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08.
平日の小さな公園に人の姿は見当たらない。太陽の落ちきらない薄暮 とはいえ、近所の子どもたちは家族と夕食を囲んでいる時間だろう。
右手にフラッペを持ち、左手にコンビニのレジ袋を提 げた俺とナギは、二つ並んでいるブランコに腰を下ろした。俺はまだともかく、180センチ越えのナギが座るとサイズ感のちぐはぐさがひどい。
「このブランコって、こんなに小さかったっけ……?」
「おまえがデカくなりすぎなんだよ」
長い脚が余りまくってるし、横幅もギチギチだ。この簡素な公園にベンチなんて立派なものはない。俺たちは諦めて膝の上にレジ袋を置いた。
陽が沈みかける頃になっても外はまだ暑く、ひんやりとしたフラッペはあっという間に吸いつくされていく。ちなみに俺が買ったのはチョコミント、ナギはストロベリーだ。味の好みは互いに昔から変わっていない。
俺たちはほぼ同時にフラッペを飲み終え、五個入りの唐揚げを食べ始めた。最初のやりとりから会話が続かない。無言のまま爪楊枝 を唐揚げに刺し、口に放り込む。衣が香ばしく、絶妙に塩気とスパイスが効いた味付けだ。
「……唐揚げ美味いな」
「ね」
思わず感想を零せば、ナギが短い相槌 を打ってくれた。しかし、すぐに静寂が戻ってくる。
俺もナギも元々口数は多くないから、会話に間が空いても気にならないほうだった。それが今は、なんとかして話を切り出すべきかとぐるぐる考えてしまう。
(ずっと気まずいままでいたくないのは、たぶんナギも同じだよな。ここは年上として、気の利 いたことの一つくらい……)
俺は二個目の唐揚げを咀嚼 して飲み込んでから、意を決して口を開いた。
「あのさ、ナギ」
「ねぇ、よーちゃん」
被った。さすがは幼馴染というべきか、見事なシンクロだ。俺たちは黙って顔を見合わせる。
「……なんだよ、先言えよ」
「よーちゃんのほうが、ちょっと早かった」
「早押しクイズじゃねぇんだから」
「じゃあ言うけど」
「言うのかよ」
やっぱりナギはマイペースだ。そして譲られたら素直に受け取るタイプ。
「こないだは、ごめんね」
ナギは膝の上に視線を落として、ぽつりと呟いた。
「おれが、変なところ見せちゃったせいで……よーちゃんを困らせてる」
具体的なことは言われずとも、何に対する謝罪かは理解できた。まさかナギのほうから話題にしてくると思わなかった俺は、一瞬言葉を失う。
「幼馴染の、しかも、おれみたいな男のあんなとこ見たら、普通に嫌だよね」
「それは……」
「一応、ああならないように色々、寝る前に対策したつもりだったけど……だめだった。ほんとにごめんね」
ナギは俺に向かって小さく頭を下げた。思いのほか真剣に謝られてしまい、俺はしどろもどろになる。
「もういいって、気にすんな。俺も見ないフリして寝とけばよかったのに、無神経なことしちまって悪かった」
俺が同じように頭を下げ返せば、今度はナギのほうが焦りを浮かべた。
「よ、よーちゃんは何も悪くない。コントロールできなかった俺のせい、だから……」
語尾を震わせてうつむいたナギの顔が赤くなり、耳まで染まっていく。また泣き出してしまいそうだ。俺は慌ててナギのほうにブランコごと近寄った。
「健全な男子なら、エロい夢見て夢精 するくらい普通にあるだろ。別に変なことでも悪いことでもねぇよ」
「状況によると思う」
それはそうだ。でも励ましに正論で返すんじゃない。
「つうか、その……これは聞いていいのか分かんねぇけど、寝る前の対策って?」
話の軌道を変えようとしたら、好奇心のほうが若干勝ってしまった。俺はいったい何を訊ねているんだ。
ナギは顔を真っ赤にしたまま、膝を擦り合わせて恥ずかしそうに目を泳がせる。
「……お風呂とか、トイレとかで、えっと……何回か……」
「分かった、無理に言わなくていい」
ナギの素直さを舐 めていた。こんな羞恥 プレイみたいなことをしたかったわけじゃない。俺が制止すると、ナギはいよいよ縮こまって瞳を潤ませた。
「ごめん、やっぱり気持ち悪いよね……」
「そ、そうじゃなくてだな」
また謝らせてしまい、俺は内心で歯噛みした。どうやってこの話に決着をつければ丸く収まるんだ。
思い返してみれば確かにあの夜、ナギはやたら長風呂だった。エロい夢を見ないよう、先に性欲を発散していたのだろう。もしかしたら、そのとき尻穴にローションか何かを使ったのかもしれない。
(だめだ、想像すんな俺!)
脳裏 にナギの淫 らな姿が浮かんできて、懸命に振り払う。
努 めて考えないようにしても、ふとした瞬間に思い出して頭がいっぱいになる。情けないことに俺は昨夜も自分の部屋で抜いてしまった。まったくもって人のことを言えない。
「と、とにかく。この件は無かったことにしようぜ。忘れるほうがお互いのためだろ」
俺はできるだけ明るい口調で言い、残りの唐揚げをぱくぱくと食べた。コンビニの唐揚げは冷めても美味しい。
ギリギリ泣かなかったナギは、沈んだ顔でちらりと俺を見て、「……うん」と頷いた。そして俺に倣うように唐揚げをかじる。身体は大きいのに一口が小さい。
これでひとまず、俺たちは今までどおり――とはいかなくても、普通の幼馴染らしい距離感になれるだろう。なれる、はずだ。
(これは順当な変化ってやつだ。俺も来年には高校卒業して、この街を出ていくかもしれねぇし)
精神的にも物理的にも、自然と離れていくんだ。それが当たり前だ。
そうやって大人になっていく。何もおかしなことじゃない。
俺は自分に言い聞かせながら、空になったフラッペと唐揚げの容器をレジ袋に押し込んで、ぎゅっと口を結んだ。
これでいいんだ。
(――本当に?)
内なる自分が問うてくる。
(ナギのこと、諦められんのか? 本当に離れられるのかよ)
できる、できないじゃなくて、そうするしかないんだろう。
ナギには好きな人がいる。俺の知らない姿を見せている相手がいる。俺にはナギを引き留めたり束縛 したりする権利なんかない。
――そう、分かっているのに。
頭がぐらつく。吐きそうだ。こんなに嫌なことが他にあるか?
恋と同時に自覚した、醜 い独占欲が顔を出す。
ああ、嫌だ。考えるだけでもおぞましい。ナギが他の奴のものになるなんて!
この最低な感情を、俺はこれから一生飼い続けていくのか。
レジ袋をぐしゃりと握りしめる。中でプラスチックのカップが割れる音がした。
そのとき、ふいにナギが口を開いた。
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