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暗闇に溶けた大島の影が完全に見えなくなったころ、張り詰めていた空気がふっとほどけ、晃大は背後を振り返った。
「……割り込んで悪かった」
しかし、どうしても黙っていられなかった。たとえ、自分なんか必要とされていないとわかっていても。自分が大切に思っている相手が、あんなふうに追い詰められているところを、黙って見過ごすことはできなかった。
結月のことが好きだというあの男の言葉の節々には、その実、結月を自分の支配下に置きたいのだと言わんばかりのナメた思考が透けて見えていた。あの男が結月に抱くその異常な執着心は、それ自体が結月への侮辱と言っても過言ではない。その好意に応えられないことに対し謝罪を求めようだなんて、さながら、うんこの落書き一つしたノートの切れ端を絵画コンクールに送り付け、落選を言い渡してきた主催者に対し異議申し立てるくらい思い上がった発想だ。
「……」
黙ってこちらを見つめる結月に、でもだったら、自分はどうなんだろうと思った。自分は大島のようなカスではないけれど、すでに結月から落選を言い渡されているという意味では立場は同じだ。そしてやはり、自分もしつこく結月のことを……。
(コウタさんはもう、ユヅキさんのことは吹っ切れてるんですか)
(ああ、俺はその……)
あのとき、自分が口にした言葉を思い出す。
(……もう、吹っ切らなきゃなとは思ってる)
(じゃあ、まだ好きなんですね)
(まあ、そういうことになるな)
我ながら、しつこい男で呆れてしまう。あそこまではっきりと――なんなら、大島に対するよりよほど直接的に拒絶を突き付けられたにもかかわらず、まだ未練が残っているだなんて。
「……俺さ、やっぱ一条さんに言って、部屋替えてもらおうかなって」
言うと、ぴくりと結月の肩が揺れた。
「へ……?」
「大島の言ってたことじゃねえけど、俺と一緒にいたら、おまえに悪い影響与えそうだし……」
自分の苦手とするタイプの人間と一つの部屋で生活するのは、きっと相当ストレスが溜まるはずだ。晃大にしろ、寮に帰れば結月に会えるという状況では、断ち切れる未練も断ち切れない気がする。
「……結月?」
じっとこちらを見上げたまま固まってしまった結月を訝しく思い、名を呼んだ。それと同時に、そのビー玉みたいに真ん丸な瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
「っ、結月――」
「晃大のバカ、アホ、チンカス」
「チンカスって……」
さっそく、悪い影響が出ている。妹の前で下品な言葉遣いをするなと母に言われて育った意味がよくわかる吸収力の速さだ。
「妖怪金玉潰しのくせにっ!」
「なに?」
困惑する晃大とは裏腹に、結月はもうぼろぼろと涙を零していた。帰宅した寮生が訝しげにこちらを見ながら通り過ぎようとしているのに気がついて、晃大は咄嗟に、結月を覆い隠すよう胸元に引き寄せる。
「気安く触るなってば!」
胸の中で叫ばれ、背中に回していた腕が緩んだ。
「ご、ごめん。けど、泣いてるから……」
「俺のことっ、好きでもないくせに優しくするな!」
「え?」
「勝っても負けても奢ってくれるくせに、一緒にテニス行こうとか言うな! 意味不明な理論並べて一緒に寝ようとか言うな! 実家から電話かけてくんな! 俺の好みリサーチしてお土産買ってくんな! ヒーローみたいに俺を守ろうとすんな! っ、勘違いするようなことしてくんなよっ。この……っ、このっ!」
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