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10月16日
十月十六日
結果的に言えば、今日この日まで何も成果は得られなかった。授業を終わりに部活をサボってまで頑張ってくれた指原。とにかく人に声をかけまくって情報を求めてくれた田中。病院に何度も電話をかけて交渉してくれた林。全員、とても頑張ってくれた。
遥の言葉通りなら遥は既にこの世にいない。もしかしたら、あの日電話をした後、亡くなったのかもしれない。これだけ探してもいないということは多分もう…。もちろん探し損ねているということもあるかもしれないけれど、俺は。
だから俺は朝イチにいつも通りの屋上の踊り場に友人全員を呼び出して頭を下げた。
「ごめん、今までありがとう」
「なんだよその言い方。まさか諦める気かよ」
俺の沈黙を肯定と取った指原が俺の胸ぐらを掴む。俺が大人しくしていると、指原はさらに語気を強くして怒鳴ってきた。
「っ、ここまで頑張ってきたのに!」
「そうだぜ徹!俺はまだ動けるぞ!」
「……諦めるのか?」
林と田中が指原の腕を掴み制止しながら言ってくれる。でもそれに俺はゆっくり首を振った。
「…俺は、諦めないよ」
そう言えば、みんな驚いたような顔をして俺を見てきた。
「絶対に、諦めない」
俺は遥を探し続けることに決めた。たとえ遥がどんな姿になっていようと、生きていようと、亡くなっていようと、関係ない。俺は遥に気持ちを伝えたい。もう遥の答えは聞くことはできないけど…でも、それでも、あの小説のように心残りがあるまま終わりたくない。
もういいと言ったのは、これ以上みんなに負担を強いるのは心苦しいから。指原は部活をサボったせいで退部に追い込まれているのを知っているし、田中は門限ギリギリになっているせいで怒られていると愚痴っているのをなんとなく聞いた。林は病院から怪しまれて電話をかけても切られるようになったことだって、最近知った。人を探すってこんなに苦労することだったんだと実感させられた。だからこれからは俺が全部受け持つ。俺が絶対に、遥を探し出す。
俺の意思表明を聞いたみんなは、少し逡巡した後、俺に抱きついてきた。うわっと声を上げて壁に背中をぶつけてしまう。なかなかにごつい成長期の男が三人、突然抱きついてくれば多少大きい俺でも負ける。つか、冷たい。これ田中泣いてる…?
「頑張れよぉぉぉ」
「いい結果、待ってるからな…っ」
「ちゃんと思ってること全部話せよ」
「なんかあったらまた手伝うからなぁっ」
「まじで無理するなよ」
「…………行ってこい」
ずぶ、ずび、と鼻を啜っていたのは田中ではなく指原だった。田中も泣いてるんだけどそれ以上に指原の涙の量がすごい。こんなに情に熱いやつだったのかと、一緒にいて初めて気づいた。そういえば今回の捜索の件のことをはじめに言い出したのは指原だったことを思い出す。
何度も何度もお礼を言ううちに、なんだか俺も目が潤みそうになる。そんな俺より先に大声で泣き始めたのは指原だった。そんなに泣かれるとなんだか笑えてきて、それは林も同じだったみたいで。俺たちは指原が怒るのも無視して笑い合った。
遥を探すとは言ったが、正直もう手立ては尽くした。駅の監視カメラなんて見せてくれるはずないし、その駅ですらもう何回も探した。遥の担当医にもう一度会いたいとは思い病院に連絡したものの、なかなか連絡がつかないようで今のところ電話はない。もしかしたら、遥に電話しないように言われてるのかもしれないなと最近は思っている。
学校の帰りに中学校の方面に足を向けた。今ではただの記憶になりつつある思い出が残る場所。
もうこうなったら自分の家の辺りからしらみつぶしに探すしかないと思ったからだ。家の近くにいるはずもないが、前に遥が熱を出した時に俺の家から三十分くらいの距離にいたことを思い出し、もしかしたら何か情報があるかもしれないと信じての行動だった。
中学は家から近くて、それが嫌で高校はわざと少し遠めの場所にした。それでも40分程度で着くとこを選んでしまったのは、下宿して両親に負担をかけるのが嫌だったからだ。全部なんとなく円満に収めようとしてきた。実際俺がしてきたことはただの逃げだった。周りを見ようともせず、ただただ信用できないと思い込んで。ちゃんと見てみれば全てに不信を抱くことなんてなかったのに。
家から少し離れた場所に中学校はある。歩いていると、ちょうど授業が終わったところなのか、生徒が何人か校門から出てきていた。制服は今も昔も変わっていなくて、口の中が苦いもので埋め尽くされる。記憶は風化される、でも自分の身で味わった体験は忘れられない。
入るのに手続きが必要だろうから、外から眺めるだけにする。パッと校舎を見るとある程度綺麗に壁が舗装されていて、時間が経ったんだなと感慨深く感じた。そう、あそこの二階の教室。あそこで先輩がゲイだとバレたという話を聞いた。件の教室には生徒が何人かいるのが確認できて、やっぱり時の流れを感じてしまう。
「…朝比奈?」
背後から声をかけられて、びっくりして振り向いた。それは俺が中学3年の時の担任だった。多少目尻に皺が寄っていて、そういえばよく笑う先生だったなと思い出す。お久しぶりですと頭を下げれば、懐かしいメンツが揃うなーと嬉しそうに言った。
「懐かしいメンツって…他に誰か来てたんですか?」
「おう。お前が2年の時俺は3年生受け持ってたんだけどな、特に思い入れのある石田ってやつ。そいつが来てたんだよ」
石田。その名前に聞き覚えは大いにあった。それはゲイだと噂されていた先輩の名前だった。俺が驚いた顔をしたのに気づいて、先生は当時先輩に起こった出来事を思い出したようだった。
「まぁ、ちょっとした話題には上がってたよな。当時結構そのことで荒れてて、俺も何度も家にいったりしたな」
「そう、なんですね」
「今となっちゃ、なんであんなに大事になったのかわかんねぇけどな。誰が誰を好きだろうと関係ないし」
中学の時は自分を隠すことに必死であまり気づかなかったが…こんなにあっけカランとした先生だったんだなと初めて気づいた。
「石田先輩は、なんて?」
「ああ、挨拶だよ。先生のおかげで人生を諦めずに済みました、素敵な彼氏が出来ましたーってな」
「彼氏…できたんですね」
「らしいぞー。おめでたいなぁ」
先生は何度も頷いていて、気にかけていた生徒が幸せになってくれて本当に嬉しそうなのが伺える。先生ともっと早く出会っていれば、俺は俺を隠さずに生きていけたのかもしれない。でも俺が隠れて生きていたことによって遥に出会えたのだから、今更後悔には走らなかった。むしろ、先輩があの時のことに負けずに幸せになっていることが俺も嬉しかった。
「それで。今日はどうした?」
「あー、えっと」
少し寄っただけ、そう言おうとしてせっかく先生に会ったんだしダメもとで遥のことについて聞いておこうと口を開く。
「黒髪で目元に涙黒子のある、色白の男子を見たことないですか?少し身長は小さめで…」
手を使ってこのくらい、と身長を表す。正直どこにでもいる少年の特徴のため、判別は難しいと思う。遥のスマホで撮った写真送って貰えばよかったなと残念に思う。まぁ、言ったところで自分の表情が気に入らないと言っていた遥がそう易々と俺に写真を送ってくれるとも思わないけど。
俺の話した遥の特徴を聞いた先生は目線を斜め上、空の方に向け、少し考え込んだ後に見たことあるぞと言った。喉の奥で声にならない歓声が上がる。
「ど、どこでですか!いつ?!」
「さ、さっき、普通にあっち方面に歩いて行ったけど」
俺の勢いに困惑する先生の指さす方は学校の裏手だった。どういうことだ、だって、遥は今入院しているはずで…外に出られる状況じゃないはずだ。なのにどうして先生が遥らしき人物を見かけている?
「っ、ありがとう先生!また!」
…他人のそら似かもしれない、それでも俺はとにかく遥に会えるかもしれないという一縷の望みにかけて、その場を後にした。
走った先にはすでに誰もおらず、一心不乱にそこら一体の住宅地を駆け巡った。どうしてここにいるのか、なんで病院にいないのか、…まだ生きていたのか。聞きたいことは山ほどある。まだ遥と決まったわけじゃないけど、どうにかしてその人物を見つけ出さないといけない。
秋になりつつあるせいで夏の夕方に比べるとかなり暗い。遥は黒髪だし、見つけられるかは俺次第だった。とにかく走って、走って、走り回って…。
「はぁ、はっ…ゲホ、」
二十分ほど探しまったところで息が切れて、近くにあった公園のベンチに座り込んだ。いない、どこを探しても。もしかしたらもう家に入っているのかもしれない。それとも先生の見間違いだったのか、あるいは別のところに移動してしまったのか。どちらにしろ、日はもう暮れ切っていてこれ以上は探しようがなかった。せっかく見つけたかもしれない遥の手がかりをみすみす逃してしまうのが悔しくて、くそ、と悪態をついた。
見つけたら、どう話せばいいんだろう。まずこの間の電話のことを謝ろう。あんなこと言うつもりじゃなかったって、ただ俺は遥を忘れたくないだけなんだって。それから…それから、遥のことが好きだったと伝えたい。好きになったきっかけを、最初に見た時実は可愛いと思ったことも。それから最近起こったことについても話したい。遥のおかげで、世界はそれほど悪くないんだって思えたことを報告したい。カミングアウトできたこともそうだし、父親と和解できたことも。あの後、父さんはぎこちなくも俺に話しかけてくるようになった。俺もなんとなく今まで勘違いしてたことが気まずくて(父さんのせいだけど)、若干吃りながら話している。連日の喧嘩のことを父さんに聞けば、本当に母さんの言う通りだったようでこれまた気まずそうに頭を掻いて答えてくれた。そんな俺たちの姿を見ている母さんは至極楽しそうだった。
ふとした瞬間、遥がいないのに幸せだと感じてしまう自分が嫌になる時がある。でもそれも遥が望んでいたことかもしれないと思うと嫌だと思えなくなってくる。心の中で相反する二つの気持ちに揺られどうしようもなく落ち着かなくなった。まるで遥に呼び出された時みたいだ。行かないとバラされるけど、行きたくない。今は全く気持ちは違うものの揺れ動く気持ちに変わりはない。いっそのことすっぱり遥のことを忘れることができれば楽なのに、そんなにあっさり記憶から消し去れるほど遥との思い出は少なくない。
ゆっくりため息をついて、ベンチから腰を上げる。明日もここにいれば遥に会えるかもしれない。ここの近くにドラッグストアがあることを思い出し、今日はそこで飲み物を買って帰ろう、と公園を出た。ものの数分でドラッグストアが見えて、その明るさに夜に慣れた目が軽く眩んだ。
――そして、中から遥が出てきた。
遥は俺を見もせず。
そのまま脇を通り過ぎて行った。
何が起こったのかわからず呆然としていたのは、おそらく数秒。すぐに振り返って腕を掴んだ。
「はるか!」
「えっ」
驚いた顔をした遥は俺を見て怪訝な顔をしてきた。だめだ、ちゃんと落ち着いて話そうと思っていたのにいざ会ったら矢継ぎ早に言葉が出てしまう。
「お前、なんでここにいるんだ!病院は?体調は大丈夫なのか?つか、死ぬって…とりあえずここにいていいのかよ!」
「ちょっ、と、なんなんですか、誰ですか!」
「だれ、って…」
「急に掴んできて怒鳴って、怖いです!なんなんですか!」
腕を掴まれた少年は、確かに遥だ。でもどこか違和感があって…、声も同じ、顔も同じ、髪も、服装も、性別だって同じだ。でも、どこか違う。俺が数ヶ月間一緒にいた遥はこいつじゃないと心が否定している。そんなもの、なんの確証にもならないが…違うというのはしっかりわかった。
こんなに似ている人がこの世にはいるんだろうか。確かに世界には似た人物が三人いると聞くが…それにしたって似過ぎている。
けれどどっちにしろ、この人は遥じゃないことは明白だ。たとえ嘘をついていたとして、俺が触るだけであんなにすぐ赤くなる遥がこの状況で逃げ出さないはずがない。
俺は掴んでいた腕をゆっくり解いて、頭を下げた。
「すみません…人違い、みたいです」
「……そうですか。気をつけてくださいね。俺、もう少しで警察呼ぶところでした、…よ…って何泣いてるんですか?!」
口調も違う。本当に遥じゃないんだ。その事実が突きつけられると、じわじわと胸の奥から耐え難い喪失感が溢れ出てきた。それは涙となって、俺の目から流れ落ちる。先生が見間違えたんだ。これだけ似ていれば間違えるに決まっている。
「すみませっ…俺、あなたとよく似た人物を探して…もう、死んでるかもしれなくって…」
「え、ええ…そんなこと言われても…とりあえず泣き止んでくれませんか、周りの目が」
声が遥に似ているせいで余計に涙が止まらなくなる。遥がいない事実を受け入れさせられてしまう。一瞬でも生きた遥に会えるかもしれないと期待を抱いたせいで、その分の失望が大きすぎる。オロオロするその人は、とりあえず人目のないところに行きますからね!と俺の腕を掴んで歩き出した。
先ほどの公園に逆戻りすると、遥に似た彼はため息をついて俺をベンチに座るよう促し自分も座った。よく見れば遥より身長が大きい。遥と俺の差は十五センチだったが、この人とは十センチ程度だった。
「遥じゃない…」
「さっきからその…遥って呼んでる人となんかあったんですか」
公園に来る前に自販機で買った飲み物で喉を潤し、俺はとにかくすみませんと謝った。
「いや、もういいですって…泣くほどですしなんか事情あるんでしょ。もう責めてませんよ。ただ気になるだけで」
知らない人相手に話すのは憚られるが、むしろもうこれで諦めがつくような気がして俺は話を切り出した。
「…遥は、俺の恋人だったんです」
「だった…?」
多分死にましたと言えば眉をひそめられる。
「死んだかどうかも、分からないんです」
「恋人だったのに?」
「…ちゃんとした恋人じゃ、ないんです」
「意味わからないんですけど…」
それはそうだ。恋人だったのに、死んだかもわからない、生きているのかもわからない、病名だって、家だって、学校だって、俺は遥のことを何も知らない。それは本当に恋人だったと言えないだろう。
「遥は…俺が今まで蟠っていた心の傷を全部消してくれた大事な人なんです。でも…遥は既に余命宣告されていて。俺は遥が好きだったのに、一人で取り残されるのが怖くて、言い出せなかった」
遥に好きだと言い出せなかったことは、確かに蟠ったままだ。でもそれ以上に、遥を探すうちに俺は気づいてしまった。俺はあの小説のように、亡骸に好きだと言って虚しく終わる、それが嫌だったということを。死なないでくれ、置いていかないでくれと泣き喚くのが怖かった。その邪魔なプライドのせいで俺は遥という大事な存在を失ってしまった。
失って気づくのでは遅すぎるというのに。
「何度も後悔して。探しまわって。友達にも協力してもらったんです。でも見つからなくて。それが心苦しくて」
なんなら、迷惑だけかけて終わってしまった。みんな気にしていないと言ってくれていたが心の中ではどこか申し訳なさが未だにあった。
「それで、似ている俺を見つけたってことですか」
「……はい」
遥に似ている顔のせいで、まるで遥に懺悔している気分に陥る。顔を手で覆って、もう二度と見れないであろう遥の笑顔を思い浮かべた。そんな俺に返ってきた言葉は当然のものだった。
「バカですね」
「…そうですね。本当に、俺は馬鹿です」
「いいや、あなたたち二人は本当のバカだ」
あなたたち、という言葉に反応して顔を上げると、遥に似た少年は苦々しい顔をして俺の方を見ていた。
「好きなら気持ちをちゃんと伝えるべきだった、お互いに知りたいことは無理やり聞けばよかった。別れて何もできないようにするんじゃなくて、そこからまた違うスタートを切れるように全てを変えるべきだった」
まるで俺たちのルールのことを知っているかのような…遥の気持ちを知っているような口ぶりに、俺は眉を顰めた。遥似の少年も顔を歪めて、小さくため息をついた後俺を睨んできた。
「もし、もう一度その人に会えるなら…なんて言うつもりですか」
じっと目を見つめられる。この人は、なんなんだろう。遥に似た顔で、遥に似た声で、遥の癖だった手の甲を指で掻く動作をして…。これが遥じゃないとしたら、一体これは誰なんだろう。
俺は、質問の回答を飲み込むことができず、黙り込む。すると、少年は手を握りしめもう一回聞きます、と言った。
「もし、もう一度遥に会えるなら、遥になんて伝えますか」
なんと言ったかはあまり覚えていない。ただその答えに満足したらしく少年は表情を緩めて、携帯を差し出してきた。
「俺は目黒遥。遥で構いません」
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