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第26話 諦めないと、でしょう?
どうしよう。
初めての恋愛は、忘れるとか諦めるとか考えなくたって、強制的に終わりになっちゃうようなのだったから、困ることなんてなかったけれど。
どうしましょう。
人生二度目の恋愛は、始まったところから諦めないといけないってわかってて。
どうしたらいいんだっけ。諦めるのって。
どうするといいんだろう。
ど。
――パシンッ!
…………痛い。つい、またほっぺた思い切り叩きすぎた。そして、顔を洗いながらだから
「……」
ほら、また洗面台びしゃびしゃになった。
「……むぅ」
昨日、好きだって気がついてしまった。
でも、相手は女の人が大好きで、女の人にモテモテな柴くんで。どうなるもこうなるもなくて。
「おはよ、葉山さん」
「!」
飛び上がってしまった。
「お、はよ」
気がつくと、柴くんが洗面所のところにいた。
「葉山さんって、洗顔、すごいダイナミックだよね」
「!」
これは、別にいつもこうなわけじゃないから。こんな鏡ビシャビシャになっちゃうような洗顔をいつもしてるわけじゃないから。
これはっ。
その。
柴くんのこと。
「あ、ね、葉山さん」
「?」
好きになったことに動揺したからで。
早く諦めるための。
ほら、気持ちの切り替えというか。
邪気?
迷いを断ち切る?
「今日、ご飯食べに行かない?」
「……え?」
そのために気合を入れた、んだけど。
「今日、晴れたし、昨日のうちに今日の撮り分けっこう進めたからさ、そんなにおそくならないんだ」
あの、今、先ほど、どうやって諦めようかと。
「だから、飯、食べに行こうよ。焼肉」
どうしようかって思ってたところ、だったんです。
「いかがですか?」
だって、柴くん、女の人が好きでしょう?
僕が太田リコさんに勝てるわけがない。そもそも勝負にならない。なのに――。
「……うん」
なのに、頷いちゃってる自分がいた。
恋愛なんて僕には関係ないって思ってたのに。
今朝、諦めるのはどうしたらいいのだろうと考えてたのに。
「……はぁ」
なんで焼肉、来ちゃうかなぁ。
なんで僕は職場から大慌てで出てきちゃうかなぁ。ラスト、上がろうと思ったところで、お母さんだろう女性から市販薬のことで質問されたから。
待ち合わせは駅のところ。大きな駅で商業施設が充実してることもあって人の行き来がものすごかった。
「あ! サキちゃーん!」
間に合わないと思って走ってしまった。
「おーいおーい」
諦めないといけない相手との焼肉なのに、なんで律儀に走ってるのだろうって自分に問いかけながら。デートでもないのに。柴くんにしてみたらさ。
「……ぇ、セイくん?」
ほらね? セイくんも呼んでたでしょう? デートどころか男だけでたくさん飲んで食べて楽しもう、みたいな、いわゆる男友達とガッツリ食べられる飲み会、だったでしょう?
「こんばんはー」
「こ、んばんは」
何を勘違いしてるんだろう。
「俺も混ぜてもらっちゃった」
デートなわけないのに。
地球が逆回転したって、ありえないのに。
「そこの焼肉屋めちゃくちゃ美味いんだよ。予約、あんま取れなくてさぁ。一ヶ月くらい待つんだよね」
「おい、セイ」
あ、なるほど。
多分こういうことでしょ。一ヶ月前ならまだ太田リコさんと一緒に暮らしてた頃だったから、デートで食べに来る予定だった。けど、それが突然終わっちゃって、けど予約はしたままで、一ヶ月くらい待つようなお店なら美味しいんだろうし、キャンセルしちゃうのもったいないから、僕と、って。
「それに、サキちゃんに会えるから」
…………サキ、ちゃん。
「真咲だからサキちゃん」
「あー……」
じゃあ行こうかって、セイくんが歩き出した。楽しそうに。
「ごめん、今日現場一緒でさ。飲みに行こうって言われて。今日は葉山さんと飯食いに行くって言ったらついてくって」
「あ、いや、全然僕は、かまわないけど……」
「そう?」
謝らないでいいよ。
「…………けど……失敗した」
「? 柴、くん?」
「なんでもない。行こうか」
「あ、うん」
「予約、テーブル席でけっこう広いから二名を三名に変えることくらいはできるんだ」
「うん……」
何を失敗したんだろう。今、ぽそっとそう呟いてたけど。
「お腹空いた?」
「ぁ、うん」
「俺もー。仕事忙しかった?」
「そう、でもないかな」
「けど一日立ち仕事だもん。疲れるよ」
「それは、柴くんもでしょ?」
ちょっとだけ、がっかりしてしまった。
「俺は別に大したことないし、けっこう座ってるよ。撮影の合間合間で仕事する感じだから。それに今日はNGになっちゃうことが多くて、手が空いたんだよね。ちょっとコーヒー休憩多めに取っちゃえたくらい」
けれど、こんなものじゃないのだから、どうするのだろう。デートじゃないんだって落ち込むよりもずっともっと落ち込むことになるのだから。フラれでもしたらさ。
「お腹タポタポ」
「え、ダメなのでは」
「ねー、あはは」
二人っきりになった時に、つい口を滑らせて、気持ちを伝えたりしてしまったら。
即座に断られるでしょう?
そう、想像しただけで、ちょっとだけ、がっかりしている自分がいた。もう諦める以外の選択肢がないのに、それでも、好きの返事が「もしかしたら」なんて思ってしまう自分がいて。
はぁ……って溜め息がこぼれてしまった。
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