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第6話 主と従者
「どうしてあのような方を選ばれたのですか」
日の暮れる執務室の中で、カーテンを閉めるヴィクターが俺にそんな言葉を投げかけた。
「あのような、とは?」
影で覆い尽くされた執務机の上で、俺はトントンと書類を整えながら、横目で彼を睨み付ける。
そんな俺の鋭い視線で言わんとせん事を察したのか、ヴィクターは気まずそうに目線を泳がた。
「申し訳ありません。――ですがあの……アイラ様、確かに顔は極上の美しさではございますが、聖人とはとても思えない打算的で狡猾な方かとお見受けいたします」
カーテンを閉め切った暗い部屋で、俯いたまま静かに――けれど強い口調でヴィクターは俺にそう告げた。
「そうか? 素直で隠し事が出来ない、可愛らしい奴だと思うがな」
パチッと、卓上ライトのスイッチを入れると仄かなオレンジ色の光が2人の間を灯している。
「仕えて10年、ジルレスター様のお気持ちに添い続けて参りました。貴方の喜びが自分の喜び――忠誠を誓ったあの日からその気持ちに変わりはありません」
そう言いながら、じっと俺を見つめるヴィクターの強い瞳。その芯を持った薄茶色の目に、ふと彼方の記憶が呼び起こされる。
◇◇◇
あれはまだ俺が従騎士だった頃。
街で起こった強盗事件の現場に立っていた金髪の少年。
彼の強い瞳に、俺は興味を持った。
『お前が捕まえたのか』
『はい。店の周りを掃いてた所を、コイツが通り掛ったので』
決して身なりの良いと言えない少年は、手に持っていたホウキで見事犯人を仕留めた。
目の前にある飲食店の軒先を掃いていたのだろう。その鮮やかな手際は、目を見張るものがあった。
『良い腕をしているな』
『えっ……』
犯人を確保し他の者が縄で縛り上げている間に、俺はその少年に声を掛けた。
少年は目を見開きながら俺に顔を向けたが――すぐ頬を紅潮させパッと目を伏せた。
『おいヴィクター! 騎士団にソイツ渡したら早く仕事に戻れ!! ウダウダしてると今月の給料無しだぞ!!』
茶色いドアを開いた奥から男の怒鳴り声が響き、つい目線をそちらに送ると、そこに佇む石造りの小さな店は『酒場』の看板が掲げられていた。
こんな年端もいかない少年が居ることに違和感を覚えたが、もしかしたら家の手伝いか、なんて思いもした――しかし、どうやらそうでは無い様子。
『……ッ! すぐ戻ります! という訳で失礼します』
恫喝にビクッと肩を揺らし、顔を青くした少年はペコッと頭を下げると急いで店内へと戻ろうとした。
何を思ったか俺は、彼の腕をグイッと引っ張ったのだ。
『……お前、俺の元に来ないか』
『は? どういう事ですか』
少年は少々訝しげに眉をよせ、俺の言葉に首を傾げた。
俺だって、その時どういう理由でこんな行動を起こしたのか説明は出来ない。
ただ何となく――この強い瞳を、此処で燻 らせておくのは勿体ない――そう直感的に感じたのだ。
『その歳で働いているのは、事情があるのだろう。丁度、腕の立つ従者を探していてな。どうだ、公爵家 の働き手となれば……破格の金額を約束するが』
「離してください」と腕を振っていた少年が、俺の言葉を聞くや、ピタッと動きを止める。
そうして、少しの間何かを考えたかと思えば――ゆっくりこちらを向き、震える唇を動かした。
『……家族も、助けてくれますか?』
子供に似つかわしくない――そのヴィクターの顔を、今でも忘れた事はない。
『勿論。望むなら今すぐ、皆で暮らすのに充分な邸宅を用意しよう』
笑顔で俺がそう告げると、みるみるうちにヴィクターの表情は明るくなり、俺に深く頭を下げた。
◇◇◇
「何が言いたいんだ」
尚も物言いたげなヴィクターへ、俺は溜息混じりにそう告げた。
別に彼を責めるつもりなんて毛頭ない。彼は彼なりに思う所があるのだろう。
確かにヴィクターとは、主と従者という関係性ではあるがもう既に10年来の仲――それなりに本音でぶつかり合う事もしばしばだった。
「この度の恋路だけは……」
「心配だ、と」
奥歯に物が挟まったような言い方をするヴィクターが、ぐっと拳を握ったかと思えば、勢いよく顔を上げ、必死な顔相を俺に向けた。
「……だって……ジル様初めての恋人じゃないですか」
革椅子に深く腰掛け、腕を組んだままの俺は――その場で氷の様に固まった。
彼が言うことは何処も間違ってはない。俺はアカデミー時代 に恋愛観を拗らして以来、誰かと恋仲になる事はなかった。そもそもそんな時間は無駄だと、空いた時間を全て武術の鍛錬へと当てていたのもある。
――だがこう、改めて言われると……少し物悲しいな。
「そもそも月50万ジニも渡して恋人契約だなんて……素直に一目惚れしましたお付き合いしてくださいって、言えば良いものを」
「……うるさいな、お前」
ヴィクターの言葉に、間違いはない。
俺は大層、拗らせたやり方をしていると自覚はしている。
彼に初めて会ってすぐ、興味を持った。
そのクルクル変わる表情は、次はどんな顔を魅せてくれるのかと楽しみすら感じられる。
無意識に上がりきった片口角を、思わず手で覆い隠す。
「それより頼んでいた件、調べは付いたのか」
「それは僕から教えようか」
ぶっきらぼうにヴィクターへとそう問い掛けた瞬間、ガチャッと開けられたドアに、今更ながらトントントンとノックの音が響く。
「お前……ノックは扉を開ける前にする物だろ」
そこに佇む、スラッとした男の姿を確認するや、俺はソイツをジロッと睨み付ける。
「そんな硬いこと言わずにさぁ。やぁやぁジル、随分と色ボケしてるそうじゃない?」
人懐っこい笑顔を浮かべる顔は、中性的だが綺麗に整っている。襟足だけ長い髪を揺らしながら、手を振りこちらへと歩みを寄せる。
「うるせぇ……というかいい加減、先触れしろディラン」
「僕にそんな口叩けるの、この国ではお前くらいだよねぇ」
男の姿を確認するやヴィクターは深々と頭を下げた。
そんなヴィクターに私服のジャケットを預けながら「まぁお構いなく」なんて軽い口調で言い、そいつは部屋の真ん中に置かれたソファーへ我が物顔で腰掛けた。
「別に、勤務時間外 だから良いだろう。たとえお前がこの国のトップ であっても」
ディラン・アーネス・マクシミリアン、産まれてまもない の頃からの幼馴染であり、俺の主。
騎士として忠誠を誓った相手に、本来であればこのような態度は許される筈がない。ましてやディランはこのラキシア王国の第1王子にして、次期国王。
それでも文句を言われていないのは――互いがこの世で唯一の、腹を割って話せる 仲であるからだろう。
「まぁ、親友のよしみで不敬罪には問わないでおいてあげるよ」
「特別なご配慮、痛み入ります」
棒読み台詞を吐きながら俺がディランの向かいに座ると、間髪入れずにヴィクターから良い香りの紅茶がテーブルへと置かれる。
「随分と惚れ込んで居るようだねぇ……恋事に興味の欠片も無い、軍事バカのお前が」
「……否定はしないでおいてやろうか」
彼はカップを手に取り香りを確かめ「今日も良い仕事をするねぇヴィクター」なんて上機嫌で紅茶に口を付けた。
「ふふっ、絶世の美丈夫が初恋を拗らせてるなんて、誰にも言わないから安心してよ」
「……そんな無駄話をしに此処へ?」
ジトッとディランを睨むと、「やだなぁ怖い顔」なんて、心にもない事を言いながら彼は何枚かの資料をテーブルへと置いた。
「君が知りたがっていた事だよ」
「これは……」
紙の束をガサッと取り、それを目でなぞる。
そこにはある没落した貴族一家についての事が事細かに書かれていた。
「アイラの実家であるサディアス家は、それなりに名のある伯爵家だった。特に彼の美しさの噂は、王宮にまで届く程に」
「……それに食いついたのが、あの雑魚王子だと」
次の資料に視線を落とすと、不敵に笑う男の写真が目に飛び込み、思わず眉を顰める。
「君は本当にエドガーが嫌いだよね」
「それはお前もだろ」
その瞬間、それまで軽口ばかりを叩くフワッとした男の顔が闇に包まれる。
美しい宝石の様だと称賛される紫色の瞳に光はなく、これまでとはまるで別人の、口元だけニヤリと繕う厭らしい笑へと表情を変えた。
「当然。器量の良くない妾の子の分際で、態度だけは1人前どころか――実子の俺やネルより横柄なんだもん。疎ましく思っていない人間を探す方が難しいよ。ジルだってそうでしょう?」
「まぁ、な。そもそも何が気に入らないのか、昔から俺には妙に好戦的だ。アイツはしらばっくれているが、何度命を狙ってきたか……数えるのもアホらしくなるくらいな」
身体を包み込むようなソファーの背凭れに沈むと、自然と口から溜息が零れる。
『ボクは王子なんだ。その気になればお前の事を国外に追放する事だって出来るんだから調子に乗るなよ』
ガキの頃から、集まりだのなんだので顔を合わせる度に、あの男は俺にそう言っていた。
いけ好かない顔が脳裏に蘇ると、反射で俺は口の中で舌打ちをした。
「やめろ思い出すな」と、視線を手元の資料に戻しながら、その隙間からチラリと向かいのディランに目を遣った。
この国の君主であるマクシミリアン家には、上から順にディラン、ネル、エドガー、3人の息子が居る。
実子であるディランとネルは、文武両道――その外殻だって見てくれが良い。
比べて妾がゴリ押しで王家に押し付けたというエドガーは、それらを何ひとつ持ち合わせはいない。
まぁ、コンプレックスで仕上がったのかもしれないが――それにしたって拗らせすぎだろう。
本日何度目か分からない溜息を吐くと、書類の向こう側にいるディランが、ニッコリと微笑んだ。
「まー、ネイサン家の事を嫌っているからねぇ。公爵家 というだけで、下民が偉そうに――だったかな」
「ひとりだけ仲間ハズレ が嫌だってか。ガキにも程がある」
「血縁ならばあーんな頭の弱さにはならないって、ねぇ」
ケラケラ笑うディランが、再び紅茶に手をつけ始めたので俺もそれに習うかのように、身体を起こして仄かに花の香りがするカップに口を付けた。
「……あのエドガーが、アイラから全てを奪った……と」
手にした資料がクシャッと音を立て、俺の手の形に曲がってみせる。
「そ。見事にサディアス家は没落貴族となり解散。父親は鉱山の働き手へ、母と妹は縁を切り実家へと帰った。ただひとり残されたアイラは教会の門を叩き、どうにか爵位 を取り戻すべく金稼ぎの勤しんでいる……そんなところかな」
「どう見ても不当だろ。お前の力でどうとでもなった筈だ、何故それをしない」
「……まだ機ではないから、かな」
白い詰襟シャツの首元を指で緩めながら、目を伏せたディランが「フッ」と笑ってせる。
「は……?」
「まぁね、こちらもこちらで色々あるんだよ」
「で? 今その雑魚王子は何処で何してる」
パサッと書類をテーブルに投げ、空いた手でクシャッと前髪を掴む。
俺がこの国に戻った時、あの不快な姿はどこにもなかった。挨拶に来るはずが無いとは思っていたが――
「王宮で少しばかりおいたが過ぎてねぇ……僕の怒り大爆発を予測した国王 が、断罪寸前の所で留学と称してシリシア王国に出してる」
「成程……」
「お陰で僕も不完全燃焼。嫌になっちゃうよ」
手を軽く上げながら首を振るディランの目をじっと見つめる。「やれやれ」なんて口では言っているが、一切の笑いを見せない目は、彼の腸が煮えくり返る思いを隠せてはいなかった。
「まぁ、概要は掴めた。礼を言う」
半分ほど残った紅茶カップを手に取り、グッとそれを飲み干した。
今の自分にはこの情報だけで充分だろう。
後は彼の為に何をするか――俺が考えるのはそれだけの事だ。
「そう? 困った事があればまたなんでも言ってね」
「……なら、お言葉に甘えて――ひとついいか」
ふと、頭の中に隠していた疑問が、ひょこっと姿を現した。
この疑問を解決出来るのは――目の前の男しか居ないだろう。
「なんなりと」
何を隠そうディランは、俺と2つしか変わらない癖に既に4人の子供を授かっているのだから。
「恋人とは、何をすればいい」
「「……はァッ!?」」
俺のそんな問いに、ディランと――まさかの横に立つヴィクターは同じような声を上げた。
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