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「……悪い」  長い沈黙を挟み、晃大は言った。 「あいつから電話がかかってきたのなんかあんときが初めてで、明らかに様子がおかしかったからほっとけなかった。できるだけ早く帰るつもりだったけど、いざ会いにいったらそうもいかなくて……そのせいでおまえに不信感を抱かせることになったんなら、まじでごめん。俺が悪かった」  チン毛云々はさておいて、この件に関しては百パーセント晃大の過失だ。あの一件がなければ、ここまで結月に距離を置かれることもなかっただろう。 「……別に、謝ってもらいたいわけじゃないし」  そう言われると弱った。もう済んでしまったことに対し、誠意を込めて謝罪する以外の和解策とはなんだろう。賠償責任が発生したわけでもなし、言葉や態度で詫びる以外の手段が思いつかない。  気まずい沈黙が漂うなか、ふと、『詰み』という言葉が頭に浮かんだ。  もしや自分と結月の関係は、すでに詰んでしまっているのだろうか。浮気でもなんでも、一度失った信頼を取り戻すことは不可能に近いと聞く。無論、晃大と結月は付き合っているわけではないけれど、いま自分が置かれている状況は限りなくそれに近い気がした。  代わりに人参を食べるくらいじゃ、なんの穴埋めにもなりやしない。 「結月――」  苦し紛れに発した直後、結月のほうから着信音が鳴り響いた。  はっとした結月がポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。一瞬、その表情が曇ったように見えたのは晃大の気のせいだろうか。 「……ごめん、ちょっと」  断りを入れる結月に、晃大は軽く肩を竦めた。少し前からちょくちょくとチャットの通知音が鳴っていたので、同じ相手かもしれない。わざわざ電話をかけてくるくらいだから、急ぎの可能性もある。 「もしもし、大島先輩……」   第一声、口にされたその名前に、茶碗を持つ手が止まった。 「あ、えっと、ごめんなさい……。今、寮で食事摂ってて……スマホ、見てませんでした」  テーブル越しなので、相手の声はよく聞こえない。ただ、スマホ越しに大島へと謝罪する結月は、どこかおどおどとした様子だった。  再開から優に一ヶ月は経つだろうにまだ連絡を取り合っていたのかと驚く気持ちと、それにしてはまたやけにぎこちない態度だなと訝しむ気持ちで、晃大はじっと結月を窺い見る。 「明後日……は、その……ちょっと、ほかの用事が入ってて……」  遊びかなにかの誘いらしい。  明後日は日曜だが、再会した翌週と、翌々週の日曜も向こうから誘いがあったと言っていた。まさか、あれ以降も毎週このような連絡が続いているというのだろうか。  ――なんかそれって……。  過った不穏な発想は、しかし、大島と結月が高校時代の先輩後輩であることや、男同士であることを思うと、考えすぎのような気がしなくもなかった。  ただ、もしこれが杞憂だった場合、やはり、今しがたの結月の態度には違和感がある。高校卒業後も定期的に連絡を取って会いにいくほど、気が置けない間柄には見受けられない。 「あ、はい……バイトは休みなんですけど……ちょっと、ほかに用事が入っちゃって……」  ごめんなさいと、結月はふたたび謝罪した。相当気後れしているように見えるが……。 「え、明日……?」  口にして、いっそう結月の表情が曇った。 「あ、で、でも、明日は俺、バイトがあって……。終わるのも夕方頃だから……」  やけにしつこく誘われているみたいだ。そうまでして高校時代の後輩に会わなければならない理由とは、はたしてなんなのだろう。  考えれば考えるほど、さきほど過った不穏な発想が現実味を帯びてくる。大誠が言っていた『過去にいろいろあった男関係』とは、もしかしてもしかすると、この電話相手ことだったりするのではないだろうか。  ――いやでも、まさかそんなこと……。 「い、今から、ですか……?」  萎縮しきった結月の声を聞いた途端、疑念はほとんど確信に変わった。 「それは、ちょっと……。や、わざわざ来てもらわなくても……! だったら俺が――」 「おい、結月」  黙って見ていられなくなって、とうとう晃大は口を挟んだ。

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