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第14話 バランスゲーム

 誰かと、暮らしたことはない。  大学に入ったところから一人暮らしをずっとしてる。  一人は気楽でいい。  ずっと一人暮らしがしたかったくらいだから、寂しいなんて思ったことはないけれど――。 「絶対にそこ危ないと思う」 「えー、そう? 葉山さんってけっこう慎重派?」  柴くんとの偽同棲生活が始まって一週間にそろそろなろうとしている。 「柴くんが大胆すぎな気がする」 「大丈夫。絶対に」  言いながら、柴くんが小さなプラスチックのとんかちでコンコンって水色の六角形を叩いた瞬間。 「あー!」  カラカラと軽い音を立てて水色の六角形が敷き詰められた床が落ちてその上に乗っていたペンギンが一緒に深さ五センチの奈落の底に落ちてっちゃった。 「あー、負けた」 「いや、あんなに攻めたら負けると思う」  笑いながら目元にかかる前髪をかき上げた。  美容院、予約したけれど、担当してくれている人が忙しいようで、予約は二週間以上先になってしまった。  ちょっと待ちきれない。  しばらくはこのクセが出てきて、尚且つ、少し長いこの髪と付き合っていかないといけない。わがままだけれど、この間までは、髪のことなんてあまり気にならなかったんだ。けれど、クセが出始めたなって思ったところから一気に髪をどうにかしたいモードになってしまう。今となっては予約まで待っていられないくらいに気になっている。  俯くと前髪が目元にかかって邪魔なんだ。調剤作業してる時とかちょっと邪魔で。 「攻めは大事でしょ」 「僕は慎重に」 「あはは。性格出るね」 「本当に」  人それぞれだなぁって思う。  まず、僕ならこのオモチャ買ってないよ。  今日、仕事から帰ってくると、柴くんの方が仕事が早く終わったようで夕飯を作っておいてくれた。柴くんの仕事は場所もバラバラなら時間もバラバラ。撮影が外で行われるのなら柴くんもその日の仕事場はずっと屋外。スタジオならずっとスタジオ。時間も半日という日もあれば一日がかりという日もあったりするらしく、話を聞いているととても大変そうだった。  けれど本人はちっとも大変そうじゃなく。  メイク道具の入ったカバン一つあればいいし、場所が毎回変わるのも気分転換になっていいと言っていた。  まさに、人それぞれだ。  今日の夕食は、野菜炒め。食材はあの教えてあげたスーパーで買ってきてくれた。  マメだなぁと思った。  しかも美味しかった。  そして、このオモチャを買ってきたから、面白いなぁって思った。  びっくりしたよ。夕飯食べ終わったところで、これやろうって持ってきたから。  そんなものまで荷物の中にあったのかと思った。けれど、買ってきたらしい。野菜炒めの具材を買いに行ったついでに。  あそこのスーパーはかなり大型で衣料品も揃ってしまう。小さいけれど薬局もある。そして、奥におもちゃ売り場も確かにあった。  そこで面白そうだったから買ってきたんだって。  おもちゃの箱の中には、直径二十センチくらいの小さなプラスチック製のテーブル。テーブルは輪のようになっていて、その輪の中に六角形の形をしたプラスチックのダイスをはめ込んでいく。あとは真ん中にペンギンのおもちゃを置く。ルールはとっても簡単。ハンマー? トンカチ? を使って、ただ、その六角形のダイスをぽこんって下に落としてくだけ。全部崩してしまった方の負け。 「もう一回やる?」 「うん」 「けっこう葉山さん乗り気じゃん」 「まぁ」  バランスゲームっていうのかな。 「よし! もう一回!」  シンプルだけど楽しい。  そう、楽しいんだ。  ずっと一人暮らしがしたかった。親に、姉さんに干渉されることなく、僕自身のことを隠しながら窮屈にしていないくていい生活がしたくて、ずっと。  けれどこうして誰かと暮らすのが楽しいことだなんて知らなかった。  一人暮らしを寂しいと思ったことはなかったけれど。  二人暮らしが楽しいとは想像したことなかった。  無縁のものだとあの時、悟ったから。 「あれ? 一個ダイス足りなくない?」 「ホントだ。落っこちた瞬間、どっか飛んだのかもしれない」 「えー? どこに?」  また小さなテーブルに六角形のダイスを並べてみると一つ、足りなかった。 「どこだろ……」  多分、どこかに転がってっちゃったんだと思うんだけど。 「「あ、あった」」  見つけたのはほぼ同時だった  テレビ台の足元にコロンって。  ちょっと立ち上がるのは億劫で、座ったまま、床の上に寝そべって手を伸ばした。 「!」  一つのダイスに手を伸ばしたところで、億劫がらずに立ち上がって取ろうとした柴くんが僕のことを踏んづけてしまいそうになって。 「あぶっ!」  心臓、が。  びっくり、してる。 「…………」  バランスを崩した柴くんが僕を避けて倒れた。  そしたら、まるで覆い被さるみたいに柴くんと重なった。  体勢が――。 「……」  天井の明かりが柴くんで見えない。  俺はすっぽり柴くんの影に入って、る。 「……ぁ」  どこうにも、柴くんの手があって動けない、んですけど。  上からじっと見つめられて、今、この状況はなんなんだと、心臓、騒がしい。 「…………柴、」 「葉山さん」 「!」  何? 「髪、そろそろ切る感じ?」 「ぇ?」 「ちょっとさっきも邪魔そうにしてたから」 「ぁ」 「俺的には今の長さ、綺麗で好きだけど」  好……。 「切るならさ」  わ。 「俺、切ってあげようか?」  あの。 「縮毛矯正しなくても良い感じになるように」  声がすごく近くて。まるで耳元で話してるみたい。  距離感。  指、髪、触って。 「葉山さんの髪、綺麗なんだから、このままで充分だよ」  あの。 「襟足短め好き? 耳が半分くらい隠れる感じで」  髪って、神経、通ってる? 「大丈夫。俺、基本カットはしてないけど免許持ってるよ。んで……けっこう上手いと思う」  柴くんの指が髪に触れる。そこはちっとも神経なんて通ってないはずなのに。 「この間の引越し祝いのお礼に」  なぜかすごく気持ちが良くて。  ほわりととろけそうで。 「切ったげるよ」  彼に切ってもらったら、痛いのかもしれない、なんてことを思うくらいに、触れられたところが気持ち良かった。 「はい。起き上がって」 「ありがとう」 「…………」 「……? って、え……今?」 「今」 「切るの?」 「そう、今、切ろうよ」  あの長い指は魔法でも使えるのかもしれないと思うくらいすごく気持ちが――。

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