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第28話 一ヶ月後

「あら、少しイメチェンした?」 「こんにちは」  カウンターにやってきたのは腰痛持ちの常連のおばあちゃんで、僕のヘアスタイルの変化ににっこりと笑っている。  雨の日は痛みがましてしまうと言ってた。今日は晴れてるけれど、調子があまり良くないみたいで杖をついている。 「はい。カットしてもらって」 「そうなのね。こっちのほうが印象が柔らかくて素敵だわ」 「ありがとうございます」  一か月に一度来店している。ほら、お薬手帳を見ると大体一か月前になっていた。  だから、つまり柴くんと一緒に住むことになって約一ヶ月になる。  姉さんはあれ以降はとくにメッセージも電話もないけれど……このまま諦めて……くれてないだろうなぁって。  そもそも今回急に家に顔を出して欲しいって言われること自体、僕としてはびっくりだったから。もうあの時、僕がゲイだとバレて、家の中が台風みたいになって、縁を切るに近い形で引っ越した時に。その時に諦めてくれてるとばかり思ってたのに。 「お薬なくなっちゃったの」 「そうですね。では、処方箋いただきますね」 「今日は病院混んでたわぁ。それに暑くて、もう夏みたい。ここに来るまでに歩いてるだけで暑くてクラクラしちゃったわ」 「気をつけないと。もう熱中症かかる人はかかるから」  言いながらおばあちゃんが杖をカウンターにある杖置きへと引っ掛けた。 「素敵ね。今の髪型」 「クセが出てきちゃって」 「クセっ毛なの?」 「そうなんです。いつもはストレートになるパーマかけてたんだけど」 「サラサラだったのも素敵だったけれど。そっちの方がずっと素敵よ」  柴くんに教えてもらったワックスの付け方はすごく簡単で不器用な俺でもちゃんとそれなりに見えるんだ。もちろん、柴くんみたいに「オシャレ」な人には到底及ばないけれど。  髪はしっかり濡らして、バームは内側から付けていく。しっかりと揉み込むように馴染ませたら、はい出来上がり。  柴くんがやった方が数倍素敵だけれど。  あの時の手の仕草を真似て。 「……」 「? どうかしたかしら?」 「あっ、いえっ、ごめんなさい。すぐにお薬お持ちしますね」  あの時。  お互いの好きな物を質問し合ってた時。  僕が、パスタと青色とカンガルーと。  それから柴くんだと答えたらどうなっただろう。  驚く……だけじゃ済まないだろうって思う。  逃げるように出てっちゃうかも、と思う。  それはそれで。  諦められるし。  また、そしたら僕は今までみたいに。 「はい。お待たせしました」 「あら、ありがとう」 「これ、いつもと一緒です。食後に一錠。服用してて変わったこととかないですか?」 「ないわよー」 「はい。じゃあ、これがお薬手帳です」 「うんうん」 「お大事に。それから」 「適度な運動ね」  そう言って彼女は少し痛そうに杖を頼りに調剤カウンターを後にした。 「……」  次。  来月、彼女が来た時はどうなってるかな。  先月は整髪料をたくさん買う謎の人だった。  今は一緒に暮らしていて。  来月は――。 「すみませーん」 「いらっしゃいま、」  調剤室に戻ろうとしたところだった。  びっくりして、言葉が止まってしまった。 「こんにちはー」 「……セイ、くん」 「サキちゃんの白衣姿を見に来たんだ」 「本当に来たの?」  焼肉屋さんのあれは冗談だと思ったのに。 「わざわざ見に来るほどのものじゃ、これぽっちもなかったでしょう?」 「いやいや、エロくて可愛い」 「っぷ、ここ薬局なんですけど」  その単語からほど遠い場所なのだけど。  セイくんはイタズラを楽しむ少年みたいに笑ってる。  柴くん同様に彼も平日の昼間に薬局を訪れると謎な人だ。特にこの辺りでは、  黒髪に毛先だけ金髪。柴くんより少しだけ低いけれど、それでもすごく身長も高くて、オシャレ。そりゃ、そうなんだけど。洋服のスタイリストだもの。 「ただの白衣だよ?」 「?」 「そんなことないよ。サキちゃんのこと、狙ってるから」 「……」  セイくんは面白い。  よく話すし。一緒にいると会話が弾む。やっぱりその辺りは、柴くん同様の仕事柄なのだろう。 「焼肉屋の時も思ったけど、サキちゃん、髪切ったのって、壱都? だよね?」  そう、だけれど。 「だよね。上手いから、あいつだろうなって。そっか。あいつ、ハサミ持ったんだ」 「?」  だってヘアとメイクのスタイリストだもの。ハサミを持つくらいのこと、するでしょう? なのに、なんでそんなに真顔で。 「……なんの変化があったんだろ」  柴くんに? 「なん、」 「……」  そこでじっとセイくんがこっちを見つめた。  まるで、その「変化」が僕、かのように。  でも柴くんはヘアとメイクのスタイリストでしょう? あの時、普通に言ってたよ? 資格あるから髪も切れるんだて、だから、今度、俺のクセっ毛を生かした髪型にカットしてくれるって。  カットしてくれてる間も楽しそうに喋ってた。ハサミを持つ手はとても軽やかだった。とくに、何か違和感とかちっともなかった。 「けど、あいつ女の子好きだよ」 「……」 「めちゃくちゃ」  そんなの知ってる。 「ダンサーでさ、すごいその業界では有名な子がいるんだけど。その子が次の相手だと思うよ? 壱都の」  そんなことわかってる。 「それにノンケだよ」  それもわかってるよ。 「サキちゃん」  ダンサーの子、前にセイくんと会った時にそんな話してたっけ。 「とりあえず、今日は白衣姿見に来ただ気だからさ。今度連絡するね」 「……」  クラクラ、した。  今日の、春と梅雨の間に横入りしてきたような夏の日差しのせいじゃなくて。  柴くんの事、それからセイくんのことで、なんだかとても、クラクラした。

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