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第16話 褒めてもらっていい感じ

「おはようございます」 「おや、今度は本当に髪を切った?」  僕の髪はいつの間にか局長の中でクイズにでもなっているのかもしれない。  局長が僕の答えを待って、ちょっと目を輝かせてるし……。 「あ……はい」 「やっぱり! なんとなくスッキリしたなぁって思ったよ。明日は葉山くん、休みだし、どこか行くのかな。って、これはあれか、今の時代、ハラスメントになるのかな。失礼失礼」  局長は一人でしゃべって一人で話を終わらせると、あははって苦笑いをこぼした。  そう、昨日、髪を切って、もらった。  ―― 久しぶりだから、ミスったらごめんね。  そう言ってた。  全然そんな心配不要だったけれど。  ほら、指先で髪の先端を摘んでみるとわかる。切れ目がちゃんとあるのが。ぱつんって毛先が切られている。  でも柴くんが言っていた通りでそんなに長さは変わってない。  ただクセが上手に出るように調節してくれただけ。襟足は短くしてくれた。髪を洗ってる時に後ろの首周りがすごくスッキリしてるのを感じた。すごくさっぱりしたと思う。  カット現役の時に比べたら時間も掛かってしまったし、ブランクあるなぁって後で自分で言ってたけど。  僕にはそれはちっともわからなかった。あっという間に終わってしまったし、ブランクがあるというほど何か変なところなんてなくて。何よりずっと好きじゃなかったくせ毛を「いいかも」って思わせてくれた。  ―― じゃあ、切り始めるね。  ―― 少し心配?  ―― ありがとー、じゃあ、頑張らないと。  切ってもらってる間、柴くんが話してた言葉をよく覚えてる。すぐそこで柴くんの声が聞こえたからか、耳の奥にずっと残ってる。  低くて優しい声だった。  それがバスルームのタイルに反響して、包み込まれるようにずっと響いてた。  ―― 葉山さんの髪ってさ、柔らかくて綺麗だよね。  ―― サラサラストレートの人の方が髪綺麗って勘違いする人多いけど、そんなことなくて、実際に葉山さんの髪、すごい綺麗だし。矯正してたから毛先は傷んでるけど。あ、その部分切るね。  髪って、特別だと思う。  触られると、びっくりする。きっと肩や指先以上に、触れられると、ハッとする。なんだかすごくパーソナリティな部分に触れられたような気持ちになる。  昨日、たくさん柴くんに褒めてもらったから、かな。くせっ毛が好きじゃないといつも思われていた髪が昨日はたくさんそのクセを褒めてもらえたからかもしれない。あとたくさん丁寧に撫でてもらったからかもしれない。  猫とか動物もそうなんだって聞いたことがある。撫でてもらって機嫌が良くなると毛並みが艶々になるって。  それと同じ、かもしれない。  こんなに指通り、よかったっけ。  こんなに、くせっ毛なのに、いい感じだったっけ。  ずっと好きじゃなかった髪なのに。昨日柴くんにカットしてもらって、今朝、柴くんに教えてもらった通りに、もらったバーム? でスタイリングしたからかもしれない。  今日の髪、ちょっと好きだったり、する。 「なんだか最近の葉山くんはちょっと違うね」 「え?」 「なんていうんだろうねぇ……うーん」  最近の僕? 「すみません。お処方箋ってここに出せばいいんですか?」 「あっ、はい! すみません」  最近の僕は――。 「今行きます!」  僕は――。  そろそろ閉店時間だ。  薬局の閉店時間は夜の九時。きっと都心部の薬局ならもう少し遅くまでやっていたり、二十四時間営業とかなんだろうけれど。  医薬品の薬局受付はそれよりも少し早くに閉めて、片付けまで終わったら、医薬品じゃない売り場の手伝いに回る。  さて、と。レジ閉めも終わったし、店内へ――。 「おいっ、マジかよ。まだ店やってんじゃんっ、おーい誰かいる?」 「?」 「あ、いたいた。おい、悪いけど、これ、薬くれない?」 「えっと」  男が手帳をひらひらと網状になってるカーテンの隙間から腕を入れて差し出している。 「この手帳にある薬出して欲しいんだけど」 「あ、の。すみません。調剤薬は処方箋を持ってきていただかないと」 「は? いつも通院でもらってんだよ。いつもと同じなんだから、この薬手帳見て出してくれよ」 「すみません。薬手帳は記録だけですので、これを出していただいてもお薬を出すことはできないんです」 「は? だから、同じヤツでいいんだって。腰が痛てぇんだよ」 「いえ、ですから」 「いーからっ! 出してくれって」  痛みが苛立たせてるのか、来たところからものすごく激昂状態だ。  たまにこういうことってあるんだ。薬だけなんだからすぐに出せるだろ、とか、体調悪い中どんだけ待たせるんだって怒鳴ったりする人もいる。 「市販のならご案内できますから」 「市販のなんて効かないから、いっつもめんどくさい病院まで行って出してもらってんだろうがっ、いーから、早くっ!」 「ですから」  ど、しよ。 「早くしろっつってんだろっ!」 「っちょっ」  男が苛立ちすぎて、網状になっているカーテンを無理やり開けようとしたところだった。確か、今日、一般品売り場の方で残ってるのって女の子と主婦のパートさんだったはず。店長が奥でレジ締めやってるだろうから、店長呼んで。 「すみませーん」 「!」 「はい。お客さん、これ、湿布とカルシウムのサプリ」 「あ?」 「はい。これ持ってお会計へどうぞ」 「誰だ」 「どうぞ。つーか、迷惑なんで店長ももう来ますよ。はい。さようならー」  柴、くん、だった。 「ッチ」  男は自分よりもグンと背の高い柴くんの飄々としているけれど、一切動揺せずに、むしろ笑顔なことに萎縮したのか、落ち着いたのか、そのままレジの方へ向かって歩いていった。 「びっくりしたー。あんなヤンキーの相手もしないといけないのか。大変」  柴くん、だ。 「な、で」 「お疲れ様。今日、仕事早めに終わったから、帰りに、ここ寄って、葉山さんの髪に合いそうなスタイリング材買おうと思ったんだけど」  君が、褒めてくれたから、かもしれない。 「もう閉店なんだねー」  今日の髪はなんだかとても。 「葉山さん?」 「……」  気に入ってるんだ。 「柴くんこそ、仕事お疲れ様」  いい感じって思ったんだ。

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