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8-3
「ただいまー」
大学から一直線で帰宅し、開いた自室のドア。真っ先に出迎えてくれるのは、無造作に散りばめられた奇数の靴だ。なぜいつも片方の靴が行方不明なのだろう。
床に散らばる服やらゴミやらを掻き分けて部屋の奥へと足を踏み入れるなり、ベッドに寝転んでスマホをいじっていた結月が振り返った。
「か、帰ったのか……!」
「だから、そこは『おかえり』だって」
笑って指摘しつつ、背負っていた大学用のリュックを自分のデスクに立てかける。じんわりと熱がこもっていた背中に冷たいクーラーの風が吹き抜けて、ふっと息をついた。
洗面所で手洗いを済ませ、ふたたび部屋に戻る頃には、結月は身を起こしてベッドに腰かけていた。スマホはシーツの上に置かれ、なにかもの言いたげな瞳でこちらを見つめている。
「――よし。んじゃ、約束通り部屋の片付けするか」
こちらから切り出すなり、ぴくりと結月の眉が動いた。
腰に手を当て、散らかった部屋を一望して晃大は続ける。
「晩飯まであと一時間くらいあるから、それまでに終わらせるぞ。まず、おまえはゴミ拾いから。俺は洗濯済みの服畳んでいくから」
「……わかった」
頷いてベッドから腰を上げる際、結月はさっそく足元に落ちていた空のペットボトルを拾い上げた。入れ替わりで晃大はカーペットに腰を下ろし、山積みになった洗濯物のてっぺんからTシャツを一枚掴み取る。
「ラベルはちゃんとはがして、中はゆすいでから捨てろよ、ペットボトル」
「……俺、ペットボトルじゃないし」
ベリベリっとラベルを剥がす音を聞いて、やれやれと晃大は肩を竦めた。相変わらず生意気なやつである。
――服、もう皺くちゃになってるし……。
せっかく洗濯して乾燥機までかけているのに、台無しだ。膝の上に乗せ、軽く手のひらでなぞって皺を伸ばしながら、ふと一週間前の出来事が脳裏を掠めた。
(なあ、結月……)
あれは、久しぶりに二人で食堂に訪れ、夕食の肉じゃがを食べ終えたあとのこと。流れでまた一緒に片付けをすることになり、ちょうど今のように洗濯物を畳みながら……晃大は気になっていたことを尋ねたのだった。
(やっぱこの、やたらめったら部屋が散らかってるのも……嫌われ術の一環、だったりするのか?)
(……!)
しゃがんでゴミ拾いをしていた結月の肩がピクリと跳ね、晃大の心臓も変なふうに脈打った。自分から尋ねたにもかかわらず、イエスと言っているに等しいその態度にはショックを覚えた。
丸めたティッシュを握る結月の指先に、ぎゅっと力がこもる。
(……違うって、さっきも言った)
さっきというのは、少し前の食堂での会話で、『以前より綺麗にしている』と主張していたことを指しているのだろう。積み上げられた洗濯物の山をじっと眺め、やがて、晃大は低い相槌を打った。
(あー、うん。じゃあまあ、そういうことで)
もちろん、真に受けたわけではない。恐らくただの言い訳だろうと確信しつつも、これ以上の追求は空気を悪くするだけだと判断して話を切り上げた。
一枚、また一枚と、積み重なった服を畳んでゆく。単純作業を繰り返すことで、少しでも平静を保てるように。
(……俺、嘘ついてないし)
耳を掠めた細い声に、片足だけひっくり返ったズボンの裏表を直すべく裾口へと突っ込んだ手が止まった。ゆっくりと視線を上げると、結月は数分前と同じ体勢のまま、丸まったティッシュを握りしめてしゃがみ込んでいた。
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