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第24話 まさき

 気の迷いだよ。  恋愛なんてするつもりない。趣旨変えなんてしてないよ。  そもそも彼の恋愛対象に僕は含まれていないからどう頑張ったってできないっこない。 「ドリンク、何にしますか?」  俺だってノンケはもちろん対象外なわけだし。 「えっと、じゃあ、ジンのソーダ割り」  セックスだけできればそれでいい。欲求不満が解消できればそれで充分。  恋愛してなくてもセックスはできるし。好きな相手以外とだってちゃんと気持ち良くなれる。 「かしこまりました」  僕はちゃんとわかってる。大丈夫。迷ったり、躊躇ったりなんてしてない。 「こんばんは」  今夜だっていつもどおりにできるよ。ちょっといいなぁって思っただけ。彼に、柴くんに、僕ははまってなんて。 「……こんばんは」 「一人?」  ちっともない。 「……一人だけど」  全然、ほら、見ず知らずのスーツの人に話しかけてもらえて、ちゃんと今、ドキッてしたんだから。 「へー、医療関係かぁ」  今夜の相手になってくれそうな人は、話が上手な人だった。 「こんな色っぽい人が医療関係にいるんだね」 「色っぽくなんてないです。ちっとも」 「そんなことないよ。すごく色っぽいけどなぁ」  歳はちょっと上、なんだと思う。三十超えてるかもしれない。落ち着いていて、手慣れてるし。  サラリーマンって言っていたけれど。役職についているのかもしれない。年齢だけじゃなく、一般社員にしてはスーツがすごく綺麗だから。ブランドの仕立ての綺麗なスーツを着てる気がする。シルエットがそんな感じ。  僕は薬剤師だなんて細かいことは言わずに、ただ医療関係の仕事をしているとだけ教えた。  相手もどんな会社でサラリーマンをしているかなんて詳しいことは言わない。 「ある程度」で充分。  年齢もわからないし。  名前もまだ訊いてない。  ぼんやりとした自己紹介。  そのくらいでちょうどいい。だって、セックスするのに仕事のことなんて詳しく知っておく必要ないでしょう。  相手が好みかどうか、気になるのはそこだもの。 「今日はいい日になった」 「?」 「あなたみたいな人と話せて」 「おだてるのが上手です」 「あはは。おだててるわけじゃなくて、本当に嬉しいだけだよ」  余裕のある大人って感じの人だった。 「もう一杯飲む?」  手、大きい。指が長い。  きっと、気持ちいいと思う。 「あー……いえ」  この指で中、を。 「もう大丈夫です。けっこう飲んだし」 「そう?」 「あまり酔っ払うと」 「そっか……酔ったら、どこか休む場所って言おうと思ったんだけどな」 「お酒はそんなに得意じゃないんです。それに」 「……」  少し想像して、お腹の底のところが熱くなった。 「酔っちゃうと……なので」  今、隣にいるサラリーマンと、今夜、この後どこかホテルの一室でセックスしてるところを想像した。そして、ほら、ちゃんと、ズクンって、奥のところが熱くなった。 「……じゃあ……出る? 店」  ほら、ちゃんと。 「……うん」  セックスしたいって、なった。  大丈夫。  どんな感じなんだろう。  この人のセックス。  会話は楽しかった。グイグイしてなかったし、自分のことばかり話したりもしなくて、僕の話を聞いてくれてた。  一人でバーに来ているし、成り行き次第だろうけれど、多分セックスの相手を探してたんだと思う。でも、そのことばっかりで頭の中がいっぱいというわけでもなかった。  たまにいるから。  男同士だから単刀直入でもいいだろって思ってる奴。話しかけられて挨拶したらすぐセックスしようみたいな奴。そういうのもいるけど、そんなこともなく余裕のある感じだった。  まぁ僕もセックスの相手を探しにバーに一人で来るけれど、でも、そこまで露骨に「それだけ」ってされるとさ。  この人はこっちに選ばせてくれたし。  けど、ちゃんと「したい」って気持ちも見せてくれたし。  きっと上手。  駆け引きが上手だから。 「雨、降りそうだね」 「……え?」 「傘持ってきた? ほら」 「あ」  一階にある店だったから行き交う人の様子が伺えた。傘をさしてない人もいたけど、傘を指してる人もいる。 「……雨」  雨、降ったらさ。 「あ、そうだ、名前、聞いてもいい? あだ名でもいいし」 「……ぇ、あ」 「だって、名前呼びたい」 「……あ、えっと」  雨、降ってきた。 「ま、さき」  雨が降って来ちゃった。 「まさきくん、ね」  雨が――。  ――葉山さん。  降って来たら。  ――明日、雨予報でしょ?  明日降るはずの雨が降って来ちゃって、ねぇ、そしたらさ。 「じゃあ、出ようか」  そしたら――。 「……ぁ」  バーを出ようと言ってサラリーマンが立ち上がった。今夜の相手になってくれるその人が、余裕のある笑みを浮かべて、そっと耳元に唇を近づけた。 「まさきくん」  そう、呼ばれたことなんてないのにさ。 「……あ、のっ」  柴くんに下の名前で呼ばれたことなんて一回だってないのに。 「ごめんっ」  咄嗟に立ち上がってた。条件反射みたいに、スーツのその人を避けるように立ち上がっちゃったから、彼もびっくりしてる。もちろん僕もびっくりしたんだ。 「あのっ……ごめん、なさい……」  だって声が違うって思っちゃった。  だって、柴くんじゃないって、思っちゃった。

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