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朝方、バイトを終えて寮に帰ると、ふっと肩の力が抜けた。
向かって左側のベッド。もとは晃大一人のものだったはずのそこに、寝相の悪いルームメイト――否、恋人が身を横たえて眠っている。
「ただいま、結月」
囁く自分の声は小さく、たとえ結月の鼓膜をわずかばかり震わせていたとしても、起きて反応が返ってくることはない。けれど、バイトから帰ってきて、自分のベッドで眠る恋人へと『ただいま』を囁くこの瞬間は、晃大にとって何物にも代え難い幸せだった。
今から二週間前、結月と初めて性的な触れ合いをして以降、結月はこうして、晃大がバイトに行っている日でも自ずと晃大のベッドで眠ってくれるようになった。物理的に繋がることこそできなかったものの、あの行為をきっかけに、結月との心理的な距離が近くなったことは明白だ。むしろ、あのとき勢いで最後までしなかったからこそ、今、結月は安心して晃大のベッドで眠ってくれているのだと思う。
と、いうより。世間一般で言う『最後まで』の『最後』が、必ずしも二人にとって目指すべき場所であるとは、もとより晃大は思っていなかった。結月が一番安心して、気持ちよく達せられる方法が指での刺激であるならば、晃大はそれを、二人の『最後』に設定してもいいと思っている。
人生という道のりにおいて、『ここが最後』というゴールテープを張れるのは、本人しかいない。海を目的地と設定している人に、山を登らないとゴールとは言えません、なんて言う人間がいたのなら、それはそれは、立派なベニテングダケをお見舞いしてやる必要がある。
山を登るか、登らないかは、その肉体の持ち主にしか決められないことだ。リスクを負い、時間と労力を費やしてでも登る価値があると思う人は登ればいいし、ないと思う人は登らなければいい。価値がないと思っている人に対し「登ればこんなにいい景色が待っているのに」と言うのは明確なお節介だし、登りたくても登れない人にとっては人格否定にもなりかねない。自分の価値観の素晴らしさを、別の価値観を持つ他者にリスクとリソースを負わせてまで証明しようというのは、ひどく傲慢な話だ。
結月とはあれ以降、『練習』という名目で五回ほど、指だけの慣らしを実践しているが、晃大としては、その一回一回が全て、結月と愛を交わす『本番』でもある。一緒に気持ちよくなって、一緒に達して、抱きしめ合って眠りに就く。なにも、欠けてなどいない。むしろ、満ち足りている。ただ単純に体を繋げるという行為よりもずっと、心が満たされていると感じるのだ。
もう早く横になって結月を抱きしめたい。ぶっちゃけ、性的な接触を一切抜きにして、ただ結月を抱きしめて眠るだけでも晃大は幸せなのだ。とはいえ、こんな酒臭い体で結月を抱きしめるわけにはいかない。さっさとシャワーを浴びて戻ってこよう。
極力物音を立てないようクローゼットを開き、着替えを用意していると、ころんと、なにかが転がり落ちた。
――あ、ボタン……。
晃大の私服のものだ。洗濯の際に外れたのかもしれない。また時間のあるときに縫い付けよう。それまでなくさないようにと、机の引き出しを引いた、そのときだった。
――あれ……?
わずかな違和感が、脳裏を掠めた。数秒間、じっと引き出しの中を見つめた後、ちらりと背後を振り返る。
「……」
すうすうと穏やかな寝息を立てて、結月は眠っていた。
ふたたび机に向き直ると、開けたときと同じ状態のまま、そっと引き出しを閉じた。
握り締めた小さなボタンと同じくらいの、些細な違和感だった。
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