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 自分のベッドへと向かって足を踏み出しかけたそのとき、ポケットに入れていたスマホが震えながら音を立てる。少しのためらいの後、確認したスマホの画面には昌暉の名が表示されていた。 「……もしもし?」  通話ボタンをタップし、その場で応答する。スピーカー越し、なにやらガヤガヤとした音が耳を掠めた。 『おー、晃大。おまえ、やっぱ今日来いよ。今、{綾香|あやか}の友達の読モの子が来てんだけど、おまえに会ってみたいんだと。今どこいるよ』  今日はすでに一度、夕方過ぎに昌暉から飲みの誘いがあって断っていた。今はもう食事も風呂も済ませたあとなので、なおさら外出するのは億劫だ。  とはいえ、億劫なのは今この空間に対してもいえることであって……。 「いま寮。んじゃ、すぐそっち行くわ」  数拍を置いて、晃大はそう返事をした。昌暉が今いる居酒屋の名前を口にし、わかったと返事をして通話を切る。  二度目の静寂。けれどもひとまず、避難場所ができたことに安堵した。  昌暉たちといるときは、とりあえず、面倒臭いことを考えずに済む。生産性は皆無だが、それでも、一人でぐだくだと気を揉んでいるよりはずっといい。少なくとも、晃大はそういうタイプの人間だった。  一歩、足を踏み出すと、背後から焦ったように名を呼ばれる。 「晃大……っ」  けれども続く言葉はなく、晃大は静かに声を発した。 「ルームメイト、解消したいならおまえのほうから一条さんに言えよ。出てくのは俺でも構わないから」 「っ――」  ジャージ姿のまま財布だけポケットに突っ込んで、足元に散らばった服などを踏まないよう気をつけて玄関へと向かう。  こんな不便な生活が終わるのなら、むしろこっちのほうがメリットは大きいはずだ。なのに、なぜ。なんなんだ、このやり場のない感情は。 「……あー、クソ」  部屋を抜け出し、施錠したドアに凭れかかって、情けない声が漏れた。  やはり自分には、まともな人付き合いというのは向いていないらしい。適当に会って、適当に盛り上がって、相性が良ければセックスをする。そういう生き方が、自分には合っている。  (倹約ぅ?)  訝しげに告げて、吹き出した昌暉の表情を思い出す。 (バッカおまえ、似合わなすぎだろ。つか、いつからそんな真面目んなったんだよ)  ああ、そうだ。自分はお世辞にも、人が見て『真面目』だなんて思うような生き方はしてこなかった。いきなり軌道修正しようったって、積み重ねてきた過去が消えてなくなるわけはなく、どうしようもなくそちら側へと引きずり戻されてしまう。 (さくみ……)  あのときエヴァンは、一体どんな気持ちで晃大の腕に抱かれていたのだろう。自分にできることはこれくらいしかないからと、そんな気持ちでエヴァンと体を繋げた晃大の行動は、はたして本当に正しかったのだろうか。もっと別の方法で、エヴァンの苦しみと向き合ってあげることはできなかったのだろうか。  変わろうとするエヴァンを過去に引きずり込むことしかできなかった自分が、潔くエヴァンを振った元ルームメイトに腹を立てるなど、死ぬほどイタい勘違い野郎の発想ではないのか。 「マジ、なにやってんの俺……」  ドアに背を預けたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込んでしまいそうになる。  自分が積み重ねてきた過去や、築き上げてきた人間関係はどれもその場限りのものばかりで、いま手元に残っているのはたった一つ――無力感、それだけだった。

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