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第22話 そっちじゃないよ。
違います。
そっちじゃないです。
はい。
この、これは、この好意はこっちの好意です。そっちのじゃなくて。こっち。
友愛?
親愛?
でも、親しいっていうほど、親しい人じゃない。
友だちでも全くない。
では――。
だから、これは褒められておだてられたからで。好きじゃない。好きになったって仕方がないんだから、好きにならない。イコール、好きじゃない。
それに、好きになったって、相手は女の子が好きなんだから。絶対に、これはただのただの気の迷い――。
―― 俺もお前も男じゃん。男同士なんて無理だろ?
待ってるのは、それとほぼ変わらない結末なんだから。
だから全部気の迷いだし、錯覚だし、ただの好意っ。
だしっ!
――パシンッ!
…………痛い。案外、ほっぺた思い切り叩きすぎた。そして、顔を洗いながらだから
「……」
ほら、洗面台びしゃびしゃになった。
「……むぅ」
もう、本当に僕って。
セイくんのせいもであるんだから。またねって言ってたけど、本当にまた会う機会があるなら、文句でも言ってみようかな。
「おはよ、葉山さん」
「!」
飛び上がってしまった。
「お、はよ」
気がつくと、柴くんが洗面所のところにいた。
「ね、トイレットペーパー無くなりそう。ストックってどこ?」
「あ、この洗面台の上の棚、に」
「オッケー」
――あいつってさぁ、誰にでも優しいっていうのもあるんだけど、なんていうの? 無意識に相手をその気にさせるっていうの? 生粋の女ったらしなんだよね。
そう、セイくんが話してくれた。
――本人はその気はないのかもしれないけど、あの顔でニコッと微笑んで、会えて嬉しいよなんて言われて落ちない女の子いないでしょ? それを誰にでもするからさぁ。本当にタチが悪いんだ。
セイくんが言ってた。
「この棚の上でい?」
「……っ」
フツー、待ちませんか?
その、今、僕が顔洗ってるんだから、それ終わるまで待つと思うんです? 緊急事態なんです? まだ無くなってないんでしょう? 無くなりそうなだけなのでしょう? それなら後でもよくないですか? むやみやたらと距離詰めすぎだと思うんですけど?
顔を洗ってました。
手が濡れてるから自分ですぐには取れない。けれど、すぐに顔拭いて、僕が取るからって、思ったのに。
水道のところで背中を丸めて屈んでいた僕の上にモデル並に背の高い柴くんが手を伸ばして。
トイレットペーパーを。
「……」
取ってくれた。
これが職場だったら、距離感バグってる人って思われちゃわないですか? 近すぎ、です。
「ありがと、教えてくれて。ごめん、顔洗ってる邪魔して」
どう、いたしまして。
「あ、それから、今日、俺は天気次第とあと撮影の進捗次第なんだけど帰り遅いかも。明日、雨予報でしょ?」
そうだったかも。雨の予報だったかも。
「今、ロケ期間で、明日雨なら明日の分も撮っておかないといけないらしくて。だからけっこう遅くなるかも」
そっか。
「だから、今度、俺が早く上がれる時があったら、その時は俺が夕飯作るよ」
「……」
「またその時一緒に食べよ」
セイくんが言っていた。本人はその気はないのかもしれないけど、あの顔でニコッと微笑んで、会えて嬉しいよなんて言われて落ちない女の子いないでしょ? って。
それを誰にでもするからさぁ。本当にタチが悪いんだ、って。
「……うん」
大丈夫。ちゃんと全部わかってるから。
「……」
僕はちゃんとわかってる。
恋愛は空想の産物。その先にゴールはない。
あんなもの、嘘ばっかりだったのは体験済み、なんだから。
恋愛なんてしない。それは食べてもなんの栄養にも、身にもならない、ものだから。それはいらないってちゃんと理解してる。
「夜更かし?」
「え? ぁ……」
ぼーっとしてた。
「今日はあまり忙しくないから、ちょっと眠くなるよね」
不思議だ。薬局がすごく混んでる日と全く混んでない日、というのがある。何が違うんだろうって思う。別にポイントが三倍になるとかでもないのにもうてんてこまいになってしまって、事務担当のパートさんにも手伝ってもらわないといけなくなるくらいにすごく混んでる日もあるし。もう暇で暇で、掃除も薬剤の在庫チェックもぜーんぶ済ませても、それでもまだ空いてる日もある。
普通のレジでもそう。一瞬、ものすごく混んで、ヘルプに呼ばれることがある。でも、その波を超えるとパタリとお客さんは来なくなって、またしばらくすると行列ができてたりする。
今日は確かに、その中でもやや暇な日だった。
「最近の葉山くんはなんだかちょっと違うね」
「え?」
「表情が違うというか。髪、切ったせいなのかもしれないけど。パーマ? なのかな。今の雰囲気はとても柔らかくて」
「……」
「楽しそうな日もあれば、今日みたいに少し考え事をしてる日もある」
「す、すみませんっ」
「良いことだよ」
そんなことないでしょ。気持ちにムラがあったら。
「毎日同じなんてことなくていいよ」
「……」
今までは、そんなことなかった。毎日同じように過ごせてた。
柴くんが来てからの俺は、ちょっと、なんかさ。
「すみませーん」
「はい。今伺います。僕、行ってきます」
「うん。よろしく」
ちょっと調子狂いすぎてさ。
「さて、お疲れ様」
「お疲れ様です」
局長が、ふぅ、と一つ溜め息をついて、薬棚の中を整えてる。
「忙しくなかったのは午前だけだったね。午後からは案外忙しくなった」
「ですね」
いつもよりも少し遅くなった。薬待ちの人が夕方出てきちゃったから、僕も居残って調剤してた。けど、大丈夫。
「遅くまでありがとう」
「いえ、それじゃあ」
「うん。明日はゆっくり休んで」
「はい」
居残りでちょうどいいくらいだから。
早番の定時上がりだとまだお店開いてないんだ。だから、少し居残って、それから行くくらいでちょうどいい。
明日休みだし。
彼もいないし。
「……雨、降ってない」
だから、仕事終わりに同類が集まるバーに行って、少しお酒飲んで、相手を探して。
「……」
セックスするには、いつも、このくらいの時間がちょうど良いんです。
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