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「電話?」
立ち止まり、結月が尋ねてくる。
「わり、ちょっと出るわ」
断って、その場で通話ボタンを押した。
「もしもし。どした?」
『晃大、今どこ』
「どこって、寮だけど。食堂で飯食って、部屋帰るとこ」
横目で結月の様子を窺いながら、晃大はやや訝しげに受け答えをする。
電話の相手は、エヴァンだった。エヴァンのほうから連絡してくるなんて珍しい。というより、未だかつて一度もないことだ。
『このあと、バイトは?』
「ないけど、なに? なんかあった?」
訊き返すなり、スマホ越しに沈黙が落ちた。
「……もしもし? エヴァン――」
『抱いて』
ぽつりと、滴るようなその一言に、晃大は目を見開いた。同じく、こちらを見つめていた結月の瞳にも驚きの色が浮かぶ。
その反応に、晃大は二重で動揺した。
「急にどうしたんだよ。なんかあったのか」
『……別に。無理ならいい。テキトーにほか当たるから』
「テキトーって……」
投げやりな態度に、違和感を覚えた。
エヴァンは金と引き換えに体を売る男だが、間違っても自分を安売りするようなタイプではない。
「……今、一人? ルームメイトは?」
問いかけに、小さく結月の肩が揺れた。それへとわずかな罪悪感が胸を掠め、晃大はさり気なく視線を逸らす。
『いない。……俺、ひとり』
ぽそぽそとした返答に、「わかった」と頷いた。
「んじゃ、すぐ行くから。……変なやつ呼ぶなよ。じっとしてろ」
警告は、単なる杞憂かもしれない。ただなんとなく、「テキトーにほかを当たる」というエヴァンの言葉に、得も言えぬ危うさを感じていた。
『ん、待ってる……』
家で一人、親の帰りを待つ幼子のような頼りない響き。通話を切り、晃大は改めて結月と向き合った。
「あー、いや……」
こちらを見上げる大きな瞳には明らかな不信感が滲んでおり、思わず言葉に詰まる。
電話口の会話は、筒抜けだった。晃大が今からどこで誰とナニをする予定なのか、結月にはもうバレているのだ。それは、そんな表情にもなるだろう。
晃大とエヴァンの関係はこの寮ではほぼ周知の事実だし、隠すつもりもないけれど、さすがに今のはタイミングが悪かった。
「……悪い。なんかエヴァンのやつ、ちょっと様子おかしいから見てくるわ。多分、そんなかかんないと思うけど……」
「……」
無言のまま、結月はなんとも答えない。先約を反故にしたのは晃大だが、黙り込まれるのが一番困る。なんだかんだ、こういう面に関しては昌樹たちのほうが理解がある分勝手が利く。
「……とりま、行ってくるから。アニメの続きは、また時間あればってことで」
あまり長引かせても仕方ないと思い、晃大は軽く話を切り上げた。
最後までなにも答えない結月を置いて、足を踏み出す。降りるときに使ったエレベーターの前を素通りして、階段まで歩を進める。エヴァンの部屋は二階。そのくらいならと思った気持ち半分、今の空気で、たった数十秒でも結月と密室で二人きりになるのは気が重かったというのも事実だ。
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