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第20話 範囲外

 ――わ、スゲー。サラサラじゃん。気持ちー。  そう言ってた。初めてストパーをかけたのは、大学出て、社会人になって、だった。きっかけはとても単純。あいつがサラサラなストレートヘアが好きだったから。  本当に単純だ。  思い出すと笑ってしまう。  ――いい感じじゃん。  新卒で同時入社。だからくせっ毛だった頃を知っているあいつが、ストレートヘアを褒めてたから、自分もそうしてみただけ。もちろん、僕自身もストレートヘアには憧れてたから、そうしてみたのだけれど。  ――いつもこうしとけば?  嬉しかったっけ。  ――絶対にこっちの方がいいよ。  褒められてすぐに絆されちゃう簡単な奴なんだろう。僕は、きっと。  今度は柴くんにくせっ毛、のままで良いなんて言ってもらえて、その気になってる。 「はい。葉山さんのセット直し完了」 「あ、りがと」 「どういたしましてー、葉山さんって器用だよね」 「?」 「もう自分でセットするの上手じゃん。手際もいいし」  そんなことない。柴くんの教え方が上手なだけだよ。それにそんな技術とかなくてもできるように、不器用な僕でもちゃんとセットできるようにって、柴くんがカットしてくれたんでしょう? 「さて、それじゃあ、リハ見にいこうか」 「え、あの、いいの?」  僕のセット直しが終わったところで、パパッと柴くんがメイク道具を片付けていく。 「もちろん。リハでどのくらいヘアセット乱れたかチェックもしないとだから」  そんなこともするんだ。気配りが大事そう。 「葉山さん、こっち」 「う、うんっ」  手招かれて、パッと立ち上がると、柴くんがクスッと笑った。 「やっぱ、柔らかいね」 「?」  僕の、髪?  見上げるとまたどこかちょとだけ乱れてしまったようで、柴くんが手櫛でさっと直してくれる。指先がちょっとだけ髪に触れたのを感じて、少しだけ、耳が熱くなった。  音楽番組の収録って、こんななんだ。  すごいな。  僕が観ているのはいつも完成形なんだなって思った。  テレビやスマホの画面で見たことのある世界のフレームの外側が見える。  リハーサルもテレビ画面には映らない世界。  こうしてリハーサルで音を確認して、立ち位置を確認して、カメラにどう映っているのかも確認して、歌っている人だけじゃない。カメラも音もアシスタントの人も、そして、メイクの柴くんも、みんなが揃って、一緒に仕事をして、あの、僕が観ているものが作り上げられている。  感動もしつつ、端、奥で見学をしていた。  本当にいいのかな。  今、柴くんはステージをぐるりと囲うスタッフと一緒にアーティストを眺めてる。  俺はその邪魔にならないようにと奥まったところにいた。  次から次にアーティストさんたちがステージに上がって歌ってるのを、このスタジオの一番奥から見学させてもらってる。 「……」  柴くん、真剣な顔してる。  うちにいる時とは全然違うんだ。なんか、ちょっといつもよりもかっこいい。  その真剣な表情の、合間合間で、クシャって顔をさせて笑ってる。一つ二つ、何か前髪を直しながらアーティストと話をしてる。  手にはいくつものメイク道具を持ちながら、すごい速さで手を動かしてるのに、顔は慌てるそぶりもなくて。本当に柴くんって魔法、使えるんじゃない? って、思った。  あっという間に一段と素敵になってくアーティストが強い照明のせいか輝いてみえる。  俺も――。 「あれ? 彼女じゃないんだ」 「!」 「壱都(いちと)が誰か連れてきてたっていうから」 「……」  びっくりして、挨拶、するの忘れた。  壱都、柴くんの友だち? 同じメイクの人?  襟足の部分だけ金髪にしているその人がにっこりと笑って、首を傾げてる。 「彼女なんだと思った」 「ど……も」 「こんにちはー」  口調がふわりと軽い感じ。 「モデルさん? 新人の。あいつ友好範囲広いからなぁ。見学? あ、もしかしてダンサー? 壱都前にダンサーの子にアピられてけど」 「ぁ、えっと」 「あれ、けど、衣装前だね。これからチェンジ?」 「あ、いや、僕は」  なんだろう。僕、もしかして見学、やっぱりしちゃいけないところにいる? ここに仕事で来てるって思われてるみたいだ。ダンサーかモデル。どっちにも縁遠すぎて。 「それにほぼすっぴん? あーけど、肌コンディションいい感じだねー。これ、パーマ? うまー。ちょうどいい感じのゆるさ。上手いね。どこでカットしてもらってんの?」 「ぇ、と」 「衣装担当誰? 俺に任せてくれたらいいのに。今、コーデ思いついたんだけどなぁ。おにーさん、美形だから、コーデすんのめちゃくちゃ楽しそう。肌白いねー。あんまスポーツやってない感じ? 細いし」  あ、多分だけど。 「髪染めたりしないの?」  多分、僕と同じ人、だと……思う。 「染めたら、顔まわりの印象グッといい感じになりそうだけど」  なんとなく。  同類。 「染めないの?」 「! あ、あのっ」 「ちょ、お前、何してんの?」  柴くん、だ。 「あ、壱都に見つかっちゃった」  ホッと、した。 「セイ」 「ごめんごめん。お前が珍しく男連れてるから、なんだろうって気になって、新人モデル? この前、飲みに誘われてたダンサーの子の知り合い? お前、その誰にでも親切なのやめなー? 大体それでトラブルじゃん」 「……いーから」 「俺、今回衣装チェンジとかなくて暇なの。片付けまで時間あるし。そこの彼に相手してもらってただけ」 「……彼はモデルじゃなくて、知り合い。今日、その人オフだから、連れてきただけ」 「え? 知り合い? 男の?」 「いーからっ」  その時だった。音楽が止まって、スタジオにほんの僅かの間が空いてから、カットですって声がかかった。  誰か、歌が終わったんだ。  と、同時に、世界が一気に動き出すように、ステージをぐるりと囲うようにいた人たちが一斉に動き出した。 「ほら、壱都、お前の仕事」 「……」 「いってらっしゃーい」  そっか。次の人が来るんだ。その前に、今歌ってた人のヘアスタイルの乱れたところとか確認するんだっけ。 「あいつはメイクとヘア担当のスタイリスト。俺は衣装担当のスタイリスト。俺は今日個々のスタジオじゃないんだけど。よく一緒に仕事しててさ。あいつ女モテすごいでしょ?」  そんなにすごいんだ。 「なのに珍しい、連れが男って」  柴くんって。 「……もしかして、お兄さん、俺と同じ?」 「……」 「同類かなぁって……勘」 「……」 「これも勘、なんだけど」  わかってるよ。柴くんの恋愛対象が女性で、すごくたくさんの女性がきっと柴くんに夢中で。 「あいつはやめといた方がいいよ」  わかってる。  知ってる。 「あいつ、誰ともちゃんと恋愛しないから」  俺はその恋愛対象の枠にも入れない、最初から、そこに入れもしない。 「やめておいた方がいいよ」  ただの同性で、一緒に暮らしてる、ただの平凡な薬剤師と、煌びやかな世界のスタイリストでしかないって。  ちゃんと、わかってる。

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