63 / 75
7-10
「いつまで話し込んでんだよ。このあと部屋の片付けもあんだし、さっさと通話切って飯食えよ」
電話相手にも聞こえるくらいの声量で言い、指示に従うよう目顔で促す。結月は一瞬、驚いたように黙り込んだ後、慌てた様子で口を開いた。
「あ、えっと……っ、すみません。今俺、ルームメイトと一緒で……このあとも予定が入ってるので、今日はこのへんで失礼します……っ!」
勢いで通話を切り、結月はぎゅっとスマホを握り締めた。
「おまえの先輩ってストーカー?」
過った不穏な発想を、直接本人にぶつけてみる。
「っ、そんなんじゃない、けど……」
気まずげに、結月は視線を下ろした。
けどなんだと突っ込んで訊きたい気持ちをぐっと堪え、晃大はまた結月の皿から一つ人参を摘み取る。
「今日、マジで一緒に部屋片付ける?」
また断られるだろうかと内心構えつつ尋ねたのに対し、結月は「え?」と首を傾げた。
「今、そんなに部屋散らかってないけど……」
「は?」
なに言ってんだこいつ。少し前にジムから戻った際も、十分と言ってよいほど散らかっていたが。
「おい、適当なこと言うなよ。どう見ても散らかってただろ」
「なっ、そっちこそ適当なこと吐かすなよ! どう見ても、前より綺麗にしてるだろ!」
「は〜あ?」
むむむと、それぞれ眉間を寄せて睨み合う。
――てかこいつ、マジで口悪いな。
普通、年上の相手に『吐かす』なんて言葉使うか。生意気にもほどがある。
――でも……。
ふっと、鼻を鳴らして晃大は笑った。結月は一瞬、戸惑ったような表情を見せつつも、また性懲りもなく突っかかってくる。
「な、なにがおかしい! 俺はほんとに綺麗にして――」
「あー、はいはい。確かに、ピークで散らかってたときよりは『マシ』かもな。わかったから、そんなウリウリすんなって」
言いながら、晃大は腕を伸ばして結月の頭を撫でる。ふわふわした毛並み。相変わらず、ウリ坊みたいなやつだ。
「ウ、ウリウリしてるのはそっちだろ! ウリウリするなっ! このっ、このっ!」
両手を頭上に伸ばしてウリウリと抵抗するその姿に、晃大はほっと胸を撫で下ろす。
「でも、よかった」
呟くと、ぴたりと結月の動きが止まった。一体なにがと言いたげな目を向けられて、二十分ほど前の出来事を頭に思い浮かべる。
「最近のおまえが元気ないって、ジムであの男に聞かされて不安だったから。……でも、ウリウリする元気はあるみたいじゃん?」
止めていた手を動かすと、結月もはっとしたように抵抗を再開した。
「別に……っ、元気なくないし!」
「おう。なら片付けも一緒にできるよな」
「ちっ、散らかしてもないし!」
「それは無理がある」
「ウリウリもしてない!」
してるしてると、晃大は笑って繰り返した。
なんだろう、気づけば胸のあたりがすっきりと軽い。どうやらここ最近、ずっしりと重たくなっていたのは金玉だけではなかったようだ。
久々の結月との会話。というか、小競り合い。ほかの誰と話しているときよりも自然体でいられる。一方で、ほかの誰と話しているときよりも胸が弾んでいる。嫌じゃない落ち着かなさ。
この感覚はなんだろう。こういう気持ちのことを、なんというのだっけ――。
「おりゃ!」
ふいに、ウリウリと頭を撫でていた手を両手でぎゅっと握り締められ、はっとした。
さんざん晃大に頭を撫でくりまわされた結月の頬は赤く、突き出されたふっくらと小さな唇がツンと尖っている。
――……可愛い。
どうやら自分は、エヴァンの二の舞を踏んでしまったらしい。
ともだちにシェアしよう!

