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第17話 誰だって好きになる
「あんなワガママな人も来るんだねー」
閉店後、ガランとした駐車場で、そう呑気な声だけが夜空に響いた。
柴くんってさ。
「あれ、何暴れてたの?」
「腰痛の痛み止めが欲しかったみたいで。お薬手帳見て出してくれって言われて。でも処方箋ないと出せないですって言ったら」
「それで大暴れか。よかった。俺、寄ってみて」
王子様みたいだ。
「大丈夫だよ。僕、男だし。ああいうことって、初めてじゃないし」
颯爽と現れて、あんなふうに守ってくれるたり。
「初めてじゃないって……」
「けっこういるよ。だって、ほら、体調悪いから薬局来てるでしょ? 気持ち的に余裕なんてないんだと思う。だから、そう珍しいことじゃなくて。だから、慣れてるっていうか」
「慣れてても、あんなふうに怒鳴られて詰め寄られたら、男でも怖いでしょ」
「……」
「誰だって、びっくりするよ。しかも、薬局で仕事してる優しい人ならさ」
家族も、付き合っていると思ってた相手にも、否定されたゲイということを、ふわっと丸ごと包み込むように肯定してくれたりもする。
そんなの女の子は好きにならないわけないよ。
「薬局勤めてるからって優しい人とは限らないでしょ」
「まぁ、確かに。けど、葉山さんは優しい人っていうのはあってるよ」
大事にしてもらえる、認めてもらえる、寄り添ってもらえる。
「前に、俺がお客さんであそこの店に行った時、おばあちゃんと話ししてた」
「……ぇ」
常連の、おばあちゃんのこと?
「すごく楽しそうに笑って話してて。そこだけ、なんか楽しそうでさ」
「……」
「あんなふうに人をニコニコさせられる人って、いいなぁって思った」
そんな些細な。
「で、あそこの薬局に行くと、いつも葉山さんがいて、誰かしらと話してて。あの、同じ薬局の?」
「局長?」
「かな。その人と和気藹々と話してたり、店内でも何か探してる人を見つけると、声かけてあげたり」
「……」
「そういう人は素敵だなぁって思った」
小さな事。
けれど、柴くんはそういうところを見つけて褒めてくれる。髪もそう。くせっ毛にあんなにたくさんの褒め言葉をくれる。大事なもののように指先ですいて、丁寧にカットしてくれる。
そりゃ、好きになるよ。
こんなふうに自分のことを見つめてもらえたら、嬉しくて、好きに、なるよ。
「あ、そうだ。髪、どうだった?」
「……あ」
「バーム、やじゃなかった? ベタつきとか平気だった? 今日、買いそびれちゃったけど、軽めのバームがあって。それ、俺もよく使うからもう切らしちゃってて。買おうと思ったんだ。えっとね。これ」
そう言ってスマホで調べて見せてくれた。夜も遅い時間、柴くんがつけたスマホだけが眩しいくらいに明るく彼の手元を照らしてる。
「これなら、ベタつかないからいいよ。ちょっと高いけど、少量でしっかりスタイリング持続できるから、コスパ悪くないと思う」
きっと今まで柴くんを部屋に招いた女の子はみんな同じようなことを思ったんじゃないかな。
こんな人、好きにならないほうが難しい。きっと自分だけじゃない、他の人だって同じように彼のことを好きになってしまう。だから、独り占めしたくて。
「髪」
「?」
「局長にさっぱりしていい感じって褒めてもらったよ」
「お、マジ? ありがとー」
他のスタッフにも声かけられた。長さは変わってないけれど、きっとすごくスッキリしたんだと思う。くせっ毛でウエーブかかってたのもいい感じですって褒められて。僕も実際、今、ストレートかけますか? って言われたら、平気ですって言えちゃうくらい、このヘアスタイル気に入ってる。
「少し耳にかけると、また印象変わるよ」
「!」
耳に彼の指が触れるだけで飛び上がりそうになる。
気にしない、気にしない。彼にしてみたら大したことじゃないのだから。
「んで、葉山さんは?」
「え?」
「もちろん他の、周囲の人の評価も気になるけど、やっぱり、そこは本人の意見が一番大事だからさ」
彼はただ仕事柄、自分の手がけたカットがどうなったのか気になってるだけなのに。
「葉山さんストレートの方が好きだったでしょ?」
ただ美容師として、スタイリストとして、自分の仕事をちゃんとやってるだけなのに。
「僕も、気に入ってる」
「一日、仕事してて気になったところとかない?」
ないよ。
ぁ……ううん。あったよ。
柴くんに切ってもらった、って何度も何度も指先で髪をつまんで、その毛先に触れて確認していた。
「ここが跳ねてやだなぁとか、ここボリューム出た気がするとか。けっこうあるんだ。最初はスタイリング完璧ってしても、時間経って動き回ったりすると乱れて崩れるとか。スタイリストやってて撮影の時とか、あー失敗したってことがあって」
ここ、切ってもらった箇所、そこには彼の指が触れて、ハサミがあったんだと。
「ない、ちっとも」
「そっか。ならよかった。今日、仕事しながら、久しぶりのカットだったから心配でさ」
「全然、大丈夫」
そりゃ、好きになるよ。
「俺も髪色、黒にしようかなぁ」
こんなにかっこよくて、こんなに優しくて。
「黒に?」
「そう。葉山さんの黒髪キレーだから」
「……」
こんな僕のことを褒めて、守って、気にかけてくれるんだもの。
「腹減ったぁ。今日は夕飯どうしょっか。葉山さん何食べたい?」
好きになるよ。
こんな人、誰だって、好きになる。
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