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第5話 最後の二人

 明日って局長、お休みの日だなぁ。しっかり寝ないと、一日もたない、のに、なぁ。 「? 考え事かな?」 「! あっ、ちょっ」  今夜の相手の人がふと明日の予定のことを考えていた僕の様子を察して、不服だと言いたそうに体位を入れ替えてきた。  深く、奥に捩じ込むようにされて、ゾクゾクって強制的に快楽のボタンを押されて、甘い悲鳴を上げた。 「あぁっ……っ、あンっ」  最近、悪化してるなぁ、とは思ってる。 「あ、そこっ、突いてっ欲しっ、あ、いいっ、そこっ」 「っ」 「アッ、イクっ……これっ、イッ……くっ」  ここのところ毎日、してる。 「あ、あ、あ、あぁぁっ」  フラッと入った界隈のバーで、良い感じの相手を見つけて、ホテルへ――なんて、すごく不健康な日々が。  よくないって思ってはいるのだけれど。  仕事を終えてそのまま真っ直ぐ帰るべきってわかってるんだけど。 「あっ、イクっ」  寄り道ばっかしちゃってる。  なぜか、足が勝手に逆の方向へ向かってしまうんだ。 「あれ? 帰るの? 泊まっていけばいいのに」 「やめておく」 「電車まだある?」 「多分」 「明日も仕事?」 「……そう」  身支度を整えながら、少し乾かすのが足りなくて、あとでボサボサになりそうな髪を手で撫で付けた。  やっぱり、クセ出てきたな。美容院、予約しないとだけど、すぐに取れるかな。あ、もう美容院行きたいって、突然急に思うんだ。なんというか、行かないとなぁってずっと思っていたのが、急に行きたいに変わる。そしてそうなると今すぐにでも切ってもらいたくなる。  わがままだなってわかってる。 「なんの仕事してんの?」 「……」 「あんまりプライベートは話したくないかな?」 「そういうわけじゃない、けど」 「無理に聞きたいわけじゃないから。ただ、君、ベッドの上と普段の雰囲気違うんだね。ギャップ、すごく楽しかった」 「……」  ギャップ、か。  真面目に薬剤師をする僕と、物欲しそうにセックスをねだる僕。  今日の相手はスポーツインストラクター。だから筋肉がすごくて。こういうタイプの人はセックスも激しいから、思い切りイきたい時はちょうど良いんだ。 「今日はありがとう。楽しかった」 「そ? また、あのバー来なよ。僕もちょくちょく顔出してるから。また会えたら、相手させて」 「……うん」  後腐れもない感じ。手慣れた人だった。セックスも、その場で見つけた相手との楽しみ方も。こういう相手はすごく楽で助かる。 「じゃあ」 「あぁ、またね」  帰り際によくある引き止めも、社交辞令程度でちょうどよかった。  セックスも、気持ちよかった。 「……はぁ」  けれど、なにか……なんとなく。  一つ溜め息を吐いて、ホテル街を後にした。人の多そうな通りに出ると、酔っぱらいたちが「まだ飲みに行くぞー」なんて言って騒いでる。まだ飲み足りないなんだ! 僕は! なんて言って。もう充分酔っ払ってそうな足取りで。明日、土曜日だもの。あの騒いでる人、もう一件行くつもりなのかな。もう潰れる寸前っぽいけど。  物足りないんだろう。 「……」  僕みたいに。  何が食べたいのかわからないけど、何か食べたくて。甘いもの? って思ってケーキを食べたけど、このこってりとした甘さが欲しいわけじゃなかった。じゃあ、さっぱりとしたゼリー? って思うけど、それも食べ足りない感じがする。じゃあ、アイス? シャーベット? 和菓子?  どれもちょっと違う感じ。  それに似てる。  無駄な夜更かし。  早く寝ないといけないのに、なんだかつまらなくてダラダラと起きているように。特に起きてなくて良いのにどうしても見たいわけじゃないのに、スマホに流れてくる動画を見てる。ゴロゴロダラダラ。翌日、あくびの連続になりそうなのに、それでも「もう寝なきゃ」っていう言葉が頭の端っこに小さく包められて、放っとかれてしまう。  そういう感じが、ずっと続いてる。  電車がなくなるギリギリまで、食べたいものを探してほっつき歩いてる。  一応、さっきの飲み足りないって叫んでたサラリーマンさんとは違って終電には乗れてるけれど。大差ない。  電車に乗り込むと、週末ということもあって電車の中は充分に混雑していた。  誰も彼も、退屈そうに俯いてスマホをいじってる。まるで、スマホに乗っ取られてるみたいだ。それぞれ、怖いくらい手元に持ってるスマホだけを見つめてる。  住んでるところは電車の終点の駅から歩いて二分の駅近。  便利だけど、何もない。繁華街みたいに賑わってるわけじゃない。最初はとても混んでいた車両も終点に着く頃には一つの車両に一人、二人、くらいしか残っていない。  ね。本当に何をしてるんだろう。  職場である薬局から、電車で三十分も離れた繁華街までわざわざ繰り出して、毎晩、セックスして、一時間近くまた電車に乗って帰って、って。  ちゃんとすぐに帰ればいいのに。  そしたらしっかり眠れて、明日の仕事であくびを連発しなくて済むのに。  帰って、のんびりしていれば良いのに。  何してるんだ。  そう、胸の内で溜め息をひとつ、ついた時だった。 「……」  あ、れ? あの、人。 「……」  ほら、そうだ。  この、アッシュグレーの髪色。長袖のTシャツ。  電車の座席では、余って邪魔そうな長い足。  寝てて、俯いてるから顔はよく見えないけど、でも、そうだと思う……んだけど。 「謎」の人。  住んでる場所、近かったんだ。  同じ駅を使ってる人だったんだ。  びっくりした。  まさか、あの「謎な人」が同じ駅を使っているなんて。でも、あり得るのか。薬局は、この終点駅の最寄りじゃないけれど、駅でいうなら五つ上った駅から歩いて五分程度のところで、この辺りではかなり大きい店舗だから。  本当に、びっくりした。  そして、僕は、そのアッシュグレーの髪色をまじまじと、ついに二人だけになってしまった車両の中でじっと見つめてた。

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