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10月17日~10月20日
怒られた。それはもう怒られた。
雨のなか長時間旭をおいてしまったせいで、担当医からも遥からも怒られた。
旭は肺炎こそ起こさなかったものの、風邪をぶり返してしまい床から起き上がれなくなってしまった。その間、俺は旭の看病を遥に命じられ、旭といられることになった喜びを顔に出さないようにしつつ看病をした。
旭も多少喜んでいたし、いいだろう。
旭は途切れ途切れながらも、俺に今までのことを話してくれた。
俺のことは随分前から知っていたらしい。曰く、俺は覚えていないが電車に乗っている時に痴漢から助けてくれて好きになったと。家が近いと知った時は歓喜したそうだ。
好きだったが、旭は体が弱く付き合えても苦労をかけしてしまう。それに、好きになってもらう所がないため諦めていた。そんな折、俺の学校にいる女子生徒が、俺があまりにも告白を断るからきっと朝比奈くんはゲイなのよ、なんて当てつけのように話していたのを聞いて、一か八か手紙を書いたらしい。
三ヶ月後に死ぬと言ったのは、10月中旬には手術のために海外に渡ることが決まっていたからだった。もう、日本にも戻らないつもりだったらしい。綺麗な思い出だけ持って消えるつもりだったと、熱にうなされながら旭は話した。それだけはさせないからな、と釘を刺すと笑いながら怖い怖いと嬉しそうに言った。そう、嬉しそうに。
それなのに俺が探しているという話を病院側と担当医から聞いて、慌てて雲隠れするように家から出ないようにしたらしい。遥にも出ないように伝えて、海外に立つその日までどうにかデリバリーで生活しようと思っていた矢先、旭は風邪を引いてしまった。仕方なく遥が買い出しに出かけたものの、徹に見つかった時は絶対知らないふりしてと言っていたらしい。結局遥が俺の旭への思いが潰えないと判断しきてしまったようだが。
旭は死なないと、家に来た担当医にちゃんと言われた。確かに小さい頃からかだが弱く様々な病気にかかっているものの、ちゃんと手術をすれば治る、と。手術をしなければ体は弱る一方で、寿命も縮むらしい。ある程度の年齢にならないとできない手術だったらしく、この年まで病院で療養したりしていたようだった。ただし、無茶は禁物だし、完治しても普通の生活、たとえば長時間の移動や外出などはできないらしい。
それを聞かされた上で、保護者二人(遥と担当医)に付き合えるのかと聞かれた。
『俺は、旭にたくさんの勇気をもらいました。同時に、幸せもたくさん。だから今度は俺が旭のそばにいて幸せにしてあげたい。病気ごときで離れるようなくそ野郎なら、こんなとこまで追いかけていません』
その返答に二人は満足して交際を許可してくれた。両親の方は海外での生活歴が長いおかげでその辺りには全く偏見はないらしく普通に許してくれて、むしろありがとうと言われた。旭はこのまま一人で生きていくからと親に言ったことがあるらしく、母親の方はちゃんと産んで上げられなかったことを悔いていたらしい。母親の気持ちを改めて聞いた旭は申し訳なさそうにごめんねと言った。旭にも親と気まずくなることがあるんだなと思うと、なぜかちゃんと生きていることに感動した。晴れて俺は、旭の家族公認の仲になった。
ここ数日、旭はどこかよそよそしい。まあ今まで嘘をついて生活していたわけだし、本当の気持ちを出すのが気まずいのかもしれないと思った。でもそれでは困る。もうすぐ遠距離恋愛になるんだから、その前にたくさん旭との思い出を残しておきたかった。だから俺は遥のいない間に旭を外に連れ出した。遥は旭のことになるとうるさい。お湯の温度にすら口を出すほどだ。
「徹…どこにいくの?」
「俺の家」
不安げな旭にそう言えば、えっ、と驚いた声を出したあと繋がれた手を引っ張って俺を引き留めた。
「なんで?!」
「遥が帰ってきたら話しにくいから?」
「い、いや、だって、あれは、その」
旭の言わんとすることはわかる。遥はとにかく過保護だから、俺と旭が少しいい雰囲気になるとすぐに引き離すのだ。旭もそれにちょっと安心しているところがあるんだろう。
俺はそれが、気に入らない。
ぐいっと旭の腕を引いてまた歩き出すと、あわあわと旭が慌てているのが繋いだ手を通して感じた。
そのままあまり距離のない俺の家に着くと、俺は旭の手を離して、背中と足の裏に手を差し込んで持ち上げた。姫抱っこの格好をさせるといよいよ旭は焦り出して、降ろして、ちょっと、ねぇ怖い、と逃げようとしてきた。ふざけんな、せっかくここまで連れて来れたのに逃すわけがない。幸い今日は両親共々朝から出かけている。連れ込むにはもってこいだ。
そのままに二階の俺の部屋に連れて行った。旭は観念したように縮こまっている。可哀想になってベッドに腰掛ける形で降ろせば、パッと立ち上がって部屋の隅に逃げた。
「流石にそこまで逃げられると傷つくんだけど」
「ごめん、でも」
俺がベッドに座って何もする気はないという意味を込めて両腕を上げたところ、信用してくれたのか隣に座ってくれた。前にこの部屋に旭を連れてきた時は旭は熱で浮かされていて、すぐにでも死んでしまうんじゃないかと思っていたのに。それが今では懐かしい。
「何が、嫌?」
「嫌とかじゃない、ただ…恥ずかしくて」
「恥ずかしい?」
「……な、名前、呼ばれるのがっ」
顔を覗き込むと、旭は頬を染めていた。どうやら本当らしい。
「何回も話してると思うけど、僕今まで恋人いたことなかったから、徹が近づいてくると緊張しちゃってうまく話せなくて…。しかも、ずっと遥って呼ばれてたから本名で呼ばれるの慣れてなくて」
旭の話を聞いて納得した。結局のところ、戸惑っているんだろう。俺だって恋人は初めてだからそこはなんとなくわかるものがある。
「俺に近づかれるのは、嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ。気になってたならごめん」
「いいよ、旭の本音が聞けて嬉しい」
「あと…ずっと謝りたい事があって。電話、ごめんね。あの時はとにかく声を聞くのも辛くて…会いたいのに会えないのがしんどくて、嘘をついたのも心苦しくて」
電話、と言われて咄嗟に思い出すことができず逡巡する。すぐになんのことか思い出し、別れ際の電話のことだと気がついた。
「あれは俺も悪い。ごめん。あんなこと言うつもりじゃなかった」
「うん…でも、本当は電話くれて嬉しかった」
嬉しかったと言われてほっとした。あの時の旭の悲痛な声はまだ耳に残っているから。
…さっきから気になっていたことが一つある。旭が一切俺を見ようとしないところだ。話は本当だろうけど、こっちを見ないせいで若干信憑性に欠ける。
肩をぐいっと引いて俺の方へ向ければ、少し強引な手段ではあったものの旭の顔を見る事ができた。途端、旭は硬直して、そういえばね!と話題を変えてきた。
「徹に貸してもらったあの本、最後まで読んだんだ」
「ああ、あの悲しい話の…」
「悲しいお話じゃなかったよ」
「……どういうこと?」
「あの話、最後には相手が奇跡的に昏睡状態から回復して、二人はちゃんと結ばれるんだよ。ハッピーエンドだ」
にこやかに話す旭。その話はまるで、
「俺たちのことみたい」
「僕たちのことみたい」
タイミングよくハモると、特に何か面白いわけじゃないのに二人で笑った。
そっか、あの話はそんなに悲しい話じゃなかったんだな。気持ちを伝えられなくて苦しんだ主人公は、ちゃんと思いを伝える事ができたし、相手もちゃんと生きていて、二人は結ばれたんだ。本当に俺と旭の話みたいでほっとする。
昔読んだ本だから記憶が曖昧になっていたのか、それともそんな綺麗な話があるはずないと卑屈になって記憶を書き換えてしまったか。どちらにしてもハッピーエンドならそれでいい。
俺は隣にいる旭の手にそっと自分の手を重ねて、良かったと呟いた。
「ほんと、いい話だった」
「俺は旭が死ななくてよかったって話をしてる」
「え、あ…その節は申し訳なく…」
「怒ってないよ」
謝ろうとする旭を遮って手を握ると、旭は身じろぎして顔をまた俺から逸らした。俺の顔嫌い?とわざと問うてやると、意地悪、と拗ねたような声が返ってきた。そういえば最近とある言葉を言ってないことに気がつく。
「旭可愛い」
「なっ」
即座に振り返った旭は既に顔が赤い。
「もしかして、可愛いって言ってもらえなくて拗ねてた?」
「違うけど?!なんでそういう解釈になったの!」
「違うんだ。でもまぁ、旭が可愛いのは事実だから言う。可愛いよ旭、俺を好きになってくれてありがとう」
「うっ…ずるい」
俺の言葉に大打撃を受けたのか、旭は下唇を噛んで恥じらいに耐えている。だからそういうのが可愛いっていうのに…旭は全くわかっていない。少しわからせてやろう、と俺が旭の顎に手をかけた時――インターホンが鳴った。どんどんどん、という玄関のドアをノックスする音と同時に、旭の携帯の着信音が鳴る。もちろん、発信元は遥。
「…時間切れ」
「過保護すぎるな」
俺がため息をついて立ち上がったその時、旭が背伸びして俺の口にそっと唇を重ねてきた。俺が驚いて目を見開くと、旭がニヤッと笑った。
「仕返しっ!僕だって徹が好きなんだからね!」
最後に見たのはいつだったか、旭の意地悪そうな顔。俺は顔が緩むのも気にせずに、もう一度旭の唇を奪った。
飛行場で手を振りながらゲートを潜る双子を見送る。当たり前のように遥もついて行くようだった。
もう生きるのが怖くなかった。旭が教えてくれた、俺は隠れて生きていく必要なんてないんだって。理解できないという人もきっといるだろう、それでも俺は自分自身を軽蔑したりしない。
世界は俺が思うほど悪くない。それを教えてくれたのも旭だった。
だから今度は俺が旭を幸せにする番だ。いろんな世界を見て生きたと思う、旭と共に。
――泣かない海月は、幸せを掴みました。
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