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第6話 居眠り姫

 座席の端、衝立に寄りかかるように俯いて眠っているから、顔はよくわからないけれど、多分そう。  髪色や、横顔というか、見える範囲の輪郭が彼だと思う。  多分、あの「謎な人」だ。  最初から乗ってたのかな。  だんだんと空いてくる電車の中でようやく気がついたけど、もっとずっと前から乗ってた?  この辺りに住んでる、とか?  こんな辺鄙な場所に?  でも、あの薬局によく来るくらいだから、そう遠くはないかもしれないけれど。それでも、本当にこの辺り?  戸惑ってる間に電車は終点の駅に到着してしまった。  起きなくて、大丈夫?  あの、ここ終点だけど、終点の駅でいいの? どこか寝過ごして、通り過ぎてしまっていないですか?  プッシュっと空気の抜ける音がして、扉が全て開くと、たくさんの人を乗せてきた車内の、アルコールや香水、それから乗客たちが残していった気だるい空気を吐き出していくようだった。代わりに入ってきた新鮮の空気にホッとする。  残っているのは僕と、「謎な人」だけ。  電車、駅に着きましたよ?  あの。  降りないと、じゃないですか?  っていうか、これ、乗り過ごしてませんか?  多分。 「……あの」  きっと。 「すみません」  完全に。  眠ってしまって降り損ねた、でしょう? 「……終点、ですよ?」  声を掛けてしまった。いつも彼の方からだったんだ。僕から話しかけるようなことはなくて。  驚かれる、よね。  僕が逆ならものすごく驚く。  ちょっと怪しい人と思われるかもしれない? 少し話をするようになった。一つ、二つだけれど、会話をするようになった途端、何か、付き纏ってる、みたいに思われたり、する?  そ、そんなつもりは全然。  でも、怪しいし、ちょっと警戒してしまうかもしれない。  それに寝過ごしたとは限らないでしょう?  本当にここの駅を利用している人で、熟睡してたって、駅員さんが起こしてくれるから大丈夫って思ってるだけの可能性だってあるんだし。  大人なんだし。  自分でどうにかするだろうし。  大きなお世話、かもしれないし。 「……」  このまま。 「……」  立ち去ろう。  うん。  それに偶然同じ車両だっただけで。もしも隣の車両に自分が乗っていたなら、絶対にそのまま駅を出ていってしまっていたと思うし。今回はたまたま同じ車両だったから見つけちゃっただけで。別に声なんて掛けなくても。  別に……。  だからこのまま帰ってしまおう…………と、思ったんだけれど。 「…………、あ、あのっ、ここ、終点だけど、大丈夫ですか?」  でも、この電車が終電なんだ。  このあと、始発までここから電車で逆戻りもできないし、どこにも動けないんだ。  もしも本当の本当に寝過ごしてしまっていたのなら、あとで駅員さんに起こされて途方に暮れることになる。すごく困るだろう。  それを放っておいたら、罪悪感が。  次、もしも、またお店に来てくれた時に申し訳なくて仕方ないし。  このまま帰っても、部屋で気になって仕方ないだろうし。  だから、一旦出かけたところを戻って声をかけた。  腰を折りながら前に屈んで、少し覗き込むように、ポンポンって肩を二度やんわりと叩いて。 「乗り過ごしてませんか?」 「……ぁ、?」  やっぱり彼だった。 「謎な人」だった。 「んー……?」  あ。  目、開けた。  え?  あの。 「あー、店員さんじゃん。髪、やっぱクセのまんまの方が合ってる……と……思う……よ」  僕を見つけて、ふわっと微笑んでいるけれど。あの、口元、切れてる? 赤く血みたいなのが滲んでるけど。 「あのっどうかして、」 「こっちのほうがいい感じだって……」  痛そうな口元で笑って、僕の髪へ手を伸ばしたけれど、その手は途中でパタリと力尽きたように止まって、落ちて。  くせっ毛なんて素敵なわけないのに。  さっき、ホテルでシャワーを浴びたせいで、くせっ毛に戻ってしまったんだ。いつもは縮毛矯正が取れかかってきたらストレートアイロンで伸ばしたりするんだけど、ホテルにそんな気の利いたものがあるわけなくて。洗って乾かしただけになると、くせっ毛が。 「……おやすみぃー……」  その髪を褒めてくれた。  僕のコンプレックスだった、くせっ毛を。  誰だってサラサラ艶々の髪のほうが素敵って思うでしょう? お店に置いてあるシャンプーだって、そんな謳い文句がいつも添えられているもの。だから、よくそんなサラサラな髪になったらいいなって思いながら買うけれど、ちっともそんなふうにならないんだ。  そんなくせっ毛をいい感じって、褒めてくれた。 「……」 「って、ちょっ、おやすみ、じゃなくて、電車、乗り過ごしてます! ここっ終点ですよっ」 「……」 「あのっ、ここ終点です!」  終点に辿り着いたこの車両に乗ってたのは、たったの二人。  僕は、またやってしまったって、不要な夜更かしして終電になったことに呆れていて。  もうひとりの彼は、とっても気持ち良さそうに眠っていた。 「起きてっ」  そして、やっと今日一日の仕事を全て終えた電車が早く寝床に帰りたいのだけれど、と静かにラストの乗客が降りてくれるのを待ちわびていた。

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