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第4話 謎な人
世間一般ではみんな大喜びの連休目前。
うちの薬局が処方箋を扱ってる病院も軒並み連休前は休みだけれど、ここは提携を結んでいるわけじゃないし、いくつかの病院の処方箋を扱ってるから、病院と連動して休むようなこともない。市販薬もあるし、薬局自体は年中無休だから連休とかは関係ない。
だから、もちろん、僕にも連休は関係ない。
今日は天気がすごく良い。
ピクニックにちょうど良さそうな快晴だった。
一面ガラスになっていることもあって、日差しが目一杯降り注いでいて、店内はとてもポカポカ陽気だ。
調剤室と受け渡しのカウンターではマスクが必須だから、今日みたいな夏ように晴れた日はちょっと暑いと感じるくらい。
まだ梅雨入りもしていないのに。
お客さんもチラホラ半袖だ。
日本の良いところのひとつ、春夏秋冬、のうち春と秋がどこかに行っちゃったのでは? と思うくらいに、冬が終わると駆け足で夏がすぐ隣に来ている気がする。
ほら。
「縮毛かけたの五ヶ月前くらい?」
あの「謎」の人も今日はTシャツだ。
ただのTシャツ、白い、本当にただのTシャツ。
なのに、スタイル良いって思わせるのは、なんだか反則な気がする。
「え、どうして」
「わかるよー、そのくらい」
そのくらいって。
でも普通の人はそんなのわからないと思う。
「当たった?」
うん。当たった。
やっぱり美容師さん、なのだろうか。でも、美容師だとしたら、定休日の日にうちのお店に来そうだけれど、曜日はバラバラだ。今日は火曜日だけれど……この間は、お店は混んでて、けれど、調剤薬局は忙しくなかったから日曜日だったと思う。僕がレジカウンターを一日やっていた日だった。
確かに、縮毛矯正をかけたのは去年の暮れだった。
何となく、まとまりが悪くなってきたなぁって思ってるんだけど、長時間拘束される縮毛矯正が面倒でズル休みをしてる。
「この前、ワックスも合うと思うよって言ったけどさ。これ、このワックス、いいよ。質感、ちょうど良くなると思う。まとまるけど、がっつり、ってならないから。ワックスって重いの多いけど、そこもそんなじゃなくて」
「謎」な人が楽しそうに、口元を緩めながら、オススメワックスの話をしてくれた。
なぜか。
「おすすめ」
「あ、ありがとう、ございます」
なぜか、週一でやってくる「謎」の人と話をするようになってしまった。
あの日、僕がぶつかっちゃった日から多分、一週間くらい過ぎた頃にまたやってきて、在庫を訊かれた。それを探してあげたら、また笑って「ありがとう」と丁寧にお礼を言われて、一つ二つ、言葉を交わした。
なぜ白衣を着てるの? と訊かれて、薬剤師だからと答えた。
ここのお店は整髪料の種類豊富だよねと言われて、ありがとうと挨拶をした。
それ以来、毎回、一つ二つ、言葉を交わすようになった。
平日の昼間にほぼ週一ペースで整髪料を買っていく「謎」の人と。
僕は内心、部屋の中が使い途中の整髪料で溢れてそうって勝手に心配している「謎」の人、と。
「あ、んで、これは、僕が買うやつ。ごめん。店員さん」
たくさんの整髪料買うのも、なんの仕事してるのかも、謎。
謎だらけ。
彼は僕の手の中に収まる大きさのワックスが入ったガラスケースをポンとレジカウンターに置いた。
長い指には無骨で男性らしい。人差し指と中指に指輪をしてる。手の甲は骨っぽくて、腕は、血管が少し浮いて見えるくらいに筋肉質で。
「お会計は……」
モテるだろうな。もちろん女性に。
「あ、レジ袋もらっていい?」
「ぁ、はい」
声もいいんだ。
低くて、けれど、優しい声で。
だから、どうしたという話だけれど。
同性だもの。
男が男を好きになるのが当たり前な世界ではないので、彼にしてみたら、僕はただの薬局の薬剤師でしかない。
もちろん、僕にとっても、彼は謎めいてはいるけれど、ただのお客さんでしかないよ。
「ありがとうございました」
ただそれだけ。普通の店員と謎めいたお客さん、でしかないけれど。
歳はいくつなんだろう。
僕よりは……年下、かな。
若く見える。
飄々としているし、落ち着いていて、年下の賑やかな感じはしないけど。
僕が今、二十七。
それより年上であの髪色で、平日の昼間に頻繁に整髪料を買い込む人は「謎」を通り越して、怪しい人だ。
大学生? ではないと思う。
社会人、だと思う。
職業不詳だけど。
危ない人だったりして。まともなお仕事じゃない、危ない仕事の人。
――ワックスでも良いかもね。
けれど、危ない、その救命士とかそういうのではなくて、非合法的な危ない仕事をしているようには見えなかった。
営業マンとか? 人と接するのが上手に見えたから。
けれど、営業マンであの髪色は珍しいと思う。
じゃあ何をしてる人なんだろう。
謎すぎて、つい考えてしまう。
「お疲れ様です。葉山さん」
「お疲れ様です。局長」
「今日は暇でしたねぇ」
「平日ですし。でも、この前まで花粉の季節だったし、その前はインフル流行ってたから」
あはは、確かに、って、局長が小さく頷くと、凝って仕方がないんだといつも困らせてくる肩こりを宥めるように肩に手をやりながら、頭を傾けた。
インフルの季節はどこの病院も大混雑だ。
病院が大混雑なら、そこに付属してる薬局も大混雑。お陰で、近隣の病院の処方箋を扱ってるうちの薬局も大混雑。薬剤師は僕と局長と、もうひとり事務女性スタッフのアルバイトさんだけなので、ヘトヘトになる。
「さて、帰ろうか。昼間はポカポカ暑いくらいにあったかかったのにねぇ。夜になると冷え込むなぁ」
局長と一緒に店を閉めて外に出ると、確かに薄手のカーディガンじゃ肌寒かった。
「鍋、まだまだ美味しいそうだ。鍋か、いいなぁ」
局長は独り言なのか、こちらに喋っているのかちょっとわからなくて、僕は返事に困ってしまった。
僕はそんなに鍋の気分じゃないし。
けれど一日中立ち仕事だったからお腹はペコペコで。
「それじゃあまた明日」
なのに、食べたいものも、とくになくて。
「お疲れ様です」
ただやっぱりお腹は減っていた。
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