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以前、部活について話題になった際、結月は高二でテニス部を辞めた理由を『飽きただけ』『自分には向いてなかったから』と零していた。それゆえに、晃大の中ではすっかり結月が万年補欠組の認識になっていたのだが、実際にはこんな理不尽な出来事に見舞われていただなんて。
体育倉庫で女の子を襲おうとしたクズをタコ殴りにし、謹慎処分を食らった晃大とは違うパターンの理不尽。いやしかし、元凶はどちらも同じ、一方的な好意の押し付けだ。
(なんだっけ、『好かれて困る相手には、それ相応の態度を取る。それが責任感ある行動だ』的なやつ。やってること妖怪なのに、言ってることめっちゃ正論なのおもしれーよな)
(だから妖怪やめて。……って言っても、ぶっちゃけあそこで結月を呼んだのは面白半分だったんだけど。いくら嫌われるためでも、朔実がチン毛撒き散らすとことか想像つかないし。あれは結月にしかできない技だよ)
他人からすれば、ふざけているとしか思えないその奇行。けれど改めてその言葉を思い返したとき、晃大は胸の奥に鈍い痛みを覚えた。
好かれて困る相手には、それ相応の態度を取る。それが責任感ある行動。
自分よりデカい男から好意を寄せられるなんて経験が一度もない晃大には、馴染みのない教訓。けれども結月にとってそれは、もはや呪縛にも等しい戒めとなっているのかもしれなかった。
「……結月」
呼び声に、ゆっくりと結月が顔を上げる。
大きくて色素の薄い瞳が、うっすらとした涙の膜で覆われている。
きっと結月は、まだ過去との折り合いがついていない。そんなこともあったなと、平気な顔をして話せるほど過去を赦せてはいない。
それは晃大も同じだ。四年ぶりに鈴羽と再会し、元気そうにしている姿を見て、少しは過去の呪縛から解放された気がしていたけれど、本質的にはまだずっと和真を憎んでいる。未然に防ぐことができなかった自分を、憎んでいる。多分、この先もずっと。一度起きたことは、なかったことにはならないからだ。
それでも少しは自分を赦せるようになったのは、再開後、鈴羽の「ありがとう」の言葉があったからだった。他人から向けられたたった一言が、自分では届かなかった心の奥深いところをすくい上げてくれることがある。
「な、に……」
「ほこり」
言って、晃大は結月の髪を撫でた。本当はほこりなんかついていない。
「俺がいたら、大島も、おまえを責めた部員も、全員タコ殴りにしてた」
「タコ、って……」
「おまえは、なにも間違ってなかったよ」
言い切ったと同時、手のひら越しにかすかな動揺が伝わってきた。
すぐそばでじっと結月の目を見つめて、晃大はもう一度、はっきりと繰り返す。
「おまえは、なにも悪くない」
「っ――」
途端、込み上げてきた感情を堪えるかのように、くしゃりと結月の表情が歪んだ。
「……な、でっ」
「うん」
「も……三年も、経ってるのに……っ」
「……うん」
必死に涙を堪らえようと息を引きつらせるその姿を見て、晃大はそっと、結月の体を抱き寄せた。
ビクリと、華奢な肩が跳ねる。しかしそれからほどもなく、胸板に額を押し付けるようにしてきつく服を握りしめられた。
……どうして今さら涙なんか溢れるのか。それは、今さらなんかじゃないからだ。高校時代の出来事を通して、少なからず結月の人との接し方は変わった。考え方が変わった。生き方が変わった。それまでのように気楽に人と接することができなくなり、常に周囲を警戒して生きなければならなくなった。結月の今は、過去の延長線にある。
「……」
啜り泣く結月の体温を感じながら、晃大はふと、芽生えたばかりの想いが急速に育ってゆくのがわかった。
もし、この想いを結月に知られたら――。次に結月を傷つけるのは、自分かもしれない。
いよいよ八方塞がりだと、背中を撫でる手を止めて、晃大は静かに瞼を閉じた。
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