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第3話 普通

 “ねぇ、既読スルーとかしないでよ。お父さんが真咲はどうしてるんだ? って心配してるってば“ 「……」  “あのことも気にしてないって“ 「……はぁ」  気にしてないって言われてもさ。  僕、悪いことなんてしてないよ。  朝起きて、昨日の気だるさを洗顔と一緒に洗い流した後、スマホを見て、溜め息がこぼれた。僕が昨日、知り合ったサラリーマンとラブホテルに行っていた間に入っていた姉からのメッセージに。  父さんだけじゃない。  僕の家族はみんな、僕がゲイってことがどうしても認められなかったんだ。それは僕自身もで、ずっとひた隠しにしていた。  それでなくても家族に引け目があったから、せめて、世間でいうところの「普通」の人でいたいって思ったんだ。  父は大きな製薬会社の社長をしている。僕は長男。小さい頃から、会社を継ぐようにと言われ続けていた。けれど、僕が継いでも、そこから家系経営は難しいと思うと、素直に頑張れずにいた。  ゲイ、だから。  女性と結婚できないから。たとえ無理やり結婚したとしても子どもは無理。養子……とか、いくらでも手立てはあるんだろうけれど、僕のしたいことはその父の計画の中に一ミリも入っていなくて。  苦しかった。  窒息しそうだった。  僕は社会経験を積みたいからとかなんとか言って、社長の息子だとは知らせず入社することにした。とにかく少しでも逃げ出したかったんだ。社長になるっていう将来から、父たちの希望する僕、から。そんな時にあいつと出会った。  あいつは楽しい奴だった。気さくで話しやすくて、打ち解けるのはあっという間だった。  ――真咲。  そして、そこから恋愛に至るのもあっという間。  あいつも僕と「同類」だった。  僕にとっては初めての同類。嬉しくて嬉しくて、恋に落ちるのなんて、本当にあっという間だった。  もちろん身体の関係を持つのも早かった。ズブズブと溺れるようにのめり込んでいった。  自分の「同性を好きになる」というのをずっと蓋して隠してた分、タガが外れるとどうしようもなくなって止められなかった。  だって、向こうもゲイで、僕もそうで。お互いに気が合って、身体を繋げるのはすごく自然なことだと思えたから。  嬉しくて、舞い上がって。  ふわふわと飛んでいけちゃいそうなほど。自分を待ち受ける将来のこともすっかり忘れてしまうほど、毎日浮かれてた。  そして、ある日、突き落とされた。  二年、だ。  二年も、関係を続けていたのに。  僕はその二年間ずっと恋愛だと思ってたのに。  違ってた。  その二年の間に彼は会社の社長秘書と恋愛をして、結婚した。  僕と身体を繋げながら、その時の一番美人だと言われていた秘書とも関係を進めてた。  最低だよ。  でも、それでもまだ信じたくて。  二年も一緒にいたのにって、僕は、僕に見せてくれていた片方だけの、僕に方にだけむけていた表情をどうしても信じたくて。  聞いたんだ。  ――でも、俺もお前も男じゃん。男同士なんて無理だろ?  そう言われた。  ――え? ずっと続ける気だった? 男同士で? まぁ楽しかったけど。  そう、言われてしまった。  ずっと続くって思ってた。  男同士だけれど恋愛って思ってた。  でもそれは僕だけだった。  男同士では恋愛にはならないと言われた。将来がないと彼は言っていた。  この関係は将来なんてないって言われたんだ。  自分のことを隠さず、好きな人に好きと告げて、我慢も無理もしないで良い将来。  でもそれは粉々に壊れて、残っていたのはなりたくない「将来」で。  イヤだったから、かなぁ。  神様がそれなら、その本当に欲しい僕の「将来」をもう選ぶことが不可能、諦められるようにと気を遣ってくれたのかもしれない。  家族に知られてしまった。  最悪最低なタイミング。  親からも拒絶されて、ヤケになって。  ある日、ふらりと立ち寄ったバーで話しかけてきた男と関係を持った。 「やば、遅刻するっ」  驚いたんだ。  だって、普通にすごく気持ち良かったから。イッたし。何度も。彼とするのと同じくらいに気持ち良かったから。なんだ、これは、誰とでもそうなれるのかって、思った。  誰とでも同じように気持ち良くなれるんだって。  わかったんだ。 「そろそろピークは過ぎたかな。葉山くん、こっちは少し落ち着いてるからお店の方見てきてもらえる? 市販薬、少し手薄だったから」 「あ、はい」  のどかな平日の薬局。今日は天気も良くて、少し暑いくらいになるでしょうって言ってたっけ。だからか、空調の整った店内ですら、なんだか小春日和って感じで。  今、昼寝したら気持ちいいんだろうなぁ。  昨日の送別会が終わったあと、性懲りもなくバーで一人二次会をして、声をかけてきた男と一晩楽しんだおかげで、眠くて眠くて。  寝不足。  姉さんのせいだ。  姉さんが、あんなメッセージなんて寄越すから。  あれがなければ大人しく帰ってたかもしれない、なんて、子どもの八つ当たりみたいなことを考えながら、店内を確認しに向かった。  おかげで髪をセットする暇もなく。でも、まぁ、僕の見た目なんて誰も気にしないだろうけど。髪がボサボサだろうと。  あ、局長は気にするかも。薬剤師は清潔感が大事なんだよってよく話してるから。  癖っ毛、なんだ。いつもは縮毛矯正かけてるけれど、最近、少しまた癖が出始めてきた。またかけに行かなくちゃ。でも、半日かかりになるなるからつい億劫になってしまう。 「ふぁ……」  つい、堪えきれず溢れたあくびを隠すように下を向いて。 「と、わっ」  下を向いたまま歩いてたら、人にぶつかっ――。 「し、失礼しました」  た。  びっくり、した。  レジ越しで背高いって思ってたけど。本当に背、高い。僕と十センチ? はいかないかな、でもけっこう差がある。  あの、謎の人。  今日もワックス買いに?  まだ前回から一週間も経ってないけれど。  使ってみたら、気に入らなかったのかな。  新商品のヘアワックス。 「……クセ」 「え?」  くせ?  「ミルク、付けてないの?」 「え? ミルクって」 「いつも髪つけてる」 「え?」  僕のこと、知って。 「ごめんね。急に」 「ぁ、いえ」 「ワックスでも良いかもね。もしくはバーム」 「謎な人」はにっこりと笑った。それから、いつもみたいに整髪料のコーナーへと向かっていく。 「……」  びっくりした。  背、がすごく高かった。  それから、声が思ってた感じより低くて。 「……話しかけられ……た」  良い声だった。  優しい低音が耳に心地いい声、だった。

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