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第8話 高級馬車1台分

 無事デート(?)を終え通常運転に戻り、数日。  今日も今日とて午前の告解を終え、控え室でダラダラ過ごしていた。 「すっかり、ラブラブですねぇ」 「なにがだよ。誰と誰がだよ」  硬いソファーにダラっと転がる俺の前へ、「食後にどうぞ」とエイベルが紅茶とクッキーをコトッと置いてくれた。  甘い香りに誘われるように身体を起こし、芳ばしいバターの匂いがする茶色いクッキーに手を伸ばす。 「もうすっかり仲良しじゃないですか。毎晩毎晩、寝てもお話していますし」  サクッと歯触りのよいそれを堪能しているまさにその時、エイベルの投げ掛けた言葉に思わず塊を「うぐっ」喉に詰まらせてしまう。  慌てて紅茶でそれを流し込み、ゴホゴホと咳き込みながら、涙の滲む目でじっと空色髪の彼をキッと睨む。  だがエイベルは「おや、子猫が威嚇しておられる」なんてのんびり笑っていた。 「ジル(太客)が掛けてくるのを、無視する訳にはいかないだろ」 「とか何とか言って、いつもイイ笑い声が聞こえてきますけどねぇ」 「は、は? 気の所為だろッ……」 「ここに来て5年。あーんな楽しそうなお声を聞くの、初めてですねぇ」  暫く止みそうにないエイベルの口撃に片耳を塞ぎながら、改めてクッキーに手を伸ばす。  するとその隣に置かれた、ピンク色の機械にチラッと目線を送った。 ◇◇◇  デート(仮)の帰り道、彼から渡された桃色の四角い通信機。  「はて、これは何だ?」と、受け取った時は首を傾げたが、疑問は直ぐに解消される事となる。  夕食を食べ終え自室に戻ると、まるで何処かで見計らったようなタイミングで通信機が鳴る。  それは、寝る前も同様で―― 『はい。どうした? 何かあったのか』 『いや、何も。寝る前に天使の子守唄でも聞こうかと思ってな』 『は……? 悪いけど生歌は高いぞ』 『あぁ――苦手そうな顔しているもんな』 『バカにしてる?』  なんて取り留めのない話をダラダラと続け、そのまま寝落ち――朝、目が覚めると通信機の向こうから聞こえる『起きたのか、おはよう』という言葉で覚醒する。  そんな生活が、気が付けば毎日のように続いていたのだ。 ◇◇◇ 「も、もしかしてエイベルの部屋まで聞こえてるか? 煩くて眠れないとか……」  教会が所持する宿舎は、当然のように質素倹約を絵で書いたような建物。壁は薄く、もしかしたら隣部屋のエイベルが煩くて眠れない――なんて事になってないだろうか。  だが、彼の一切崩れることのない笑顔が、それは杞憂だと告げていた。 「問題ありません。なんならアイラ様の声は天使の子守唄、逆に安眠できます」 「……ジルと同じ事言うなよ」  ゴクッと紅茶を飲み干し、カップを置くと硬い背凭れに身を預ける。 「でも良かったですねぇ。アイラ様が欲しがっていた金と愛――一気に手に入ったじゃないですか」  空になったカップに、エイベルが静かに紅茶の淹れる。 「果汁を混ぜた」と云うキラキラと輝く液体(金色)が、ふと彼の瞳と重なって見えた。     「金、は……まぁ、でも……愛は――」  思えば最初からジルは俺の事、欲を纏った目で見ていた。結局のところ、が目的で契約を交わしたのだろう。  所詮俺は金で買われ、恋人擬き(処理係)になっているだけ。  互いの気持ちはそこには無い。  ただの――彼の性のはけ口なのだから。  ジルが不要と判断すればどちらも無くなる沫雪。  知らぬ間に落ちていた視線の前に、暖かな紅茶がスッと差し出される。 「ご安心ください。あとはアイラ様がジルレスター様の沼に堕ちるだけですよ」 「は? 何知ったような事を――」  勢いよく顔を上げると、そこにいるのは曰くありげに笑うエイベル。  その翠色の目は、光を宿してはおらず……  その表情に違和感を覚えた俺は、思わずガタッとその場に立ち上がった。同時に、控え室の扉がガチャっと開く。 「失礼します――エイベル様。信徒様がお会いしたいとお見えです」  扉の向こうには、見習い神父のリツが焦げ茶の頭をぺこりと下げていた。 「おやおや、それは直ぐに向かいましょう」 「え……じゃ、じゃぁ俺は午後の告解準備でもする、か?」  その場はそれで解散となったが……俺の胸には、なんだかモヤりとした影が残った。  ◇◇◇    「今日もいい天気だなぁ」  ふと空を見上げ、雲ひとつ無い真っ青な空を見上げる。  パラパラと本を捲る風の心地良さに、思わず目を閉じた。 『この所告解が続いて休む暇もないでしょう。午後は私が請け負いますから、少しゆっくりなさい』  聖堂でいそいそと準備を進めていた俺に、イアン様はそう声を掛けてくれた。  そのお気遣いを有難く受け取った俺は、午後のひとときをゆったりとした自分の時間に充てることにしたのだ。 「読みたい本が溜まっていたから、良かった」  上を向いたままスウっと静かに深呼吸をする肩に、フワッと何か暖かい物が掛けられた。 「――エイベルか? 早いな、もう買い出し終わったのか」  てっきり木陰で読書に勤しむのを気遣った彼が、肩からショールを掛けてくれたのだろうと思った俺は、目を閉じたままお礼を告げる。  『アイラ様、こんな所で居眠りなんてしたら風邪ひきますよ』  そんなエイベルの常套句が聞こえて来ない事を不思議に思い、ゆっくりと瞳を開く。  そこに居たのは、青髪翠眼の彼ではなく――黒髪金眼の色男だった。 「悪いな、エイベルじゃなくて」  世界一の美貌を持つ彼がなにやら愉しそうに俺の顔を覗き込んでいる。 「ッッ!? な、ななななんでアンタが!!」  零れ落ちんばかりに紅玉の瞳を大きく見開くと、爽やかな緑の木々を背景に背負った月光の瞳が、一際意地悪そうに揺れた。 「教会と云うとは、別に誰が立ち寄っても良い場所だろう?」 「そ、それはそうだけど――こんな真昼間に、アンタ仕事は!? 」  俺の肩に掛けられて居るのは、彼の制服である軍服のジャケット。明らかに勤務中ではなかろうか。  昂ったとか……? そうだとしたら元気すぎだろ。いや、今日も元気かジルは。  隣に座った彼はその問いに興味を示す様子もなく「さぁな」と雑に答えた後、俺の肩に寄りかかり手元に広がる本を興味深そうに見つめていた。 「何なに――『薬草の取り扱い説明書』? また顔に似合わない物を読んでいるな」 「バカにしてる?」  物珍しそうな顔をした彼の指が、ペラペラとページを捲る――空いた手は、しっかりと俺の腰に回されたまま。  分かってたけど、毎回毎回距離感近いのどうにかならんか!? その綺麗な顔は、心臓に悪いんだよ……  「へぇ、この草見た事あるな」なんて呟く、間近に迫った横顔をじっと見つめる。  長い睫毛――何食べたらそんな伸びるんだよ。今更ながら顔面整いすぎだろ。そういえばジルって寝顔も綺麗なままだったな。  ん? ね、がお……?  ふと脳裏に、先日――彼とひとつになった夜の情景が一気に駆け巡る。  『可愛いな、アイラ』  上に覆い被さる、汗で湿り気を帯びた熱っぽい顔。  情慾の滲む、獣性を隠すことが出来ない情熱的な瞳。  甘い吐息と台詞を放つ、色っぽい唇と艶めかしく動く舌。  それらを思い出すにつれ、瞬く間に真っ赤に染まりあがった顔を、思わずふるふると大きく振る。  なななな、何を思い出しているんだよ俺ェ……ただの思春期の子供(ガキ)じゃないかよ!! 「なんでこんな本読んでるんだ? ――って、聞いてるか?」  それまで手元の本を見つめていた視線が、真っ赤になる俺の顔へと移れば「どうした?」とジルは不思議そうに首を傾げている。  どうにか自分の脳内を悟られまいと「なんでもないッ」と大袈裟にブンブンと手を振った。 「ききき聞いてますとも!! ほ、ほら俺って自称ナンチャッテ聖人なおかげで奇蹟なんて一切起こせないだろ?」 「自分で言うなよ」 「良いからっ! それでも聖人と名乗るからには、何かしら出来ることがあった方がいいかな、と、取り敢えず知識を詰め込んでいるんだよ」  ジト目のジルは一旦スルーするとして。  魔法有りきのこの世界であるが、全員が全員魔法が使える訳ではない。  残念ながら俺もその一員のようで、どうにか聖人としての威厳を保つ為にも、時間が許す限り己の脳に様々な教養を身に付けようとしているのだ。  あと単純に、知らない事を知ると言うのは面白いというのもある。 「全く魔法は使えないのか?」 「あぁ――これを見てもらえばわかるか?」  修道服のポケットをゴソゴソと探り、そこから小さな小瓶を取り出すと、その様子をじっと見つめている彼に手渡す。 「……何だこの泥水は」  向こうが透けて見えない程に真っ黒な液体が並々と注がれた瓶を取ったジルは、引き気味の表情でそれを見つめている。 「しっつれいだな、聖水だよ、聖水!!」 「聖……? 悪魔召喚に使う、訳の分からん植物を煮出した液体ではなくて?」 「ーーッッ! まぁそう言われても仕方ない、か。どう頑張ってもこうなるんだよな……」  パッと彼の手から小瓶を取り上げ、思わず「はぁ」と盛大なため息を吐く。  聖水の作り方なんて教会の門を叩いて、何なら最初に教わった事のひとつだった。輝く水色の聖水を作るイアン様の横で泥水を作り続けて早5年。  「魔力が無いわけじゃないんだろうが……」と流石にイアン様も言葉を詰まらせていたけれど、間違いなく、魔法を扱うセンスを母胎に忘れて来たのであろう。 「成程。まぁ、人間には向き不向きがあるからな。良いじゃないか魔法が使えなくとも、その分可愛らしいのだから」  あからさまに肩を落とした俺の頬を、スリっと彼の大きな手が這う。 「それ、フォローになってないだろ」 「そうか? 十分だろ。今日も可愛いぞアイラ」  そう言ってジルは、両手で俺の頬を撫で回した。  ことある事に、ジルはをする。  最初は「自慢のもち肌が気に入ってるのか?」と思っていたが――気が付いたのだ。  この撫で方は、猫を愛でる時の所作に似ている、と。 「あのな、猫じゃないんだから。ミアちゃんの代わりにするのは止めろよ」  親指で弾力を確かめる様に、フニフニと肌の上で遊ぶ彼の手をぺちぺちと軽く叩く。  ついでにキッと睨みつけると、少し驚いた様に開かれた彼の目が、直ぐに細められた。 「なんだ、妬いてんのか」 「誰が焼くかーッ!!」 「ミアはこうやって撫でると、至福の顔をするんだがな」 「だっ、かっ、らっ! 俺は猫じゃないって何度言えば――」  キーッと眉を釣り上げて吠える俺の唇を、彼の長い指がぷにっと押す。  そしてまだ物言いたげな俺の唇に、クスクスと笑う彼の吐息が重なった。  啄むような口付けを繰り返した後、直ぐに口内へ熱い舌が潜り込む。  いつの間にか俺の身体は彼の膝の上へ向かい合わせに乗せられ、息つくことすら許されない深い口付けが始まった。 「……っは、ん いき、できな……」 「しなくていい。口ん中、俺で充たされてろ」  ぢぅっと根元から絡めた舌を何度も吸われ、口内は隙間ない程に彼の唇が覆っている。  クラクラする――でも、なんだか……きもち、い……  自然と彼の背中に回った指が、ギリッと白いシャツに爪を立てる。  それに気を良くしたのか、絡まる舌が漸く離れたかと思えば、今度は上顎を丹念に熱い舌先が這う。  ゾクゾクと背筋を震わせると、そのままヌルッとしたそれが歯列を伝い、流れるように舌同士が重なった。  熱い吐息ごと――余すところなく、まるで喰べられているかのような口付けに、いつの間にか俺自身も夢中になり舌を絡ませ合い続けた。 「……っ、は……ミアにこんなキスはしない」 「はっ、はふ……は、つっ……わかっ、た……」  扇情的な口付けは、快楽を覚えたての身体を焚き付けるのには十分過ぎたようで……  ジルの両手が腰に回しているせいで、ピッタリとくっ付いた下半身の変化を……隠す事なんて出来なかった。  スリッと自身の欲棒が擦れた先にあるのは、同じくらい――いや、それ以上に熱を孕んだ慾物。  あれ、ジル……も?  思わずソレに己のモノを何度か擦り付けると、彼のタイトな軍服が苦しそうに盛り上がる。 「どうした? 腰揺らして」  少しだけ掠れた低いジルの声に、ドキッと鼓動が高鳴る。  その声は――肌を合わせた時のものに酷似していた。 「……ジル、の……当たって……る」  きっと俺の頬は、真っ赤だろう。自分でも面白いくらいに体温が上昇しているのがわかる。  それを隠すように、彼の胸に顔を埋めながら、いま1度緩りと腰を動かした。 「アイラのも、カタチ分かる程になってるな?」  グッと彼の腕に力が入り、本格的にそれらが擦り合わされる。 「……きもち、い……」 「布越しはもどかしいが、悪くはないな」  肩に掛けられたままのジャケットからも、ふんわりとジルの香りが漂ってくる。  彼の淫靡な匂いに身体全部が包まれ、気持も、身体も、昂りを隠す事が出来ない。  ジワっと下着の湿りが大きくなるのがわかる。 「だ、だめ……お互い、服汚せない……」  やばい、このままだとイッてしまうかもしれない。  この真昼の太陽の下、服の中で……さすがに不味いッ!!  縋るように顔を上げると、そこに居るのはペロリと舌舐りをする雄。 「しっかり押し当てて擦ってる癖に」 「だって……ぁッ、んっ……」  互いの動きは、激しくなれど鎮まることは無い。  「そんな神聖な服で股間パンパンに張り上げて……堪らないな」 「へ、変態ッ……も、これ以上は本当にダメ……」  ピクピクと俺が小刻みに痙攣を始めた事に気が付いたジルが、ゆっくりと身体を離す。 「名残惜しいが、続きはまた今度……か?」  よしよしと頭を撫でられ、チュッと啄むような口付けを受ける。  それだけでもう達してしまいそうで、慌てて裾をぎゅっと握りどうにか堪えた。  離れた唇から艶かしい吐息を吐くジルが、真っ赤な顔で砕ける俺の目を、その大きな手で覆った。 「……なぁアイラ。目、閉じて」 「は、はぁ? なんで」 「……俺の言うことは?」 「ゼッターイ。……これでいいのか」  光が遮られた視界の中で、わけも分からず目を閉じる。  すると――手首に何かヒヤッとしたものが触れ、次にズシッと重みを感じた。  「目を開けていいぞ」と言うジルの言葉を聞くや、薄らと瞼を開くと、何も無かった筈の手首に金色の物が巻かれていた。 「え、えっと、これは?」 「お前に似合うと思ってな」  左手をそっと上げてみると、そこには宝石がぐるっと手首に巻き付いていた。  なんかッ、すんっげぇキラキラしたのが付けられたんだがーー!? 「これ、は……なんでしょうか……?」 「イエローダイヤ。これ程の強い金色はかなり珍しいそうだ」  「こんな高価な物……」  高級馬車1台が付いた手首をカタカタと震わせていると、そこにスっと彼の手が重なり――そのまま先程まで俺を貪っていた唇へと導かれた。 「アイラの白い肌に、このはよく映えるな。最高に似合ってる」  「ちゅっ」と音を立てながら手首に口付け、そこに光る宝石と寸分違わぬ彼の視線がじっと俺を射抜いている。 「この、色……」  偶然――な、訳が無い。  自分の瞳と同じ色の宝石を贈るなんて、それはまるで…… 「一日中、肌身離さず付けろよ」 「……それは命令か?」 「そうだな。そう取ってもらって構わない。風呂も、寝る時もずっと一緒に、な」  そうして彼は、俺の腕に輝くに、再び唇を擦り付けた。  「これを渡しに来たんだ。邪魔したな」と、真っ赤な顔で固まった俺の頭をわしゃっと撫で、ジルはそのまま仕事へと戻って行った。 「なん、だよ」  残された芝生の上に崩れ落ちた俺の心臓は、ドクンドクンと大きな音を立て続けている。 「これ、って――まるでずっと傍にジルが居るみたいな」  上がった息をどうにか整え、ズッシリとした質量の残る左手に視線を向ける。 「……嫌……では、ないな」  高まる気持ちを胸に、右手でそっと宝石に触れてみる。  無機質である筈のそれは、何故か暖かく――そこに彼の鼓動を感じる気がした。 『ご安心ください。あとはアイラ様がジルレスター様の沼に堕ちるだけですよ』  こんなの、ジルは俺の事……ほんとに…… 「は、はは……そんな訳ない。俺はただの処理係――」  「わぁ、何だこのカップル。神聖な教会で白昼堂々イチャつきまくってよォ」  背を預けていた昨日後ろから聞こえた声に、思わずビクッと身体を跳ねさせた。 「――ッ、え、え、エイベルさん……!? いいいつからそこに?」  ギギギ、と機械のように首を後ろに向けると、そこには木の影からニヤァと笑いながらこちらを見下ろす、青髪男性の姿。  あまりにホラーなその姿に、思わず「ヒイッ」と声を上げた。 「すっかり色欲まみれじゃないですか聖人様ったら」 「きっ、気の所為だろッ」  呪言のように言葉を吐き続ける彼に「ははは」と引き攣り笑いで応対する。  否定は出来ないがなーッ!! 「良いんです、アイラ様の幸せそうなお顔を見ることが出来るなら本望です」  漸く木の影から出てきた彼は私の横へと跪き、今年1番のイイ笑顔をこちらへと向けた。 「し、幸せ? そんな顔してないだろ」  思わず己の頬を両手で隠すと、彼の口角は更に上へと上がる。 「またまたァ。そんなデレッデレに蕩けた顔して何言ってるんですか」  デレッデレなんてそんな顔してるはず。  確かに、病気の時でも感じた事ないほどに顔は熱い気がするけれど―― 「本当に……アンタは何を考えているんだ……」  ゆっくり顔から手を下ろし、腕に巻かれたブレスレットを片手でキュッと握り締めた。

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