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「……んじゃ、そろそろブラシがけして帰るか」  発した声に、はっとしたように結月が振り返る。 「あ、うん……! 待たせてごめん……」 「全然」  返しつつも、試合直後のような昂揚感はすでに消えてなくなっていた。  さくっと後片付けを済ませて施設を出ると、足を止めて結月が言う。 「このあと、どうする? 夕食、負けたから俺が奢るけど、まだちょっと早いよな」 「あー……」  そういえば、そんな約束をしていたっけ。  ポケットからスマホを取り出して、時刻を確認する。午後四時前。確かに、夕食を摂るにはまだ早い。  逡巡の後、晃大はスマホから視線を上げた。 「つか、おまえ普通に強かったし、今回は引き分けってことでいいよ。めっちゃ動いて疲れたし、とりま寮帰って、夕飯はお互い好きなタイミングにでも――」 「そっ、それはダメだっ!」  咄嗟に、結月が声を上げて主張した。 「え?」  目を瞬いて訊き返した晃大をまっすぐと見据えて、結月は言う。 「負けたら奢る……そういう約束だっただろ! 俺は……っ、俺はっ、自分の発言には責任を持つタイプの人間なんだ!」 「や、責任って……」  いちいち大袈裟である。  眉尻を下げ、晃大は首筋を掻いた。 「……つっても、たかが飯だろ? あんなん、半分冗談だし。んな気にすんなって」  さすがに、自分が負けたら奢っていたけど。ほぼ勝つこと確定だったし、年下の結月に奢らそうとは端から思っていなかった。 「っ――」 「さ、帰るぞ」  結月はまだなにか言いたげだったが、さくっと切り上げて、晃大は駅の方角へと歩き出した。  なかなかついてくる気配がない。しかし、足は止めない。  一メートルほど進んだ辺りで、背後からぽそぽそとした声が聞こえてきた。 「……かく……たのに」 「んー?」  前を向いたまま、晃大は緩い返事をする。次の瞬間、結月が声を張り上げて言ったのだった。 「せっかくお肉、奢ってもらう予定だったのに!」 「……は?」  足を止め、晃大は振り返る。元いた位置から一歩も動かず、キッとこちらを睨みつける結月と目が合った。 「美味しい焼肉屋さん、昨日のうちから調べてたんだ! おまえのことコテンパンにして、これでもかってくらいモリモリ食べてやろうって!」 「いや、厚かましいな」  よく勝ってもいないうちからそんな計画を立てられたものである。  ――しかも、モリモリって……。  遠慮の欠片もない。 「予定外に負けちゃったけど、焼肉は行く。絶対行く。……仕方がないから、今回だけは俺が奢ってやる」  ぶすっとした表情で告げられて、晃大は閉口した。  ……正直、今は焼肉どうこうよりもシャワーを浴びて仮眠を取りたい。本日も午後九時から午前五時まで、フルタイムでシフトが入っているのだ。  ――とは、いっても……。  おもちゃ売り場で立ち止まる子どものように頑なな態度を取る結月を前に、晃大は逡巡する。ふと、ポケットに入れていたスマホが音を発して震えだした。 「わり、電話」 

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