになっていた林もゆっくり頷く。田中はえ、俺も含まれてるの?と口に出した後大きく頷いた。
「話聞く限り、病院にいるんだろその子。だったら探してやる」
「いや、でも、どうやって」
「祭りの会場にある病院なんて限られてるだろ。そこしらみつぶしにすればいい」
話の流れで、遥が昔花火に誘われて病院を抜け出して祭りに行った話もした。しかし祭りの会場は三つもあるしその辺りには病院も多い。祭りに行けない子供達のために、わざと神社近くに病院を建てて花火が見れるようにしたと聞いたことがある。それほど病院は会場付近に多い。それに花火を間近に見れるとも言っていない。ただ見えたと言っていただけだ。どれくらいの病院の数があるのか見当もつかない。
「流石に、無理だろ。そもそも、今もその病院に入院しているかだって分からないし。小さい頃の話だって…」
「入院歴調べて貰えばいいだろ。無理じゃねぇ」
「…なんでそこまで」
腕組みをして仁王立ちする指原に聞くと、ため息をつかれ友達だからだよと言われた。
「友達の恋愛とか、応援したくなるに決まってるだろ」
「そうだな。しかも初めて徹にできた恋人だしな」
「俺も遥ちゃんにまた会いたいし!」
「……本気?」
各々が頷く。
俺は息を吸い込んで、今まで溜め込んでいた秘密をうち明かした。なんで言おうと思ったのかなんて、ただ単純なもので。この三人なら信用できる、それだけだった。
俺がゲイで遥も男だったと言った時、驚いたのは田中だけで、それも女装の上手さでびっくりしただけだった。みんな、別に俺を拒絶することも遥を罵ることもない。
ずっとこのまま一人で生きていくのだと思っていた。自分の中だけに問題を抱え込んで話せないのだと思い込んでいた。でも外を見れば想像より世界は優しいことに気付かされた。俺の泣きそうな顔を見て、林は苦笑いして、指原はまだ怒ったような顔をして、田中は、うん、終始楽しそうだった。
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